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なごごち9/2 8:20神秘的な泉で出会ったお兄さんがガチめな悪霊になってしまい僕に執着して周囲の人を呪殺したりする話

という悪霊ホラーBL少し切ない話を構想中なのでここに走り書きしていく
あらすじ決めて一話書くところまで今月いきたいな
人生初のオリジナル長編なので出来より完結が重要
頼む、続きが読みたい!夜がこんなに暗いとはじめて知った。
空に月もない黒が、僕と森の境目すら塗りつぶしている。

木の隙間を歩きながら、後悔ばかりが頭でぐるぐるする。
僕を置いて車が走り去ったあの場所から動かなければよかった。
でも雨が降ってきたから仕方がなかった。雨宿り場所を探して、そしたら動物と鉢合わせして、急いで逃げたらもう帰り道は分からなくなった。
お父さんに言い返したりするんじゃなかった。あの人の機嫌を察するのは難しいが…
本当に、ついてない日曜日だ。
なごごちさんのやる気に変化が起きました!機能を確認しながらまずは冒頭から
まだまだ話は固まらないが出会いとラストだけは決まったので書き始めるぞ!

続きで説明入りますが、
「僕」は10歳でキャンプの帰りに山の道路に置き去りにされ、遭難中です。
このあと運命の出会い…ドラマチックに書きたいものだ…
頼む、続きが読みたい!待っている!いつまでも!闇の中を進んでいくと、木々が途切れた。開けた場所に出たようだ。
目を凝らす。雨は止んでいて、枝も遮らないから、ほんの少しは先が見える…気がする。

ざぁと、向こうから風が吹いた。
まずその匂いが違う事に気がつき、
もしかしてと目を凝らすと、一面の黒だった地面が風に合わせて揺れている。
水だ。僅かな光を反射した静かな水面だ。
その縁を探る。かなり広い。体育館くらいはあるかもしれない…

視線を近くに戻して僕はようやくソレの存在に気がついた。
木々や岩の影の見間違いじゃ無い。明らかに人の手による建物。

深い森が避けているのは神様がいるからだろうか
そこには確かに神社があった。
300字以下なのに時間がとんでもなくかかった…
筋トレのように慣れていくと信じたい

文字数的には想定以上の早さで
お兄さんを出せそうな感じです!
応援してる!待っている!いつまでも!それを見たときの安堵感といったらなかった。
ここは人の住む場所という証に、ぬかるみ滑る足元に気をつけながら近づく。僕の家の近くにある神社よりもかなり小さく、造りも簡素だ。でも屋根の形からしてただの小屋って事はないだろう。あまり詳しくないけど…

落ち着けそうな場所を見つけたら、疲れが押し寄せてきた。あれから何時間歩いたのだろう。もう一歩も動きたくないと体が訴えかけている。

中の広さはきっと寝転ぶのにも十分な気がするが、それは良くない事なのだろう。外よりも濃い闇の中に何が置いてあるのかなんて、じろじろ見てもいいものがあるわけないんだ。知らなくていいものだ。

ここに拒まれたら僕には行くところがない。
神様に嫌われないように、朝まで許してもらえるように
僕は手を合わせて祈った。
「助けてください」と、強く、強く祈った。
…寒い。

雨で濡れた体に吹き付ける風の冷たさで目が覚めた。
神社の前で腰掛けて、疲れで眠って、あれからどれくらいたったのだろう。
空は黒い。水も黒い。地面も空気も冷たく、太陽の気配は欠片もない。

…ここで終わりだったらどうしよう。

弱音がひとつ頭をよぎったら、もうだめだった。
やみくもに森を走ってきたのは不安から逃れるためで
動けない僕に今襲いかかる。心を砕いていく。

本当は分かっている。この神社はもう崩れていた。人の住処ではない。
かつて人がいたが、今は誰も寄り付かない、忘れられた土地だ。ここに助けは来ない。

もう何もかもが嫌だ。待つのも進むのも嫌だ。
暗闇が嫌だ。そこには今より酷いことがあると想像してしまうから。
それが恐怖の本質だった。想像の行き着く先は一つしかない。それが僕の隣にある。後ろにある。取り囲まれている。

その時、がさりと森から音がした。

駆け出す。まず足が動く。
追いつかれないように前に走る。

そして気が付いた時には手遅れだった。
闇は僕の目の前にだって最初から待ち構えているのに。

暗く冷たいそれこそが、逃れられない終わりの場所だ。
僕は水の中に落ちる。
死の淵に沈んでいく。
手足は泥をかくように重く、すぐ動かなくなった。
きっと息が苦しいのも、すぐに終わるのだろう。
それは──


「……!!大丈…か…!返事を…!!」

──まだ、みたいだ。
僕の頬を冷たい水に代わって包む、温かい何かに呼ばれている。

いつのまにか、空には月が白く輝いている。
もっと見たい。やっと見たいものができたから、
僕は全ての力を使い切っても、この瞼を開け続ける。

──あぁ、なんて美しい。
ここにはたしかに神様がいる。
願った僕を救いあげて、抱きしめながら
月明かりを雫にしたような、涙を浮かべて微笑んでいる。
なごごちさんのやる気に変化が起きました!ここまでで1話です。
本当にシンプルな文章ですが、書きたい想いを載せることができて、二人の出会いを形にできて感無量です。
一次創作っていいですね。この先も頑張ります。
神様と助けられた少年の関係はこの先どうなっていくのか、ぜひ見守って頂けたら嬉しいです。
しばらくはハートフル(本来の意味)展開です!!
次に目を覚ました時、僕は暖かい寝袋の中にいた。あたりを見回す。まだ夜だ。近くには小さいランタンの灯りがあって、僕がいる壊れかけた小屋の中を照らしている。もう少し遠く、大きく開いている入り口の外にはオレンジ色の炎が見えた。その側にいる影も。

僕はごそごそと寝袋から出ようとして、自分が服を着てない事に気がついた。

「あの…」

驚くほどか細い声しか出なかったが、すぐに気づいて貰えた。

「…!起きたか!大丈夫!?どこか痛いところあるか?」

急いで駆け寄ってきたのは、やはり僕を救い上げてくれた神様だった。黒い髪は少し長めで、心配そうに僕を見つめる顔も綺麗だ。女神様に見えないこともないが、さっきの声が低かったのと、この人も上を脱いでるので男だって分かる。

「な、ない…たぶん…」
「本当に?良かった…。寒くないか?」
「へいきかも…。あの、」

聞きたいことは山ほどあるが、まず僕が気になることが何なのか、察してくれたらしい。

「…あっ、ごめんね。服は濡れて体力奪うから、そこで乾かしてる。朝までには乾くと思う。
ええと、オレが来たときに君はそこの泉で溺れて浮いていて、いやそこは覚えてるか。どうしてこんな所に…」

僕よりよほど動揺している。本当にお互い分からないことだらけで、何から聞いたり話したりすればいいのか迷ってしまうから仕方ない。
でも、僕が一番伝えなければならない事ははっきりしている。
だからちゃんと、さっきみたいな小さい声じゃなくて、息をしっかり吸って、

「ありがとう。助けてくれて」
まっすぐに、感謝を伝えなければ。

「……君を助けられて本当によかった。ありがとう、ここまで頑張ってくれて」
落ち着いて改めて考えると、寝袋といい焚き火といい、神様かとおもったこのお兄さんはキャンプの装備をしている。つまり僕は散々歩いた末に元々いたキャンプ場に帰ってきていたのだ。これは幸運というか拍子抜けというか。
僕はお兄さんに遭難の経緯を話した。父の思いつきでキャンプに連れてかれたが、高い装備を揃えても素人にはろくに使えないので散々だったこと、それを帰りの車でもぐちぐち言うので、僕一人で野宿した方がマシ…みたいな事を言ってしまったら、なんと置き去りにされたこと。笑っちゃうよね。

お兄さんはしぶい顔をしている。はじめて見る顔だ。
それから山の中を歩いた話をした。お兄さんは途中でうつむいて何かを我慢しているようだったが、僕がしゃべり終わるまで何も言わずに聞いた後、

「…君がいたキャンプ場は反対側だ。この辺りにまともに車が走れる道路はない。一番近くても…君はどれだけ…」
「そうなの?で、でも僕は大丈夫だったし」
「どこが!!」
抑えきれず出た大きい声に、僕は少し後ずさった。
「ごめん。君に怒ってるんじゃないから…」

お兄さんは黙ってしまい。少し気まずい時間が流れる。
そこで僕は改めて疑問に思った事があったので、今度はこちらから聞くことにした。
「じゃあここはどこ?お兄さんはなんで来たの?」

当然聞かれるだろう質問なのに、答えるのに不思議な間があった。
「…上川集落の北端からさらに山に入ると廃村がある。ここはその外れで昔の村民の水源地だろうね。帰りはざっと3時間…休憩入れて4時間くらいかかる事になる。歩くのが厳しそうなら、先にオレが降りてもっと大人を呼んでくるけど」
「へいき。一人で残る方がやだよ」
「そうか…。なるべく背負ってやるから頑張ろう」

スタートとゴールの地点がはっきりした事で、あともうひとふんばり頑張れる力が湧いてきた。きっと明日は問題なく歩けるだろう。

お兄さんは話を切り上げた雰囲気を出しているが、二番目の質問には答えていない。もっと答えがはっきりする聞き方をしたっていい。例えば『山奥でキャンプしてたの?明日月曜なのに』とか。『キャンプ中に喉乾いたの?』とか。それはある程度は納得できる理由だが、どれも違う気がした。
なぜだろう、僕を助けてくれた時の涙と微笑みが違うと言っているように感じた。あれはまるで僕を探しに来て、見つけられたから喜んだような…流石に考えすぎだろうか。

「お兄さんの家は近いの?」
「上川の外れ。山を降りて一番最初の家だから、うちから警察に電話しよう」
「うん、明日はがんばる」
「夜明けまでまだある。眠れるなら眠った方がいい」
「そうする…おやすみ、お兄さん」
「おやすみ」

お兄さんは話せる事はすぐに返してくれる。話せない事を問い直してもきっと困らせるか、嘘で誤魔化されるんだろう。でも僕にはさっきの答えで十分だった。どこから来たのか、どこへ行くのかが分かれば。
次の目覚めは待ちわびた陽の光と共にあった。僕は枕元に畳まれていた服を着ながら、夜はよく見えなかった周囲を見回した。この小屋はやはりあの神社の中のようだ。隅に雑多に木材やら何やら積まれているが、神社の中にありそうな像とか、珍しいものは見当たらなかった。

「おはよう。いい天気になってよかったよ」

お兄さんは外にいるようだ。
僕も外へ向かいながら、気になった事を聞いた。
「おはよう。ねぇ、神社の中って入って大丈夫?」

「ん、あぁ。そこは元々中は何もない。
神様はこっちにいるからだろうね」

外へ出た僕を爽やかな四月の春風が迎えた。
晴れ渡る青空から降り注ぐ陽光は、若々しく芽吹く森の命に力を与えている。鮮やかな緑に包まれたその泉は、水底まではっきり見える透明な水をたたえて、たゆたう水面のきらめきはどんな宝石よりも眩しいだろう。

言葉が出ない感動とはこういう事なのか。
僕たちはきっと同じ気持ちで黙って、風が揺らす木々のさざめき、鳥たちのさえずりを聞いている。
ここは僕が知っている景色の中で最も美しく、神様の住処に違いない場所だった。お兄さんが来た理由が分かる。こんなに素敵なとっておきの場所なら遠くても行きたい時があって当然だ。
泉を見つめるお兄さんの横顔は穏やかで、明るいところで見ると、声や昨日の雰囲気よりずっと年が近そうだった。高校生くらいだろうか。
ふと僕の視線に気がつき目が合う。その瞳はこの泉を思わせる澄んだ輝きを秘めていた。

「…綺麗なところだったんだね」
「あぁ、オレが知ってる一番いい所だ」
僕が昨日散々怖がった所の本当の姿を、二人でもうしばらく眺めたのだった。
泉から降る細い道の先を進むと、朽ちた屋根や、苔の生えた石垣の一部が見えた。ここがお兄さんの言っていた廃村なのだろうか。僕はもっと廃墟らしい、昔の人の生活の名残をうっすら期待していたが、そこはすでにほぼ森に飲み込まれ自然へと還っていた。
泉と違い鬱蒼と生い茂る森で辺りは薄暗く、霞もかかっていて空気は冷えていた。僕は少し怖くなった。だって、この場所の寂しさと薄寒さは墓場に似ている。

「お化けがでそう?オレは見たことないけどなぁ」
お兄さんはそういって怯えが顔に出ていた僕の手を握ってくれた。あたたかい。恥ずかしくて自分から握ってくれなんて言えなかったけど、ずっとこうして欲しかった。僕はぎゅっと握り返して、足元かお兄さんだけを見ながら歩くことにした。

それからは休みながら色々なおしゃべりをした。学校のこと、好きなマンガのこと、帰ったら食べたいもののこと…
体はへとへとなのに、口はいくらでも回った。僕はもうこのお兄さんといるのが、他のどんな家族や友達といるよりも楽しくてしょうがなかったのだ。

「見える?あの黒い屋根がオレの家。あとちょっとだ」
これ好き! 好きすぎる!まだまだ山の途中のような所にある家だった。しかし最後の斜面を降りると、その家の前から先にはちゃんと車が通れる道があって、ここが人里と繋がっている事に心の底からほっとした。

「お邪魔します」
返事はなく、家の中は静まりかえっていた。
「誰もいないから楽にしてていいよ。祖母と二人暮らししてるけど、今は病院だから」
なるほど、この古民家の落ち着いた雰囲気は『田舎のおばあちゃんの家』らしさに溢れている…
テレビで見たイメージで、僕の実家は全然こんな暖かさは無いのだけれど。

「まず電話を…って、あれ…。いや、こんな大事なことを聞き忘れてたのかオレは?」
お兄さんは嘘だろうという顔をしたあと、ちょっとすまなそうに

「…今更ごめん、君の名前を教えてくれるかな?」

お兄さんはちっとも悪くない。僕から名乗らなかったんだし、そのほうがずっと良かったんだから。

「…まさき。つづきまさき」
「都築?」

街からは遠いけど、僕の名字はここでも有名のようだった。
都築といえば、ここ八淵市の税収と雇用を一手に担う都築化学を中心としたグループ企業と、その創業者一族だ。
高度経済成長期に台頭した都築化学は、全国で公害問題に火がつく一手前に、住民の理解を得るためという名目で財を惜しみなく市内に投資した。交通機関や道路の整備、病院や学校、さらには治水事業や下水処理などのインフラ整備までも支えたことで、全国的な知名度よりも限定的な影響力は遥かに高い。八淵は市である以上に、都築という城主のいる企業城下町なのだ。
僕の家はその都築化学を経営する本家とは違うが、グループ企業のいくつかの代表をしている。あまり親の仕事に詳しくはないが。
なごごちさんのやる気に変化が起きました!カクヨムのエディターで続きを書いていたけど、一ヶ月ほど執筆が止まってしまった…
ここで毎日ちまちまコツコツ書いて投稿した方が先に進めるのかもしれない
走り書き連載(?)再開しようかなぁ
お兄さんはそれ以上聞いてこないが、あの都築関係か、同姓の別の家か気にしているのが顔に出ていた。こういう時はちゃんとこっちから話すべきだろう。

「…都築化学じゃないけど。建築とか、そっちのほう」
「…じゃあ君のお父さんって」
「ちょっとめんどくさい人だから、まぁ、関わらない方がいいと思うよ」
「そんな…このままにしておくなんて!」

お兄さんは理不尽さに声を荒らげた。それは怒りよりもまっすぐで、正しい響きがした。

「もしかして、普段からこういう事はあるのか?他に何か、嫌なことをされたりは…」
「あー、うん。そこまででは…昨日は特に運が悪かっただけ」

言葉を濁しているが、虐待を疑っているのだろう。これに関しては、直接殴られる等は本当になかった。物を捨てられるとか飯抜きなどが基本だ。あとはやり方を強制しておいて僕がその通りにやって失敗したら、全部僕が悪いことにされるのが毎度お決まりの流れだ。もう好き嫌い以前に面倒で疲れる。あの人が謝ったところを見たことない気がする。

お兄さんは僕の返事の続きを、本当はどうなのかを待ってくれている。でも僕は巻き込む気にはなれなかった。そんな重い空気の流れを切るように、お兄さんは笑顔で話し出した。

「もう!先に風呂入って飯にしよう!ゆっくりしていけばいい。少しは心配させてやれ」
「オレは迫水辰さこみずしん。改めてよろしく、マサキ。
ところで、食べられないものあるか?焼きそばって好き?」
「ない!焼きそば食べる!」

腹ペコの僕は最高に勢いよく返事をした。
体の泥や汗を熱いシャワーで流すのはたまらなく心地よかった。青いタイルの浴室は意外と僕の家の風呂場より広く、なぜか二個が合体したような洗濯機が中に置いてあった。曇りガラスの窓から真昼の光が降り注いで明るい。僕は怪我がないか体を見回したが、軽い擦り傷と痣がある程度で問題はなさそうだった。

浴室を出るとお兄さんが用意してくれた、タンスの匂いがする服があった。昔着ていたやつを探してくれたのだろう。それでも少し大きい白Tシャツを着ようとした時、裾にひらがなで名前が書いてあるのに気がついた。
「さこみず しん」はじめて聞く名字だ。水は分かるが、さこってどう書くのだろう?

そんなことを考えながら着替えて廊下に出ると、じゅうじゅうと焼ける音とソースの香りが漂ってきた。居間に戻るのをやめて匂いのもとへ向かうと、台所でエプロン姿のお兄さんが慣れた手つきでフライパンをゆすっていた。

「服ありがとう。お兄さんは?」
「腹減ってるから食べてからにするよ。もうすぐ出来るから待ってて」

僕は近くのテーブルに座った。僕の家はキッチンとリビングが同じ部屋だが、ここは違うので新鮮だ。

「こっちは汚いけどいいの?」
「ぜんぜん」

僕は卓上に雑に積まれたふりかけや鰹節のパックを見ながら答えた。他にも雑誌やチラシなど色々ある。知らない暮らしの空気は豊かで楽しい。
するとお兄さんは皿に大盛りの焼きそばと麦茶を持ってきてくれた。具はシンプルにキャベツとにんじんとソーセージ、すばらしい!

「いただきます!」

「うまい…!世界一うまい!」
「それはよかった。ちゃんと噛んでたべるんだぞ」
「むぐっ」

勢いよく食べ過ぎた。慌てて麦茶で流し込む。

「いわんこっちゃない」

お兄さんは笑っている。僕のやらかしをではない、とても優しい眼差しで、この時間の幸せを噛み締めるように笑っている。


2つの山盛りの焼きそばはあっというまに腹におさまった。お兄さんもなかなか大食いだ。麦茶を飲んで一息ついたところで、僕はさっき気になった事を質問してみた。

「さこみず、って珍しいね。どう書くの?」
「迫る水って…ああ、これ、この字」

お兄さんがテーブルの角に積んであったノートを僕の前に持ってきて、名前を指差した。
迫水辰。そして数学演習中学2年。

「お兄さん中学生だったの!?」
「えっ、ああ。13歳の中学2年だ。意外だった?」
「もっと大人に見える。背が高いし、助けてくれたときとか、強かったし。料理とかできてすごいちゃんとしてるし…」
「背は確かに同級生よりあるな。でも、ちゃんとしてる…か…。そう言われるのは珍しいから嬉しいよ」
「なんで?すごいのに。焼きそば作れるし」

お兄さんは自嘲ぎみに答えた。

「一般的にはちゃんとした中学生は平日昼間には学校にいないとおかしいからな」

「迷惑かけてごめんなさい…」
「違う違う!ほんとそういう意味じゃない!」

お兄さんの暗い声色に、無邪気だった僕も申し訳のなさを思い出したが、お兄さんはしまった!とばかりに強く否定した。それでも僕が腑に落ちない顔をしていると、少し迷ったような間をおいて、理由を話し始めた。

「わりとよく学校サボってるから。まず中学が遠いってのもあるんだが…」
「雨の日は体の調子が悪い。気持ち悪いし、突然眠くなって意識が落ちる…だから外に出たくない」
「…昨日は大丈夫だった?」
「なんとかね」

苦笑いして答える。かなり悪かったんだろうか。
その笑顔が消えると、お兄さんはか細い声で続きを語った。

「………悪夢も見るんだ。雨の日の覚えてる夢はみんな…不吉な夢ばかりで。そっちのほうが体調よりきつい、かな…。結局晴れても引きずってしまう」

不吉。その一言にどれだけの苦しみが詰まっているのだろうか…。ここまでずっと強くて明るかった人に落ちる暗い影。それに触れた僕は何て声をかければいいのだろうか。

お兄さんは話している間にうつむいて、そのまま僕の方を向かずに言った。

「昨日は君を助けられて良かった。雨の日にもいいことってあるんだな」

独り言のような小さな声だった。誰にも本質を理解されない辛さを、独りで抱えてきた寂しい響きだった。

僕は決めた。解決方法なんて分からない、事情もよく知ってるわけじゃない。
それでも僕にできることをやろう。

「もっといいこと作ろう!助けてくれたお礼をするから!」

僕ははっきりと大きな声で宣言した。陰っていた空気が変わり、部屋まで明るくなったような感じがする。
すぐ顔をあげたお兄さんは、恩返しが見つかってやる気をみなぎらせている僕を見て、まだきょとんとしている。

「作る?」

「待つよりいいよ。幸せは歩いてこないっていうしさ。僕はお医者さんじゃないから、体調不良は治せないけど、そのぶん楽しいことを手伝うよ!いいことは増やせるし!」

ようはプラマイでプラスになればいいのだ。昨日より少しマシな明日を。この気持ちがつたわったのだろうか、ふさぎこんでいたお兄さんは


「………そうか、そうだったな。ありがとう」

宝物を見つけたように微笑んでくれた。
読み直しながら書き済みのところまで貼っていく
はしりがき、けっこう文字数入るんだなぁ
皿を片付けた後、僕はテレビのある居間に戻り、電源をつけた。昼のニュースのハイライトをやっているが、遭難のニュースはないようだ。

「山で子供の行方不明と捜索は、地方局なら一晩でもニュースになっておかしくないんだが」

お兄さんも気になっていたようだ。

「ネットも確認しよう…ってダメだった…」

テーブルの上に置かれた携帯を手に取り、動かそうとしたが、お兄さんは落胆して元に戻す。

「防水のやつにしとくんだった…」
「ごめんなさい!弁償するので!」
「気にしないで」

僕を助けたときに水に濡れて壊してしまったに違いなかった。大事なものなのに申し訳ない。それと、僕の携帯が持ってこれるようになったら連絡先を交換しようと思ってたのだが…まずは買い換えないと。


「さて、落ち着いたところで、これからどうするか考えないとな」
「あの人、僕のこと探してないのかな」
「子供がいなくなるのは一大事だ。お母さんも心配するだろう?」
「お母さんはけっこう前に離婚しちゃったからどうだろう」

お父さんとの不仲が原因らしい。もともと僕の世話をしていたのはお手伝いさんなので、あまり寂しいと感じたことは無いが、お兄さんは心配してくれた。

「ごめん。…ちなみにオレも両親はいない。どっちも」

この家で祖母と二人暮らしと言っていたから、もしかしてとは思っていた。

「僕も本家のひいおばあちゃんはいるよ。叔父さん達とも仲はいいし、こっちは心配してくれると思う」

都築創業者の妻である曾祖母が、今現在の都築で最も権威のある人だ。企業経営には手を出さなくなって久しいが、今も影響力はすさまじいらしい。僕は優しい面しか知らないが…

「じゃあやっぱり、早く元気な所を見せてやらないとな」

お兄さんは穏やかな声で言った。

「うん…」
「警察に連絡してくる。ちょっと待ってて」

これでお父さんと会うことになる。どんな事を言われるだろうか、不安になってうつむく僕の頭を、ぽんと先輩は撫でた。
心配してくれる人がいるなら大丈夫、そう信じての行動だ。僕も受け入れなければならない。



…お兄さんが電話をかけにいってから何分たっただろうか、この部屋には声が聞こえない所で話しているようだ。
テレビもつけていないから、あたりはとても静かだ。
いや、風が枝を揺らす音や、鳥の声は聞こえる…
目を閉じて耳をすますと心地よい…
そういえば、ぼくはとてもつかれている
このまま眠ってしまいそう………

「ここまでお父さんと警察がくるそうだ。まぁ、30分くらいはかかるかな」
「うん…」

お兄さんがやっと戻ってきたようだ。でも瞼は重たくてなかなかしっかり開いてくれない。

「寝てな」

お兄さんは僕の頭を少し持ち上げると、座布団を枕にしてくれた。タオルケットがそっと掛けられる。気持ちがいい。絶好の昼寝場所…だ………



どれくらい寝たのだろう?僕は複数の足音で起こされた。なにやら言い争いも聞こえる。

「子供の足であのキャンプ場から上川に来るのは無理ですよ。もしそうなら、事件性があるんじゃないですか?警察がちゃんと調べるならオレも協力しますが」
「いえね、無事に見つかったわけですから。この先どうするのかは保護者の方の意向になりましてですね。えー、こちらと話し合ってですね。決めることですので…」
「無事ではなかったと説明したはずですが」

狸寝入りをしながら薄目を開けて見る。足元しか分からないが三人。お兄さんと、多分警察の人、そしてお父さんだ。
真実を知るお兄さんの追求に、警察の返事は明らかに狼狽していた。
警察官を困らせる当の本人であるお父さんは、その空気を読まない発言をした。

「危ないところを助けて頂いて本当にありがとうございました。息子がご迷惑おかけしました」
「彼は迷惑なんてかけていない!」

こっちの追求を無視し、一人だけ事件が終わったかのような態度。お兄さんもついに怒りで声を大きくした。

この場にいる全員が本当は何があったか見当がついているのだ。そのうえで無かったことにしないとならない。警察官だって上司からの命令で来ている。個人的にどう思っていても、方針を変えはしないだろう。

僕が起きないと話が終わらないだろうな…。

「お父さん」
「起きたか。体はどうだ?」

昨日見たはずの顔が、もう何年前に別れたような遠さを感じる。喜びとか反省とか、もっとないのだろうか。お父さんは機嫌が悪いときの仏頂面だった。

「特に何も」
「病院に行って診てもらおう」

「一見無事でもダメージが深いことがありますからね。すぐに病院にいくのがいいでしょう!」

警察も場を切り抜けるのに最適な提案に、これ幸いと食いつく。

「くっ…」
正論のためお兄さんも行くなとは言えない。その本当の目的は明らかでも、保護者でも警察でもない、お兄さんには止める権利がない。

ここまでだった。
唇を噛んで悔しさをあらわにするお兄さんに、僕は袖を引っ張って呼び掛けた。

「お兄さん。ありがとう。
…トイレってどこ?」

「…ついてきて」

嘘だ。風呂の前にトイレは教えてもらっていた。意図を察したお兄さんが、僕と手を繋いで廊下に出る。

が、後ろからついてくる者がいたので僕たちは止まった。振り返ると、やはりお父さんだった。僕たちが何を話すのか、やましい故に気になるのだろう。

「……」
少しの間、お兄さんは向かい合っていた。
何も会話はない。だが僕の手をいっそう強く握っている。離さないと伝えるように。
僕は繋いだ手を見つめた。二人のにらみ合いに余計な視線を入れてはいけない気がしたのだ。だから「お兄さん頑張れ」って気持ちは、握り返す手に込めた。伝わっただろうか?

お兄さんが口を開くより前に、お父さんも無言で部屋に戻った。二人はどんな顔で睨みあっていたのだろうか?僕には分からない。
お兄さんはトイレではなく、居間から一番遠い寝室に入った。それから苦々しい顔で、早口にこれまでの話を教えてくれた。

「手短に話すと、君はキャンプ場で一人で遊んではぐれた事になっている。警察は昨日の七時頃に通報を受けて、キャンプ場を捜索。深夜は中断して朝から周辺に捜索範囲を広げている。報道はまだされていない」
「キャンプ場じゃないよ…」
「分かってる。あの男は子供を山に置き去りにした。罰を受けるべき犯罪だ。それを誤魔化すために嘘をついた」

あの男、という呼び方には強い軽蔑がこもっている。

「警察もオレの電話に狼狽えるわけだ。絶対に一晩でつける場所じゃない所で見つかったんだから。あの男の虚偽の通報で見当違いな所を捜索させられてたって猿でも分かる」
「都築のお偉いさんには逆らえない。それでも捜索部隊を動かしてるから後に引けない。だから、君がここで見つかったことは内々に処理して、キャンプ場周辺で見つかったと報告書を書ければ一件落着だ」

早口に怒りが乗っていく。僕に説明するというよりは、やり場の無い自分の気持ちを吐き出すようにまくし立てている。
それでも抑えきれず、ドン!と壁に拳をあてた。

「ふざけるな…!!」

「味方してくれてありがとう、お兄さん。もう十分だよ。仕方ない…ことだし…」

僕は頑張って、なるべく心配をかけないように笑顔を作ってお礼をいった。このために二人きりになりたかったのだ。お父さんの前では流石に作り笑顔も難しい気分だろうから。子供の僕は結局帰ってあの人と暮らすしかない。本当の事が明かになり、捕まりでもしたら社員の皆さんにも迷惑がかかるのだろう。それは僕にとっても心苦しく避けたい事だった。だから僕のことはもう仕方ない。
あとは、せっかく味方してくれたお兄さんとのお別れは楽しいものであるように…

「………君にそんな顔を、させたくなかった」


「うまく笑えてなかったかなぁ…」
見破られるともう取り繕えなかった。情けなさと別れの寂しさが押し寄せてくる。

お兄さんは屈んで、僕の肩に手を置き、うつむく僕と目線を合わせた。あの森の泉のように澄んだ綺麗な瞳だと思った。子供だからとか、可哀想だからとかじゃない。僕自身をまっすぐ見つめてくれている。
それからお兄さんは、噛み締めるようにゆっくりと、大切なことを伝えてくれた。

「君はもっと怒っていい」

「もっと自分を思いやって。キャンプ場から探したら、君を置き去りにした所まで捜索範囲が広がるのに何日かかる?あの山で怖い思いをしたんだろう?もし、もしオレが見つけなかったら、君は…」

昨日の夜を思い出す。暗く冷たい夜だった。何もかも終わってしまうかと思った。けして無かったことにはできない。
そんな僕よりも泣きそうな声で、お兄さんは肩に置く手に力を込めて、

「謝られて許すのはいい。だが謝ってもいない奴を諦めて、自分の気持ちを殺さなくていい」

最初は真っ黒な森の夜で、そして今。また同じ気持ちになった。僕は心底この人に助けられたんだと思う。

「…怒ってくれてありがとう。全然仕方なくなんてないよね。気持ちに嘘はつけないよね」

このままやられっぱなしは嫌だ。嫌だって思っていい。お兄さんに勇気をもらったので、僕も今思い付いた奥の手に出ようと覚悟を決めた。

「お兄さん、僕にも計画がある。お父さんは都築の力で警察より上っぽいけどさ、都築で一番偉いのはひいおばあちゃんだ。なんとかして本当のことを言いつけてやる」

家の力で不正をねじ曲げるなど本来あってはならないことだ。身内の不始末は身内の一番偉い人がつけるのは当然のことだ。むしろ一族の人間として報告の義務すらあると思う。

「………あぁ、それで君がちゃんと守ってもらえるなら、一番いいのかもしれない。証人が必要ならいつでも呼んでくれ」

お兄さんは僕の計画の有効性ついて、少し考えてから首を縦にふった。肩の手がそっと離れていく。お兄さんは立ち上がり姿勢を正す。

「君のほうが視野が広かったな…。俺に出来ることは何でも協力するから」
「視野?そうかな?」

「オレはさ、自分でなんとかできたらって考えてた。だから出来ることが思い付かなかったんだ。力が足りないのを思い知って悔しいばかりだった…。偉そうなこと言ったくせにこれだからなぁ」

お兄さんは笑いながら言った。それは自嘲というにはふっきれた、爽やかさを感じる笑顔だった。

「オレももっと頑張らないとな。雨の日が嫌いとか言ってられない。君に年上ぶれるような、ちゃんとした奴になってみせるさ」

「お兄さんはもうすごいって!何回も助けてもらったもの。自分の気持ち誤魔化さないようにしようって思えた。恩返しはするから!」

「…ありがとう。まずは戻って頑張らないとな」

お兄さんは僕の頭をぽんと撫でて、ドアの方へ歩きだした。僕も追って踏み込む。居間に戻ると警察官が座りもせず壁際に立っていて、お父さん…、父はもう玄関だと教えられた。せっかちなのか、脱走を警戒したのか。いずれにせよ、僕も向かう。

「遅かったな。帰るぞ」
「…分かった」

靴を履いて振り替える。お兄さんは靴は履かず、ここで見送るようだった。挨拶はさっき済ませたし、父に聞かせてやることもない。僕はもう一度笑うと、お兄さんも笑い返してくれた。僕たちにはこれで十分だ。


庭には見知った父の車と多分警察の車が停まっていた。運転席には僕もよく知る父の秘書がいて、ずっと待っていたようだ。僕を後部座席に乗せると、父は警察と話をしにいき、車内には僕と秘書だけが残った。

「正城さん。本当に大変な目に…大丈夫ですか?」
髪を短く整えたスーツ姿の彼は、僕の学校の送り迎えにも時々きてくれる人だ。真面目な人柄で優秀な仕事ぶりは信頼できる。元々は都築化学本社で働いていたとも聞く。

「まぁなんとか。この家のお兄さんが助けてくれたんだ」
経緯を話そうとして、僕は大事なことを思い出した。
「助けてくれる時にスマホが壊れちゃったみたい。あと、今着てるのはお兄さんの服だから洗って返さないと」
「手配します」

これでよし。僕は連絡先を聞きそびれたが、あとで彼に教えて貰おう。
他に今のうちにやる事を探す。車にはドライブレコーダーがついていて、これを押さえることができたら証拠になるのでは?しかし操作方法がさっぱりわからない。彼に聞きたいところだが、彼にも生活があるので、父を告発する企みには乗ってくれないだろう…

怪しまれずに聞く方法を考えていたところで父が戻ってきた。父は助手席に座ると市立病院に向かえと指示し、それきり黙って仕事の資料を読み始めた。

やっぱり謝らないんだな。
僕はいまさら悲しくなった。それでも昨日までは信じていたのだ。誤魔化したり諦めたりするのをやめれば、やはり父と僕は本当の意味での家族とは言えないだろう。そんな無機質な家に戻る道を車は走り出す。

父が今回の件で僕に思い知らしたように、僕もこれから父に思い知らせることになる。向こうは僕が息子だから従順に黙っているとまだ楽観しているところに、そうではないと教えてやるのだ。

車は庭からでて曲がり、山道を下りはじめる。僕は窓から、離れていくお兄さんの家をじっと見ていた。すぐ木の影に隠れてしまうだろうから。

「あっ」

お兄さんが道に出てきて、こっちに手をふっている。
僕は考えるより早く窓を開けて、身を乗り出し、山に響くような大きな声で叫んだ。

「またね!!」

お兄さんにちゃんと聞こえたと思うが、その反応を見る前に山道は曲がり、彼の姿を木々が覆い隠した。そのままの体勢で、家が見える隙間が出てこないか見つめ続ける。だが望みは薄いだろう。こんなにすぐ景色が森に飲まれてしまうなんて、ここに家があったのが嘘のようだ。
危ないですよと秘書さんに注意されてしまった。もう座るしかない。

その時、ふと緑の間に薄桃色を見つけた。

桜だ。麓ではもうとっくに散ったのに
この山では確かに、別れと出会いの季節を告げる桜が咲いていたのだ。
ここまでで一章って感じの出会い編
ここから数年後に学校で再開…の話を頑張って書かねば!
少しでも毎日進める癖をつければいつか終わる…!
春は別れと出会いの季節だ。
今年の桜は長く咲いていたが、午後からの大雨で散ってしまうだろう。
新入生を迎える正門から講堂までの桜並木は、入学式まで出会いの季節を彩る役目を果たした。今や曇天の中で揺れる薄桃色の花たちは、自らの終わりを待つばかりだ。

「───縁宮《ふちみや》学園の生徒として誇りを持ち、日々精進していきます。どうぞよろしくお願い申し上げます。本日は誠にありがとうございました。
中等部新入生代表、都築正城」

僕は練習通りに新入生代表挨拶を終わらせ一礼する。広い講堂には中等部と高等部の全校生徒が揃っているが、彼らの席は暗く顔はほとんど見えないため緊張はなかった。そのぶん明るい壇上の僕は向こうからよく見えただろう。僕は壇上から降り、最前列通路側の自席に戻った。
ありがとう、これで今日も生きていける「ふぅ…」

一息ついて体を楽にする。新入生代表は入試一位の証だ。受験勉強はきつかったが、蓋を開ければこの結果。『縁宮に都築の男が進学するならダサい成績はとれないよ』と従姉妹に脅されていたが、もう少し手を抜けば余計な仕事が増えなくてすんだのに。

………視線を感じたので背筋を伸ばす。教師側の席からは明らかに見られている。僕の後ろの同級生や在校生からも感じる。従兄弟の脅しの意味がよく分かった。ここでは都築の男は否が応でも注目されるようだ。

八淵市海浜地区にある市内唯一の私立中高一貫校、縁宮学園。最新の設備と実験的な授業制度、さらに充実の奨学金制度と進学・就職の推薦枠を持つ県内屈指の人気校である。そして重要なのが、ここは都築化学の本社・工場群に最も近い学校であり、それなりの額の支援を受けている事だ。また市内で教育に金をかける余裕のある家庭の多くが都築関連の会社勤めである事から、生徒のかなりを関連社員の子供が占めている。そのため親の会社の政治が学校内でも延長される面がある。

もちろん僕もそれは承知で縁宮を受験した。だいたい市内なら他校も状況はそれほど変わらないし、縁宮に受からない成績だったのかと馬鹿にされるだけである。
いつもありがとう!僕は壇上で歓迎のスピーチをする生徒会長のほうを向いて、傾聴しているそぶりを見せながら、背後の視線から意識を反らすよう努めた。こういうことは早めに慣れていかなければ。車で片道一時間半はかかる県外の学校を内部進学するのではなく、市内に通うと決めたのは結局のところ自分だ。父の影響力から逃れるため、あの時に頼った都築本家が、一族の者は縁宮で学ばせるのを望んでいるという理由があるにせよ、だ。これまで親戚が何人も卒業してきたのだ。僕も変に気負わず後を追えばいいはずだ。

それから何度か起立したり礼をしたり、国歌や校歌を歌って入学式は終わった。講堂を出ると外は真昼にもかかわらず薄暗く、ぽつぽつと地面に雨の跡がつきはじめた。予報ではこのあと酷くなるらしい。早めに帰りたい所だが、午後も施設案内などのオリエンテーションがあるのだった。
「じゃあ三組のグループはこれだから。よろしく」
「よ、よろしく都築くん」

入学式後の休み時間は和やかなようで焦りと不安が水面下でひりついている。このSNS時代では最初にIDをどれだけ交換できるか、どのグループに入れてもらい、誰と繋がるか、初手でその後の人間関係が大きく左右される。誰もが仲間外れを恐れて、まだよく知らない相手と意気投合したかのように振る舞い、手早く繋がっていく。
もちろん、今話しかけに行った彼のように、流れに取り残される者もいる。僕だって本来の性格はそちら側の人間だ。この名前と成績という肩書きで回避したにすぎない。成り行きで僕が主催する流れになったクラスのグループだが、やるからには漏れなく繋げてやりたかった。友人になるか以前に、必要な連絡もとれないのは心苦しいことなのだから。

SNSの画面にある、顔と名前が一致しない新しいアイコンを数えている途中でも、僕の頭から離れないのはただ一人だった。この一覧に入れることができなかった、本当に繋がりたかった人のことだ。
あの事件も四月だった。そろそろ三年になるのか。僕はこの三年間、どう生きてこれただろうか。
父との関係の決着は思ったよりもすぐについた。僕が曾祖母への連絡方法を考える前に、検査を口実に数日入院させられた病院に曾祖母は見舞いにきた。自身の通院のついでという体だったが、僕が話す前におおよそ真相の見当はついていた気がしてならない。いつもはもっと付き人のいる曾祖母だが、その日は車イスを押す一人だけだった。僕が緊張で酷く吃りながら「お話ししたいことがあります」と伝えると、曾祖母はすぐに人払いをした。二人きりの病室で、僕の下手くそにもほどがある経緯の説明をせかすことなく、頷きながら静かに最後まで聞き、
「たいへんな目にあいましたね」
たった一言だけだった。穏やかで厳かで、それだけで絶対的というのに相応しい存在感に満ちていた。
僕が知ってる静かな曾祖母はここまでだ。そのあとの話は都築本邸に同居している再従姉妹からの伝聞になるが、父が呼び出された部屋から聞こえたの声は「窓ガラスが割れるかと思った」とのことだった。
別にスカッとする話ではない。その叱責の先には二つの道しかないのだから。すなわち関係の仕切り直しか決別か。僕たち親子は後者に至ったのだと思う。言い切れないのは本人から絶縁を告げられてはいないし、僕からもそうだという点だけだ。
退院する僕を迎えに来たのは本家の人であり、そのまま本家で面倒を見られることになった。急すぎて当時は困惑したが、まぁ有難い話なのだろう。
問題はあの人の、迫水さんの連絡先を聞きだすつもりだった秘書とコンタクトがとれなくなった事だった。彼はあくまでも父の秘書であり、僕個人とは縁がない。だから事件の後に会うことも無く、携帯の弁償や服の返却がどうなったかも分からない。まさかやっていないという事はないと思うのだが。
一応、自力で上川の家への道を調べようとしたが、ネットで見られる地図は不完全で、あの家までの道は分からなかった。山奥すぎて交通手段もほぼ無い。
現代は人と人が離れていても繋がれる時代などというが、僕はこの通りだ。血縁があっても決別した父と、仲良くなれても見知らぬ土地の他人だった迫水さん、真逆ではあるが、縁というものの脆さを思い知った。
なごごちさんのやる気に変化が起きました!休み時間が終わり、僕は教室後方の窓際の席に戻った。ごうごうと春の風が吹き荒れ、窓を絶え間なく打ち付ける雨音が響いている。
あの人は今、どこかで苦しい思いをしているのだろうか?
雨の日はそれだけが気がかりでならないのだ。
ありがとう、これで今日も生きていける「新入生の諸君、西棟へようこそ!ここには高等部教室の他に理科実験室、視聴覚室、PC室など君たち中等部も頻繁に使う事になる教室がたくさんある。これから順に案内するよ」

雨に打ち勝つ快活な声で、案内役の女子学生は僕たちを先導した。
縁宮学園の校舎は大きく分けて4つのエリアがある。中等部と芸術系教室のある東棟、高等部と理系教室のある西棟、講堂・食堂・図書館・事務職員室のある本部棟、グラウンドを挟んで体育館・部室棟だ。
東西と本部は各階が連絡通路で繋がっていて、本校舎とも呼ばれている。流石は私立の学園だけあり、施設の新しさや設計のデザイン性は贅沢さを感じた。本部棟の吹き抜けのエントランスや大きな窓のあるテラスなどは受験の時にも見たが、これから実際に使えると思うと少しそわそわする。ここに比べたら僕がいた所を含めて近隣の小学校はただの箱である。クラスメイトがはしゃいで統率を欠いてしまうのも無理はない。

「高等部の教室だからといって気にすることはない!我が校では中高の交流は大いに奨励されている。どんどん遊びにきてくれよ!な、マサキ!!」

な、じゃない。案内中に個別に話しかけるんじゃない。

「私は4組なんだけどマサキは?部活どこ?生徒会って興味ある?てかLINEやってる?」
「なんですかそのノリ…」

親戚なんだからとっくに知っているでしょうが。案内役の三年生は僕の再従姉妹の都築梢さんだ。
僕と曾祖母が同じで、祖父の姉の孫、つまり本家の都築化学のお嬢様。
まだ名乗っていないため、ほとんどの一年生は彼女の案内を聞くよりも各々の写真撮影や歓談に耽っている。だが親兄弟から彼女について聞いているのか、僕たちのやりとりをじっと見ている人もわりといる。シンプルに恥ずかしい。

「こうな、はしゃいでる新入生を見ると私も楽しくなってくるなぁ。思い出すよあの頃…マサキは友達100人できそうか?」
「貴方まで浮かれポンチになってどうする…。この状態のままでオリエンテーション進めていいんですか?」

最後の煽りはスルーして僕は尋ねた。
「今日は教室で授業をやってるわけでもないし、少しくらいうるさくてもお目溢しするのが生徒会の方針だよ」

高等部には新入生の他には案内役の学生しかいなかった。入学式後は何らかの係がある学生以外は帰ったようだ。梢さんの腕には生徒会の腕章がある。たしか副会長だったはずだ。
そういう方針ならいいのか…と僕はひとまず納得した。僕らに注目していた一部の学生たちも、その言葉を聞いて安心して自分たちの会話に戻ったようだ。
僕も梢さんとの話を切り上げようとしたが、彼女は三歩、僕との距離をつめてきた。
ふわふわとした茶髪が目と鼻の先で揺れている。

「それにね、軽く自由にさせる事で見えてくるものがある」

梢さんは小声で僕にしか聞こえないように話を続けた。

『どんな輪ができはじめているのか、誰が中心にいるのか、また外れているのか、
この集団は節度をわきまえていられるのか、扇動されてハメを外しやすいのか』

観察されているのだ。生徒会の方針という事はあとで各クラスの結果を共有されるはずだ。
ここにいる何人が、見られれている事に気づいているのだろうか。

「…マサキも都築の男なら人間観察は得意にならなくちゃね」

言い終わると彼女は目を細めてニヤリと笑った。
快活で調子のいい先輩から、鋭い視点を持ったリーダーの顔へ。家にいる時に彼女のこういった面は見たことがなかった。

「…頑張ります」
まさしく、身が引き締まるような思いだった。
これからの学生生活、ぼやっとしていたら自分の扱いはどうなってしまうのか。不安で心まで曇りかけてくる。まずは彼女の言う通りに周囲に気を配るべきなのだろう。

西棟オリエンテーションは順序よく進んだ。物理、生物、地学の理系教室を通り、最後は化学実験室だ。
さすがは化学企業のお膝元、実験室は複数ありどれも設備は充実していた。
類は友を呼ぶという言葉のように、僕は勉強が得意かつ好きそうなグループに収まり、友人たちとここでやる授業への期待や、受験勉強の思い出などを話しながら周った。
浮き気味だった奴にも僕から話しかけ、ひとまずここに入ったことで、男子は全員が問題なくオリエンテーションを楽しめたと思う。

僕が気がかりなのは女子の方だった。SNSの交換の時から孤立している子がいた。
今は化学教室後方でうつむいている彼女は、長い前髪で表情が伺えない。移動の時から一番後ろをついてくる足取りがやけに重かった。もしかして、孤立による心理的なものだけでは無いのかもしれない。

「…あの、もしかして具合が悪かったりする?」
「…!!」

驚いて彼女は顔を上げた。顔色が明らかに悪い。

「あ、あの…少し……気持ち悪くて……で、でも」
「保健室に行こう」

彼女は遠慮していたが、放ってはおけない。
保健室は前を通っただけだが、本部棟の職員室向かいにあったはずだ。

「先輩すみません。具合悪い子がいたので保健室連れていきます」
「大丈夫?気づかなくてごめんね。よろしく頼むよ」

梢さんは心配そうに女生徒に謝った。しかし本当に気づいていなかったのだろうか…

「……ありがとう都築くん…」

今は身内のやり方を気にするよりも、彼女のために保健室に急ごう。
「失礼します」

保健室の扉を開けると、中は僕が知っている小学校の保健室の倍くらいは広かった。
入ってすぐ側にソファーがあり、正面には診察用の机と椅子、薬品棚がある。

彼女をソファーに座らせ、僕は保健の先生を探して部屋を見渡す。

「少し待っててください」

部屋の奥から男性の低い声がした。入り口からは見えない所に部屋が続いているようだ。
声のする方に行ってみると、カーテンがかかったベッドが3台並んでいる。
先客で埋まっているのだろうか?そのうちの1つの向こうには立っている人間のシルエットが見えた。

「どうしましたか?」
「オリエンテーション中に気持ち悪くなってしまった女子を連れてきました」
「ありがとう。今ここのベッドが空いたので、休ませて様子を見ましょうか」

カーテンが開く。白衣よりも白い髪にまず目が惹かれる。
髪色と少し枯れた雰囲気の声から、老いた印象を一瞬受けたが、顔を見れば違う事が分かった。僕の父と同じくらいの年齢かもしれない。

白髪の保健の先生は、ソファーの彼女に体温計を渡して体調について尋ねたが、彼女はいよいよ悪化してうまく話せないようだった。まずベッドに寝かし、代わりに僕が気づけた分だけ彼女の朝からの様子について答えた。

「…38.3度、親御さんに迎えに来てもらいましょう」
「そんなに熱が…。もっと早く連れてくればよかった…」
「いえ、君は本当によくやってくれた。新入生代表は伊達ではありませんね」

保健の先生は穏やかな笑顔で言った。
少し恥ずかしい。挨拶で顔を覚えられていた事と、こうして褒められたことに。

「担任に連絡してきます。ところで君は紅茶とコーヒーはどちらが好みですか?」
「え、何で…?」

「明らかに顔に疲れが出ている。君もここで少し休んで行きなさい」
そうなのだろうか?確かに今日は朝早くから入学式のリハーサルにも参加していた。僕自身が思っているよりも疲れているのかもしれない

「ではコーヒーに砂糖とミルクありで頂けますか?」
「勿論。すぐに戻ります」

先生が部屋を出ていく。僕は丸テーブルの方に座って待つことにした。複数の椅子があり、相談室のような役割で使われるのだろう。

ぼーっと窓の外を眺める。大きい窓は晴れていれば陽光をよく取り込み、心地よい空気を運んでくれるのだろうが、今は灰色の嵐の最中だ。これほど雨足が強いと警報が出ているかもしれない。

「お待たせしました」

ガラッと扉が開き、先生が戻ってきた。
「お待たせしました」だけで「扉があいた」「先生が帰ってきた」は普通分かりますね
こういう無駄な描写をなくしていきたいなぁ
先生はテーブルに紙コップのコーヒーを置き、ベッドで寝ている生徒の様子を見た後、僕の向かいに座った。

「ではあらためて、堰根と申します」
「1年3組の都築正城です。あの、コーヒーありがとうございます。頂きます」

一口目から香りと甘さが染み渡り、心が落ち着く。

「これからも保健室には気軽に来てください。体調が悪い時は無理をしないように」
「分かりました。でも今日はベッドが埋まってて、混んでる感じですね」

3台のベッドで寝ている人たちを起こさないように、僕は小声で話した。ただ、雨音のほうがよほど大きいので問題ないとは思う。

「そうですね。普段よりも体調を崩す人が多かった。新生活のはじまり、環境の変化が原因でしょう。それと今日の天気です」

天気。雨。春の嵐が人に何を及ぼすのだろうか
あの人には何が起きているのだろうか。

「先生、雨で不調になるのは何故でしょうか。僕の知り合いにもいるんです。気持ち悪くなって、気を失うこともあるらしくて…」

「気圧、湿度、気温の変化による自律神経の乱れ…と言われていますが、実のところ現代医学でもよく分かっていません。関連性はあると思っていますが、人それぞれ雨の日の何が原因になっているのかは違うので難しい。その方はかなり深刻ですね…」
堰根先生から見てもそうなのか。解決策の無さに少し落ち込む。そもそも会う手段も無いのだが。
堰根先生はベッドの方を見ながら話を続けた。

「君達が来る少し前に下校した子がいるんですが、彼も天候による不調が深刻でした。彼に相談されて医者を数人紹介もしたのですが、原因究明には至らず。人体とは難しいものです。非常に心苦しいですが」

堰根先生も目を伏せて辛そうだった。

下校、そういえばもう帰りのホームルームの時刻だ。とはいえ急いで参加することもないだろう。僕は飲み頃の熱さになったコーヒーに口をつけた。

それからは堰根先生と学校の事や保健室のことなどを穏やかに雑談した。生徒の相談役にもなっているだけあり、とても話しやすい人だ。白い髪と深い黒の瞳からは知的で芯のある雰囲気を感じる。

コーヒーを飲み干した頃、我が子を迎えに来た親御さんが保健室に到着した。先生は対応に席を立つので、僕はお礼をして、入れ替わりで帰ることにした。
下校する同級生とすれ違いながら、教室に鞄を取りに戻る。廊下の窓から外を見ると、雨は先ほどよりは大人しくなっていた。もう少し待てばもっと帰りやすくなるかもしれない。

そう考えた奴がわりといるようで、教室にはまだクラスメートが残っていた。

「おっ、戻ってきた。もう帰ったと思ってたわ。大丈夫?」
「まぁ平気かな。ホームルームで何か大事なこと言ってた?」
「特に無いな。警報出てるから気をつけて帰れってさ」

そこで彼は、大事なことを思い出したようにハッとした。

「そうだ、高等部の先輩が都築のこと探してたぞ」
「先輩?女子?」

梢さんだろうか。他に心当たりはない。

「男子。なんかイケメンだけどめちゃくちゃ顔色悪くてさ。土気色ってああいうのを言うんだな…。あー、悪い。都築ならこの組ですけど今日は帰ったかもって言っちゃったわ。保健室って言っとけば良かったな」

「いや…ありがとう」
胸騒ぎがする。
高等部は係の人以外は先に帰っていたはずだ。体調不良の生徒に仕事がふられる事はないだろう。ではなぜこの時間までいたのか。新入生オリエンテーション終了の時間まで、「顔色の悪い男子の先輩」はどこにいたのか。

「その人って、他に何か言ってた?」
「何の用かは言われなかった。名前も聞いとけばよかったなぁ」

「分かった。じゃあ、また明日!」

僕は挨拶の返事を聞くより早く、教室を飛び出した。
急ぎ足が一直線に向かう先は保健室だ。確かめなければならない事がある。
次第に速度を上げ、廊下を走り抜け、階段を駆け下りる。


「堰根先生!!」
突然勢いよく扉が開く。大声で呼ばれた先生は、驚いて僕を見た。
保健室には先生以外の人はもう居ないようだ。

弾む息を抑えながら僕は胸騒ぎの核心に迫った。

「僕が来る前にいた人、雨の日に弱い生徒の名前なんですけど、
もしかして、迫水さんって方ですか?」


「知り合いだったんですね。はい、迫水辰くんです」
堰根先生に教えてもらった迫水さんのクラスには、誰も居なかった。僕は扉の前で肩を落とした。
急いで来たが、やはり帰り支度は済ませてから僕を探しに来たんだろうか。

振り返って窓の外を確認する。高等部2年のある階の廊下からは、外への唯一の出口である正門が見えたからだ。
色とりどりの傘をさした人影はまばらで、みんな外へと進んでいく。止まって誰かを待っている人はいない。
もし晴れていたら、必ず通る事になる正門で待つのは十分あり得るだろう。だがこの土砂降り。わざわざ外で待つわけがない。

そうだ。きっと迫水さんも帰ったに違いない。
だって明日会えばいい。
僕は先輩のクラスを知っている。
先輩は僕のクラスを知っている。

しかし僕の心がどうしたいかは理屈とは少し違った。
やっと接点ができたあの人と早く会いたいという正直な気持ち。それが向こうも同じだったことが信じられない。体調が悪いなら、入学式直後の本降りになる前に帰ってもよかったのに、残って僕に会いに来たのだ。走り出したいほどに嬉しかった。

そう、休んだおかげで僕の体調は万全だ。
あとは心がやりたいことを選べばいい。

そもそも急いで帰りたくなるような家か?それに気づいた時、窓ガラスに写る顔がふふっと笑った。
まず中等部と高等部の玄関口に向かった。続けて本部棟へ。食堂は閉まっている。図書館には生徒がまばらにいたし、落ち着いて座って休めるのはここなので、念入りに探してみた。
それから本部棟の休憩コーナーを見て回る。自販機ごとにジュースの種類がけっこう違う。
オリエンテーションのやり直しみたいだと思う。そういえばさっきは新しい人間関係に気をとられすぎて、ゆっくり学校を見ていなかったのだ。
学園生活で楽しみな事ができた今、校舎もさっきより色鮮やかに見える。

……さて、校舎の人がいそうな所はこれで全てだ。
小一時間ほど探しただろうか。まだ日没には早い時間だが、外はもう夜のように暗い。

流石に踏ん切りがついた。
明日は朝早く登校して、始業前に挨拶に行こう。

僕は外に出て、正門へと向かう。
ふと僕の目にとまったのは正門の右手側、正門の照明が当たらない、暗がりの中にある建物だった。
なんだろう。それほど立派な作りではない。倉庫のようだが二階建てだ。上下階どちらも明かりがついていない。
僕の足は明るい方ではなく、その暗がりの方へ向かっていた。何故だろう。ここまで探索してきたからだろうか。

得体の知れないものを明らかにするのは、何かを探すことの本質なのかもしれない。僕が見つけられないものは、僕が知らない所にある。

だが建物の正体自体は、歩く途中で分かった。正門側にドアのない真っ暗な入り口がある。そして校舎側からは見えなかったが、反対側、塀と建物の間に二階へのスロープがあった。駐輪場だ。壁も屋根もあるから分かりにくかった。
しかし、それなら照明がついていてもいいのでは。

僕は校舎の中の時と真逆の気持ちで目を凝らした。こんな暗い所に居ないでほしい。ちゃんと今頃明るくて暖かい家に帰っていてほしい。

───突如、そんな僕の願いを上から見るように、灯りが地面を照らした。
「うそだろっ!?」

 その下を見るやいなや、僕は全速力で駆け出した。
 スロープの下、雨を避けられる僅かな場所に体をすくめて、座り込む人がいる。見間違えるわけがない。あんなに会いたかった人なのだから。

「迫水さん!!」

 僕は傘なんて放り投げ、うつむく彼の両肩を掴んだ。
 照明が急についたのは人感センサー式で、近づく僕に反応したからで、それはつまりこの人が動いていなかったという事で、それは、それは……
 名前を呼んで駆け寄っても、肩をゆすっても反応がない。意識が無いのか?気が動転して、こういう時にどうすればいいのか思い付かない。頭が真っ白だ。最悪の想像ばかりが浮かぶ。


 その時、澄んだ水の色と目が合った。
 あの日見た、冷たく暗い水底から救い出してくれた瞳。
 救ってくれたのに、何故か救われたような涙を浮かべていた人。

 見開かれた目から今再び、一筋の雫が頬を伝った。


「よかった……。びっくりさせないでください」

 心から安堵した僕の口元がほころぶ。目も熱い。最悪の事態ではなかったというだけで、こんなに喜んでる場合じゃないのに。

「………あ、……して……」

 視線ははっきりと僕を捉えているが、顔は生きているのか疑うほどに青白い。震える唇は何か言葉を紡いでいるが、小さくてよく聞こえなかった。
 まずはこんな所にいるべきじゃない。僕は放り出した傘を拾いに行く。幸い水たまりには落ちていなかった。

「立てますか?」

 僕は傘をさし、片手を差し伸べて返事を待った。
 震える白い指先がそっと、何かに怖気づくようにゆっくりと、僕の手をとった。

 僕はその遠慮がちな手を、そんなことないという気持ちが伝わるように、強く握る。ぐいと引っ張ると、ふらいついてはいるが、肩を貸さなくても立ち上がれた。
 やっぱり背が高い。あれから僕も伸びたが、向こうもちろん大きくなった。本当に久しぶりに、僕たちは会って話ができる。

「……ありがとう、マサキ」

「お久しぶりです、迫水さん。
 今日からは迫水先輩、ですね」

 今夜の空に月はないが、鏡のような水たまりには白く輝く光点が反射している。

 その灯りに照らされて、地面にはまだ色鮮やかな花びらが、水に浮かぶ絨毯のように揺れる。
 嵐に散らされてもなお、出会いの季節の花は美しいままに、僕たちの再会を待ってくれていた。
『次のニュースです。昨日の大雨では県内の各地で被害が相次ぎました。相沢市では土砂崩れが発生し、84歳女性が行方不明。八淵市では小学一年生の女子児童が増水した河川に流され死亡しました。今日は一日晴れますが、引き続き土砂災害などに警戒が必要です…』雨上がりの朝の空気は清々しい。
潤った新緑に眩い朝日が降り注ぎ、春が呼吸をはじめる。

早起きしてしまった僕は、自分で適当に朝食のトーストを焼き、食べながら朝のニュースを聞いていた。

今日は1日晴れの予報だが、河川の水かさが戻るのにはまだ時間がかかるので注意が必要だ。ニュースでも昨日の痛ましい被害が流れているが、八淵市内の川は、急に増水する事が多い。そのぶん市も治水事業にはかなり力を入れているのだが、昨日の降水量は記録的だった……と気象予報士が話を続けている。

海の方はあの後また大雨になるということはなく、心配だった先輩の体調も、少し休んで話しているうちに回復していった。

そう昨日、本当にあんなに驚いたことは人生でもそうなかった。
そして嬉しかったことも。そのせいで今日は早起きしてしまったのだ。
昨日のことを思い出す。
先輩は歩けるようだったので、僕達は一度校内に戻り、休憩する事にした。
 2階窓際のカウンターになっている休憩コーナーにいる生徒は僕たちだけだ。いやこのフロア自体にもう生徒は残っていないかもしれない。

「生き倒れとかはじめて見ましたよ!びっくりさせないでください!」
「ごめん。久しぶりなのに、本当に情けない所を見られてしまったな」

 僕は先輩の分の温かい緑茶のボトルを手渡し、隣に座る。
 お茶を受け取った先輩は、疲れた声と虚ろな眼差しで肩を落としていた。

「いえ、見つけられてよかったです、本当に。どうして駐輪場なんかに?」
「中等部の玄関口の外で君を少し待ってたんだが、思ったより悪くなってきたから帰ろうとして、門の近くまできたら急に。まぁ、倒れるなら屋根ある所のほうがいいかなって」

「場所のいい悪いの問題じゃないですよ!」
「はは…ごもっとも。いつもの事だから変な慣れがあってさ」

「いつもの事って……。もっと自分のこと大事にしてください!
 待っててくれたのは、それは、嬉しいですけど……」

 心配から刺々しくなっているが、不養生を叱りたくてここにいるわけじゃない。
 ずっと会いたかった。先輩もそう思っていてくれたんですかって、それが一番話したい事だったのに、いざ面と向かって言うのは恥ずかしかった。

「嬉しい…?ならよかった。君はオレの事忘れてて、変に思われるかもって覚悟してたから。あれからどうしてたか、ずっと心配してたんだ。
 新入生代表が君で本当に驚いた。いてもたってもいられなくてね」

 でも、この人は照れないで、はっきりと気持ちを伝えてくれるのだ。

「入学おめでとう。言うのが遅くなってしまったな」

 先輩の顔色には赤みが戻り、瞳はまっすぐ僕を見ている。
 僕にとっては、その輝くような笑顔が今日一日の何よりも祝福に違いなかった。

「あ、ありがとうございます」

 お茶をごくごく飲む。照れが顔に出まくっているのか、先輩はそんな僕を見て、くすくす笑うのだった。

「ところで、マサキは何でこんな遅くまで残ってたんだ?通学は自転車?」

 飲んでいたお茶でむせそうになる。そうですね先輩。僕が貴方のことを居残りして探し回っていたとまでは思ってないですよね。うんうん。

「え!? いや、市バスですけど。まぁ色々ですよ。用事があって残ったり、色々です」

 とっさとはいえ、これ以下はない酷さの誤魔化しをしてしまった。
 だが先輩はあえてそこにはつっこまず、壁の時計を確認して言った。

「色々……?は置いといて、学校前発のバスならもう時間がない。市街方面だろう?次を逃すと40分時間以上待つことになる」
「あ、じゃあ、そろそろ帰りますか……」

 もう少し話をしてもよかったが、流石にいつ学校側に追い出されてもおかしくない時間になっている。先輩が大丈夫そうならここを出るべきだ。


 僕たちは席を立ち、正門へ向かった。心配だった先輩の足取りは、駐輪場から来た時よりもかなりしっかりしていて、ほぼ普段通りといった様子だった。

「先輩は自転車?バス?今どちらに住んでるんですか?」
「オレは歩き。第三工場のあたりに一人暮らしだから」

 工場地帯のど真ん中だ。あまり学生が住んでいるイメージは無い所だが、たしかに学校からは歩いていけるはずだ。海沿いの道と、臨海地区の地下道を通ることになる。
 あの周辺は工場の大型車両がひっきりなしに通って危険なため、長い歩道が地下に整備されているのだ。

「この雨でも地下道って通れるんですか?」
「あそこが冠水するレベルの大雨だったら、工場はみんな水浸しだって」

 それは確かに。しょうもない事を聞いてしまった。僕はずいぶんと心配性になってしまっているようだった。


 僕たちはいよいよ正門から通りに出てしまった。バス停は先輩の家の方向とは逆にあるので、ここでお別れだ。
 なのに、不安が去らない僕はまだ先輩を引き止めるような事を言ってしまう。

「本当に一人で帰って大丈夫なんですか?また急に悪化したり、」

「それは大丈夫。
 ───今日はもう終わったから」

 先輩は食い気味に答えた。峠を超えたという意味だろうか。吐き捨てるような響きで出てきた『終わった』という言葉が、僕は少し気になった。
 もう大丈夫ならそれは良い事のはずなのだが、先輩は唇を噛んでいた……気がする。

「そう、ですか……」

「はあ、もう。今日は君に心配ばっかりかける。
 明日はもっとちゃんと話せるよ。そうしないか?」

 先輩はため息をつくと、携帯を取り、差し向けながら言った。
 僕も慌てて鞄から取り出す。僕たちは3年ごしにようやく連絡先を交換した。

「これでよし。これ、あの後に君の家の人がくれたやつでさ。オレが使ってたのより全然高くて性能いい機種だった。ありがとう。
 あれからお互い色々あっただろうし、話題はしばらく尽きなそうだな」
「はい!あの、明日のこととか、あとで連絡します!」

 その時、ちょうどバスが近づいてくるのが見えた。交換が間に合ってよかった。この繋がりが、僕に安心をくれる。僕たちにはもっと素敵な続きがあるって。

「ああ!また明日!」

 そして先輩は手を振り、バス停へと走り出す僕を見送ってくれたのだった。
 ここまでが昨日の話だ。




 さて、先輩はもう起きているだろうか。休むのに邪魔になると悪いので、昨日の夜は『よろしくお願いします』の一言しか送っていなかったのだ。
 僕は既読がついたメッセージの画面を見つめながら、タイミングを考えていた。
 そこに、通知音と共に新着がひとつ。

『おはよう』

 先輩が同じ朝に起きている。僕は嬉しさに心を弾ませながら、返事と今日の予定についてすぐさま入力をはじめたのだった。


 4月、期待に満ちた僕の学園生活のはじまりだった。
「マサキ、こっち!」

食堂の混雑を避けるため、高等部は中等部より15分先に昼休みに入る。だが15分で食べ終わって退くわけはないので、新入生が食堂を使うのは上級生の席取りが必須である。

「席ありがとうございます」
迫水先輩は、今日は食堂の角の席をとってくれていた。僕たちは週2回ほどこうしてランチを一緒に食べている。
 僕が食べるのはだいたい蕎麦かうどん、先輩は大盛りのカレーが好きなようで、今日も卓に並ぶのは同じメニューだ。

「部活はそろそろ決まった?」
「うーん……先輩と一緒がよかったんですけど、空手部には本当に全然行ってないんですか?」
「ああ。籍があるだけの幽霊だ」
頑張って!
応援してる!
待っている!いつまでも!
やっちゃいましょう!
大丈夫......!
そういうときもある!
行ける気がする!
落ち着けっ!
いつもありがとう!
きっとうまくいく!
大丈夫!
どんな道も正解だから
負けないで!
一緒に頑張ろう!
後悔させてやろうよ!
明日はきっとよくなるよ
のんびり行こう!
人は変われる!
なるようになる!
頼む、続きが読みたい!
この本欲しすぎる
これ好き! 好きすぎる!
ありがとう、これで今日も生きていける
発想にすごく引き込まれた
いや、十分すごいよ!
ぐはっ😍
おお〜😲
うるる😭
なるほど
それいいね!
共感する
響くわ〜
マジ天使
天才!
エロい!
神降臨!
素敵
かわいい
きゅんとした
泣ける……
ぞくぞくした
いいね
待っている!いつまでも!
いつもありがとう!
わかる、わかるよ……
苦しいよね
悩むよね
確かにね
その通り!
もちろん!
激しく同意
わかりみがすごい
お前は俺か
そうかもしれない
大変だよね
うん、うん。
そうだね
そう思う
そうかも
それな
うるる😭
大丈夫......!
そういうときもある!
なるほど
共感する
大丈夫!
のんびり行こう!
泣ける……
おめでとう!
やったぜ!
やるじゃん!
エライ!
いや、十分すごいよ!
おお〜😲
うるる😭
いつもありがとう!
神降臨!
頼む、続きが読みたい!
この本欲しすぎる
これ好き! 好きすぎる!
ありがとう、これで今日も生きていける
発想にすごく引き込まれた
頑張って!
応援してる!
待っている!いつまでも!
わかる、わかるよ……
やっちゃいましょう!
おめでとう!
やったぜ!
いや、十分すごいよ!
やるじゃん!
ぐはっ😍
おお〜😲
うるる😭
大丈夫......!
そういうときもある!
なるほど
それいいね!
行ける気がする!
落ち着けっ!
苦しいよね
悩むよね
確かにね
その通り!
もちろん!
激しく同意
わかりみがすごい
共感する
響くわ〜
お前は俺か
そうかもしれない
大変だよね
うん、うん。
そうだね
そう思う
そうかも
いつもありがとう!
きっとうまくいく!
大丈夫!
どんな道も正解だから
負けないで!
一緒に頑張ろう!
後悔させてやろうよ!
明日はきっとよくなるよ
のんびり行こう!
人は変われる!
なるようになる!
マジ天使
天才!
エライ!
エロい!
それな
神降臨!
素敵
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きゅんとした
泣ける……
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