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#テラ
QnrI7gzw3gn5MhB2年前テラは自らの身なりに大変気を遣う男であって、顔の化粧や髪の毛の手入れなどに留まらず、身に纏う衣類に付着する埃一つにさえ目を光らせ、手足の指の一本々々の先まで常時完璧にしておかなければ済まないというのが彼の信念であった。だから居間の椅子に何十分も座っていたり、洗面所を何時間も占領しているときの彼は、決まって爪にちまちまとネイルを施していたり、ヘアーアイロンで髪を整えていたりする。彼は容姿を整える工程を他人に見せることを厭わず、というのは彼の美しさは彼の為にあるのであって、他人からの好評も悪評も、彼にとっては預かり知らぬ世界の意味の無いものとして感ぜられるのであった。
 或る日も彼は又居間の自分の席に長い脚を組んで腰掛け、ネイル用の道具をダイニングテーブルの上にずらりと並べて爪にちまちまとやっていた。台所では本橋依央利がトントンガシャガシャと朝飯の用意をしてい、他に人は居なかったのでその作業音と空調の断続的な動作音が静かに響いていた。
「アレ、又爪きらきらにしてるの」
「ん? ……ウン」
「奇麗だねェ」
 一段落がついたのか依央利が台所から出てきて、濡れた手を布巾で拭いながらテラの作業を覗き込んだ。テラは視線を指先から外さないまま、「今日のご飯何?」と聞いた。
「ホットサンドにしようと思ってたけど、手を使わないものの方が良いかな」
「んーん、大丈夫。ありがとう」
「はーい」
 それ以上話は続かず、テラに他人との交流の意志が無いのにはもう慣れっこなので、依央利は物干し竿の洗濯物を取り込みに出ていった。
 それから暫くして、テラはウンと唸って背筋をぐっと反らせて伸びをした。細かい作業に夢中で集中していたので、体の緊張が解れたのかふ、と小さな溜息が飛び出した。奇麗に完成したネイルを見て満足気な顔を浮かべ、暫く自分のその作品に見入った。