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#ヘクター
mizuho_a1ヶ月前大分前から書き溜めていたロマサガ2本『beyond paradise』の本文原稿から。サガシリーズエアオンリー合わせの予定なのですが、これ書いてる現在ぽよ(=カービィ)に大部分の萌えを持って行かれているので、印刷所の締め切りに間に合うのかはちと微妙……さて、ここで更に時代は下り、物語の舞台を今回の中心である帝国暦一九五一年へと戻そう。
 ときの皇帝ジャニス・エレイナに随兵の一人として仕えてきた傭兵隊長ヘクター・アレティオスは、剣の腕一本でのし上がっていくのが常である傭兵隊員としては珍しく術法にも長けた人物であった。とりわけ、エリクサーを筆頭とした回復術を使いこなす事にかけては、当時の宮廷魔術士達以上の腕前を誇っていた。実際彼を上回る魔力の持ち主は、皇帝であるジャニスの他には本職の魔術士達の中でも片手で数えられる程しかいなかったのである。
 初めてその話を現皇帝ジャニスから耳にしたときには、そんな彼であっても皇帝の気が触れたかとすら思ったものだった。到底理解できる代物ではなかったからだ。
「貴方も気がついている通り、伝承法には大きな歪みが生じているわ。これから先に待ち構えてる七英雄との戦闘を戦い抜くためには、その歪みを今ここで封印しなければならないの。わたしはそのために、コッペリアを利用しようとしている……」
 なるほど、そういう用途であるならばコッペリア程に都合のいい器はないだろう。並の魔術士以上に魔道に長けた傭兵は、直ちにそれを理解した。
「タンプク帝が残した手順書によると、第一段階は単純に伝承法でコッペリアを皇帝に指名すればいいようね。その際、生前の契約ができると尚いいみたい」
 今、ジャニス帝が読み上げた手順書の記述内容を踏まえると、この謁見の間ほどに、伝承法でコッペリアを次の皇帝にする舞台として都合のいい場所はなかった。
『生と死を以て我らが契約と成さん。我と我らが先人らが持ち得る全てを、この者に与えん。全知全能なる我らが主神よ、今、此処にその証を示し給え』
 伝承法による黄金色した光の王冠がコッペリアの頭上に表れ出て、問題なく術が発動した事が確認できた。しかし今回に限ってはそれだけに留まらなかった。
「ジャニス様、それにヘクター……」
 言いながら、ぎこちなさを見せることなく礼をしてみせるその人形の仕草は、あまりに人間味が過ぎた。少なくともジャニス帝が随兵として連れていた時の、機械的な所作からは到底考えられないくらいには。また、伝承法によって皇帝に指名されたコッペリアに魂と呼ぶべきものが生まれた事も、術を施したジャニス本人と一流の剣士であると同時に優秀な魔術士でもあるヘクターには知覚できた。
「陛下……」
 故に、ヒラガ一族の技術の粋を集めて作られた自動人形と共にジャニス帝に仕えてきたヘクターは、その場にいる誰よりも早くコッペリアに対し臣下の礼を取った。
 もしこの時、ジャニス帝の信頼も厚いヘクターが新たに皇帝となったコッペリアを敬う態度を取っていなければ、まず間違いなく帝位継承問題が即座に勃発した事だったろう。それ程までにヘクターが新帝に対して礼を示すタイミングは絶妙であった。それでも、文官を中心としてコッペリアを皇帝に据えることへの異論がない訳ではなかった。とは言え、皇帝であったジャニスも、またそのジャニスの右腕と言うべき存在であるヘクターも、コッペリアを皇帝として認めているのは事実であった。結局の所、先代皇帝であるジャニスが後見人となる事を条件に、コッペリアは新たなる皇帝として即位する事を認められたのである。
「あなたを作った方……世に生み出した方の子孫が、この帝都にいるのですよ」
「そうなのですか?」
「お会いになりますか?」
 ジャニスからの問いに対するコッペリアの返答は、勿論是だった。

「コッペリア!?」
 天才発明家の一族として名高いヒラガ一族の人間であるヒラガ35世が、三百年以上前に生まれた自動人形の存在を知らぬ筈がなかった。その人形が帝位に就いたとの話を聞いたときには流石のヒラガも驚いたが、此処に至るまでの経緯をジャニスの口から聞いてどこか納得がいったようでもあった。
「此処があなたの家なのですから、望むならいつでも帰ってきていいのですよ。その事だけは、どうか忘れずにいて下さい」
「はい、ヒラガ様……」
 そうして暫くの間コッペリアはヒラガの腕に抱かれていたのだが、彼女自身はヒラガの腕の中でどうしていいか分からなくなっていた。何故なら……
「ジャニス様、ヘクター。これが、泣きたくなるほど嬉しいっていう感情なのですね」
 そう。コッペリアは人形であるが故に泣くための器官を持ち合わせていないのだ。初めて……感情というものを得て初めて、彼女はそのことを悲しいと思った。
頑張って!