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#異世界ファンタジー
kurotuki0123年前異世界ファンタジーふんわりBLの番外編
この後どうするつもりだったか忘れた←
机のうえに積み上げた本の中から一冊とってをペラペラめくる。授業でも習った人の国の成り立ち、異種族との関係が事細かに書かれているのを流し見して、メモをとらなければと羽ペンを持ってみるけれど、すぐに面倒くさくなって手を離す。

「なんで卒論なんてものがあるんだ……」

 いいながら机に突っ伏する。天気はいい。開け放った窓からは心地よい風が吹き込んでくる。絶好のお散歩日より。中庭で昼寝するだけでも最高な気候。
 そんな素晴らしい日に、図書室に缶詰にされ目の前にはいつ読み終わるかも分からない本の山。去年も図書室に缶詰になっていた時期はあったが気持ちがまるで違う。自主的に行うのと、強制的に行わされるのとでは天と地ほどの違いがある。

 アメルディ学院の最終学年は忙しい。卒業後の進路を決めなければいけないし、卒論を提出しなければいけない。
 卒業後の進路に関しては今後の生活がかかっているので真剣にもなるが、卒論はどうにもやる気がでない。今まで学んだことの総まとめと言われても、今までだって面倒くさい課題は提出してきたわけで、それで十分だろと勉強嫌いなラルスは思ってしまう。

 隣を見るとカリムはもくもくと作業を進めていた。ページをめくり気になったことを書き留め、またページをめくる。その繰り返し。カリムがもってきたノートにはびっしりと文字が書き記されている。卒論が順調なのを見てもなぜか危機感はわかない。本格的にやる気がなくなってきているようでラルスはため息をつく。
 そんなラルスの様子に気づいたカリムは視線だけをこちらにむけた。

「噂によると卒業までに終わらなかった者は卒業後も呼び出されるそうだ」
「地獄か!?」

 ラルスを恐怖で震え上がらせたというのにカリムの手は止まることがない。流れるようにページをめくりメモを続ける。カリムのテーマは今後も人と異種族が共存するためには。という面倒くさそうなものであった。ラルスはもっと簡単なものがいいなーと思いながら過去の卒業生の卒論をまとめたものを手にもった。パラパラめくってみるがカリムのテーマと同じく難しそうなタイトルが目次に並んでいる。
 異種双子の謎についてとか、始祖信仰の原点についてとか、人間の繁栄には何が必要だとか、ラルスとしては興味がないものばかりで早々に本を閉じた。

「お前、そろそろテーマ決めないとまずいだろ」

 見かねたカリムが手をとめてラルスをみた。カリムがいうことはもっともで教師にもいい加減テーマを決めろとせっつかれている。過去の卒業生が提出したものから、比較的簡単なものを見せて貰ったがピンとくるものがなかった。

 アメルディ学院には留年という仕組みはない。二人一組が基本ということから、片方だけ留年した場合、もう片方をどうするかという問題。学院に入学している間の飲食や教育費などがすべて国予算でまかなわれているため、個人の都合で在学年数を増やすことが出来ないからなど理由はいくつかある。しかしながら教員の顔を思い浮かべると、卒業はさせてやるが卒論を提出するまで逃がさない。という強い意志をひしひしと感じるので、カリムがいった卒業後も呼び出されるというのは限りなく真実に近いのだろう。

 ラルスだって卒業してまでアメルディ学院に通いたくはない。カリムに迷惑をかけるし、話をきいた姉たちは大笑いするに決まっている。そんな辱めをうけたいとは思えない。
 それでもだ、それなのにラルスはどうにもやる気がでない。もうすぐ卒業だということに実感がわかないのか、気持ちがふわふわしてずっと夢をみているような心地だった。

「卒論……ヴィオは出さなくていいのかな……」
「……アイツは中退扱いだからな」
 ラルスのつぶやきにカリムは静かな声で答えた。

 在学中に王都を脱走したヴィオは「人の国」最南端、リョシュア村でのんびり暮らしている。あれから手紙のやりとりをしているがリーナと共に村の人たちと仲良くやっているらしい。クレアを喜ばせるために珍しい花の種を手に入れる計画を練っている。そんな言葉が綴られた手紙を読んでラルスは嬉しくなった。同時に泣きたくなった。
 こうして手紙を読んでいると今でもクレアが、リョシュア村にいけば、前と変わらない笑顔で迎え入れてくれる。そんな気がして、けれどそれはあり得ないのだとラルスはもう知っていて、どうしていいか分からず無性に叫び出したいような気持ちになった。

「アイツ、卒論しなくていいのずるくねえ?」
 気持ちを切り替えるために軽口をたたくとカリムが複雑そうな顔をする。

「……一応、卒論は提出扱いになっているらしい」
「えっ」

 予想外の言葉に目を丸くしカリムをみるとカリムも半ば納得いかない顔をしていた。

「クレアは在学中から薬草とか薬とかの研究をしていただろ。一級薬剤師の資格もとっていたし、いくつか論文も提出していた。それが卒論として扱われるらしい」
「いやそれ、クレアちゃんの卒論であってヴィオノじゃなくね?」
「ヴィオも研究に協力していたから共同研究という扱いなんだそうだ」

 クレアの後をついて回ってあれこれしていたヴィオを思い出す。たしかにラルスからすると雑草にしか見えない植物を抱えて帰ってきて、ラルスには全くわからない仕分けをしていたり、部屋中に植物を干したり、煎じたり、観察記録をつけていたヴィオは見たことがある。しかしそれはすべてクレアのお手伝いでありヴィオが自主的に行っていたわけではない。

「ヴィオが王都に頻繁にやってくる状況を上が望んでいないからな。黒竜の特性が明らかになったとはいえ未だ調査の段階だ。魔力が集まる王都で暴走されては困るということだろう」
「……ヴィオが王都にいたとき一度も暴走なんてしてないだろ」

 ヴィオが王都を出るきっかけになった事件はクレアが怪我をしそうになったからだ。異種双子が片割を傷つけられそうになって大暴れしたという事件はヴィオ以外にも多い。それだけ異種双子が片割を大事に思っていると言うことであり、逆にいえば片割にさえ手をださなければ王都に暮らすことになんの問題もないという話でもある。

「あの時はクレアがいたが、今は……」

 いない。という言葉をカリムは意図的に飲み込んだように思えた。カリムもラルスと同じくもうクレアがいない。その事実を飲み込み切れていないのだ。
 カリムだけじゃない。クラスメイト全員、クレアがすでにいないということを受け入れているとは思えなかった。カリムとラルス以外はヴィオに直接会ったわけでも、墓を見たわけでもない。葬儀すら参加できていないこともあり、みんなどこか実感がなくふわふわした気持ちで過ごしている。意図的に話題にあげないようにしている者もいれば、未だ生きているかのようにクレアについて語る者もいる。それだけ同級生の早すぎる死は大人になる準備中の若者には大きすぎた。
頑張って!