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#極道
seizansou3年前マッチ売りの少女の世界観に○○が転生したら。
任侠を信条にしてる極道とかが転生した話にしたらどうなるのか気になる。
大晦日。その地方では珍しく雪が降っていた。

「兄貴! 田島の野郎を呼んでます! どうか気をたしかに!」

 兄貴と呼ばれた男は倒れ伏していた。彼から流れ出る温かい血が、積もる雪を溶かして赤いシャーベットのようになっている。

「は、は。田島の、ヤブ医者か。あの爺さんは足が悪い。どうせ、間に、あわねえだろう」

 途切れ途切れの、弱々しい声が男の口から漏れる。

「死なねえでくれ、兄貴! 兄貴にはまだ生きてもらわなくちゃならねえっ!」

 そう言いながら、自分の服を破って包帯状にし、倒れ伏した男の出血を止めるために巻き付ける。

「はは、は、よせ、よせ。雪が降るようなさみい夜だ、服ぬいだら風邪引いちまうだろうがよ」

 止めどなく血を流す男の口の端が僅かに上がる。

「笑えねえですよ兄貴! これからじゃねえですか! これから俺達で、組を変えていくってところだったじゃねえですか!」
「なあ、サブよ。おれにゃあ、学がねえ。精々が先代のオヤジにたたき込まれた半端な任侠ぐれえだ。もっと学がありゃあ、こんなことにはならなかったんだろうがな、情けねぇ」
「まだだ、兄貴! まだ終わりじゃねぇですよ!」
「は、は。任侠だけで、渡りきれるような世の中じゃねえってことかね……」

 そう言って、男の目から光が消える。彼に包帯を巻いていた男は、その体が急にずっしりと重くなってしまったことに気づく。

「あ、兄貴……山田の兄貴……ぃぃぃ……」

 うつむき、絞り出すように出した声の先には、任侠に生き、任侠に死んだ男、山田の死体が横たわっていた。


  ■


 その年の最後の日。その地方では雪は珍しいものではなかった。
 いつものように雪が降り積もる。
 路地にはまばらに人が行き交い、時折馬車が通りすぎる。
 そんな路地の雪の上に、裸足で立つ少女がいた。

「マッチ、マッチを買って」

 その少女を一言で表すなら、くすんでいた、と言えるだろう。
 色素の薄い髪も、汚れのせいで、よく見なければ金髪だとはわからない。服もぼろぼろで、あちこちがほつれている。顔はすすを塗りたくったように黒ずんでいた。
 そんな少女が、大事そうにエプロンでマッチを包み、一束を手にもって通りすぎる人に、必死に食い下がるようにマッチの束を向けながら、「マッチを買って」と機械のようにひたすらくりかえしている。
 ひたすらにマッチの束を向けて「マッチを買って」と言っていたが、後から歩いてきた大人にぶつかって、エプロンで包んでいた大切なマッチが雪の上に散らばってしまった。
 濡れてしまったら火がつかなくなる。
 少女は地面に這いつくばり、急いでマッチをかき集める。
 すると、地面に向けられていた視界の端の方から、無骨な手が二本伸びてきた。その両手はマッチをかき集めて拾い、少女に差し出してきた。
 少女が顔を上げると、スーツ姿の男がいた。行儀悪そうに腰をおろし、少女に向かってマッチを差し出している。

「ひっ」

 少女は小さく悲鳴を上げた。その男の人相があまりにも凶悪だったから。

「おい嬢ちゃん、おめえ、何やってんだ」

 男は、少女がおびえていることは特に気にした様子もなく、少女に問いかけた。

「マ、マッチを、売っているの」
「マッチ……ってこたあ、これぁ売りもんか。しかし今時バラで売るとはねえ。おう、箱ねえのか、箱」
「箱……?」
「箱っつったら、マッチ箱だろうよ。わかんねえかな、ほら、マッチが入ってて、横っ腹でシュッとやるやつだ」

 少女は未だにおびえを引きずっており、男の説明に正しく答えなければと強く思うものの、男の言うものに全く見当がつかなかった。
 そんな少女の困惑を読みとったのか、男が言った。

「そうか、知らねえのか」

 そう言うと男はスーツのポケットからハンカチをとりだし、手にもっていたマッチをくるんだ。

「売りもんなんだろ、他のもこれに包め。はやくしねえと雪でしけちまうぞ」

 男が伸ばした手を、少女はしばらく見つめていた。果たして自分が受けとってしまってもいいものなのだろうか、受けとることで何か悪いことになってしまうのではないかと迷っていた。
 唐突に、男の手が少女の頭上に伸びる。
 少女は反射的に、なぐられるのだと思い、強く目をつむった。
 男の手は少女の頭上に伸び、マッチをくるんだハンカチをぽんと載せた。

「ちぃとまっとけ」

 そう言いながら男は地面に散らばったマッチを拾っていく。
 少女がぽかんとしている間に、男は素早くマッチを拾いきってしまった。

「最近じゃあやらなくなったが、昔は雑用も仕事だったからな」

 男は少女の頭に載せていたハンカチをとると、拾い集めた残りのマッチも同様にくるんだ。
 マッチがすべてくるまれたハンカチを差し出しながら、男が名乗った。

「俺ぁ山田っつうんだ。お前、名前は?」

 少女はなんとなく、この人は大丈夫なんじゃないだろうか、そう思い、差し出されたハンカチに手を伸ばしながら返答した。

「アネ」
「そうか、アネっつうのか。なあ、アネよ、ここはどこだ? 地獄か? どうせ地獄なんだろうが、地獄にも種類があんだろ?」

 少女は男が口にした内容の意図がわからず、少し逡巡した。しかしとりあえず聞かれたことを答えることにした。

「ここは六番通りよ……オーデンセの」
「おでんせ? そんな地獄もあるんだな。しかしとんと迎えが来やしねえ。地獄の案内もなっちゃいねえ」

 そう言いながら山田は立ち上がった。つられるように少女も立ち上がる。マッチをくるんだハンカチを大事そうに両手で胸元にかかえて。

「地獄じゃない、オーデンセ」

 アネが弱々しく否定した。山田は「そうか」と辺りを見回した。

「……おう、アネ、靴はどうした」

 山田の視線が止まった先には、アネの裸足があった。雪の上に長時間いたせいなのか、紫色に変色しかけている。
 問われたアネは急におろおろしだし、泣きそうになりながら答える。

「これは、お母さんの靴が、お母さんので、大きくって、ぶかぶかで、馬車にひかれそうになって、いっこは男の子に持って行かれちゃって、もういっこは、もういっこは……」

 要領を得ない説明がアネの口からこぼれる。
 山田はそれをじっと眺めていた。
 そしておもむろにしゃがみ込むと、アネに背中を向けた。

「つかまれ」
「え?」
「おぶってやる。つかまれ」

 恐る恐るといった風に、アネが山田の背におぶさる。
 山田はアネを背負うと立ち上がり、一言「軽いな」と呟いた。

「おうアネよ、おめえがそのマッチを売るっつうのは罰とかじゃねえのか? 地獄の」

 背負われたまま、アネは首を振る。

「地獄じゃない、オーデンセ。罰……神様の罰なのかな。わたし、わるいこだって」

 山田の背中から聞こえる声に涙声がまじりはじめる。

「おうおう、悪かった悪かった、ほら、泣くな、泣くな。アネは悪いこたぁしてねえだろうよ。だってえのに罰だ罰だとのたまってた俺がわりいんだ。ほら、落ち着け、な」
「うん……」
「おうおう、出来たガキじゃあねぇか。忍耐ってやつぁ、ジジイになってもできねえやつぁできねえ。それがアネぐらいの歳でできてるっつうのは偉いことだ」

 アネは褒められたのが嬉しかったのか、山田の背中に顔を押しつけた。

「アネよ、そのマッチ、どこで仕入れた?」

 アネは無意識になのか、山田にしがみつく力を強くした。

「……おとうさん」
「親父さんは今何やってんだ」
「家にいる」
「家で何してる」
「わかんない」

 軽いアネを背負ったまま、山田が仁王立ちしている。

「……最後に」

 ただでさえ威圧感のある声が、さらに一段低くなって、山田の口から発せられる。

「最後に殴られたのは、いつだ。そのあざが出来たのは、いつだ」

 山田の背に、アネがびくりと震えたのが感じられた。

「辛いなら、無理して言うこたあねえ。これは、俺のわがままだ」
「……今日。……家を、出る、とき」
「なあ、アネよ。おめえの家まで、案内してもらえるか」

 アネはしばらく迷うように、何も答えなかった。
 しばらくして、弱々しく、道を指さした。

「何が正解なのかはわからねえ、俺は、俺が出来ることしか出来ねえ」

 その言葉は、アネに向けられたものだったのか、それとも自分に向けた言葉だったのか。


  ■


「マッチをぜんぶ売らないと、おとうさんは家に入れてくれないから」

 だから行っても意味が無い。
 道中、山田は何度もアネから言われた。それに対して山田はただ、「そうか」とだけ返していた。
 しばらく歩くと、アネが指さすものが変わった。今までは道を指していたが、今は家を指している。

「ここか?」

 山田の背中でアネがうなずくのが感じられた。

「すまん、足が冷てえだろうが、ちょいと降りててくれねえか」

 そう言って山田はしゃがみ、アネを降ろした。
 家をはげしく叩く音が周囲に響いた。

「旦那ぁ! 旦那ぁ! いるんだろ!? 旦那ぁ!」

 山田ははげしくドアを叩きながらそう呼びかける。

「だ、誰だ!?」

 家の中から、焦ったような男の声が聞こえてくる。

「マッチですよ旦那ぁ! マッチの件で俺が寄越されたんだ!」
「そ、それならまだ良いって、待ってくれるって言っていたじゃないか!」
「なあに、悪い話じゃない、あんまりご近所さんに聞かせる話でもねえ、ちょいと中に入れてくれねえか、なあ旦那ぁ! ほら、早くしねえとうまい話も逃げてっちまうよ」
「わ、わかった、あける、あけるからちょっと待っててくれ」

 家の中からドタドタと扉に走り寄ってくる音が聞こえてくる。
 開け放たれたドアからみすぼらしい服に身を包んだ、年は若そうだが老け込んだような男、アネの父親が顔を出した。
 山田はすかさずドアに自分の足を挟み込んだ。

「いえね、旦那が娘さんに売らせてるマッチで、お話があるんでさあ」

 ドアのすき間から山田の凶相がのぞき込む。

「だ、誰だあんた!?」
「通りすがりの小悪党だよ」

 そんな山田の発言を聞いた父親は、急いで家の中に駆け込もうとする。
 しかし山田は背を向けた父親の襟首を素早くつかむ。急に首元をおさえられた勢いで、父親は盛大に尻餅をついた。

「焦っちゃいけねえよ、旦那。少し、話をしようじゃねえか、なあ」

 山田は尻餅をついた父親の前まで悠然と歩を進めた。

「ほら、殴ってみろよ」

 そう言いながら山田は父親の前にしゃがみ込む。

「は?」

「殴ってみろっつってんだよ、俺をよ」

「は、はあ?」

 父親が訳がわからないといった様子でいる。

「なんだ、殴れねぇってのか?」
「いや、そんな、急に、他人に」
「てめえの娘にゃあ手ぇあげられて! 他人にゃあ手を出す根性もねぇのか! このクズがぁ!」

 アネはドアの影から中をのぞいていた。アネが手をかけていたドアが、山田の怒声で振動した。
 あまりの剣幕でどなられたため、父親は「ひっ」と小さく声をあげて不器用に後ずさろうとしていた。

「その様子じゃあ、似たような商売してる、ってわけでもねえみてえだな。ついてこい、てめえもマッチ売るぞ」
「な、なんで俺がそんなこと……」
「てめえにできねぇこと娘にやらせてんのか?」
 山田の低い声が部屋に響く。
「わか、わかった、いく、いくよ……」
おお〜😲