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フォローする 水月 千尋 二次多めな物書きモドキ
お題『朝寝坊』をお借りしました。私は朝寝坊をしたことがない。
 小学校に入学した日から、会社に入って一年が経とうかとしている今現在に至るまで。一度もだ。これは何もかもが十人並で、人様の前で披露出来るような突出した特技があるわけでもない私の、本当に唯一の自慢だった。だから働けなくなる年齢になるその日までは何があっても──それこそ死んでも貫こうと強く強く決意していた、が。

「…………っ!?」

 夢のぬかるみから唐突に意識が浮上し、はっとまぶたを開く。
 固い床の上だった。遮光カーテンがぴったり閉じられた薄暗い部屋で大の字になって、見慣れた天井をしばらく呆然と見つめる。
 身体に染み付いた長年の習性。いや、賜物か。どうやらスマホアプリでセット済みのけたたましいアラームも、眩しい朝日の力すら借りずに覚醒したようだった。
 それにしても今はいつだ。
 何時何分何曜日なんだ。
 何故か全力疾走の後のようにバクバクする心臓を押さえる。必死に答えを求めて目をさ迷わせると、壁にかけたウッド調の時計が見えた。
 七時三十二分。時刻を針で刻むだけのシンプルな壁掛け時計なので、さすがに曜日まではわからない。慌てて身体を起こして周辺の床をまさぐった。
 目的はスマホだ。あれを見れば、今知りたい全てが解決する。いらぬ絶望までもたらしてくれる可能性は高いが、どのみちあれがなければ会社に全力で謝罪の電話をすることも出来ないのだから、遅かれ早かれ見つけなくてはいけない。
 いつもなら頭の周辺に置いてあるはず──そう思いながら探っていると、寝ている間に弾き飛ばしでもしたのか、ベッドの下に半分潜り込んだスマホを見つける事が出来た。喜ぶ間も惜しい。早速それを引っ付かんで電源ボタンを押す。
 ところが画面はつかなかった。長押ししても連打しても、うんとも、すんともいわない。
 考えうる事は、ただひとつ……。

「スマホの充電切れとかバカかな自分!?」

 叫びながらすぐさまコンセントの周囲を見るも、充電アダプターはない。どこに置いたのかも思い出せない。もう頭の中はパニックだった。
 とにかく充電出来るものを──。
 いや最悪テレビでもつければなんとか──。
 あれこれと策を練りつつ、跳ねるように立ち上がる。ドアを開け放って駆けた先はリビングだ。そこにならきっと解決策があると信じて。しかし。
 私は、リビングの入口で床の一点を見つめて動けなくなった。
 フローリングに敷いたブルーのラグには、部屋着用のだぼっとしたワンピースを着た女が倒れていた。うつ伏せなので顔は見えない。女の頭の側には、手に持っていたらしい白い充電アダプター。くねるコードは肩までの黒髪と絡み合うように重なり、ラグの海に線を描いていた。
 ……やっと思い出す。
 充電器を探して夜中にリビングまで来たこと。
 殴られたかと思うほどの激しい頭痛に見舞われたこと。
 そのまま、気を失ったこと。

「…………なぁんだ」

 もう寝坊してもいいんだった。
 ほっと胸を撫で下ろした私は、静かに薄闇の中へと戻った。
これ好き! 好きすぎる!