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#詞
はるあられ3年前忘れないうちにメモ程度。05.
“黒神”

その日はひどく退屈だった。学校に行くのも億劫に感じられた。
それもきっと、しとしとと降りそそぐ雨のせいだと気づくのにそんなに時間を必要としなかった。
端末からする声は、こちらとは対照的に楽しげなのがまた癪に障る。苛立ちを覚えながらも、その様子とは裏腹に彼女を目で追う。
彼女の人生は薔薇色だ。
生まれも育ちも、そして人生すらも約束をされている。彼女は、自分には無いものをいくつも持っている。まさに憧れの対象である。

ふと、画面に一件の通知が入る。
知らないアドレスだった。いつもなら迷惑メールだろうと開きもしないのだが、何故か今日は開いていた。いや、これも開く運命と決まっていたのかもしれない。
「 」
なんとメールには何も書かれていなかった。みれば、アドレスも空白だ。一体どうやって送られてきたのか、はたまたこれは送られてきたものなのか?バグの一種だったのではないか?
そんなことを今更気にしたところで関係ない。これが仮に迷惑メールや、チェーンメールだとしてもそんなことはどうでもいいことだった。

じわりじわりと影が伸びる。日が暮れる頃には、あの鬱々とした雨は上がっていた。
しかしそこには、いつもと違う風景がひとつあった。
誰かがそこに置いていったのか、はたまた神の悪戯か、それは街の中心にどっしりと佇んでいた。そう、中心地に大きな黒い塊が現れていたのだ。
誰も目撃者がいない所をみると、自然発生したものと考えるのが普通なのだろうが、ここまで真っ黒となると違和感しかない。自然なものがここまで光を吸収し、のっぺりと構えているのは自然のなせる技ではないからだ。
ようやく街の人が気づいたのだろう。あれは何だと話している。それもそうだ。突如現れた其れは、叩いても削っても、押しても引いてもぴくりともせず、焼いても冷やしても次の日にはつるんと元に戻っているのだ。科学者たちも総出で当たったが、まるで正体が分からない。
一説では、宇宙のスパイなのではないかとも囁かれているらしいが、そんなのはとてもバカバカしい話だ。

そんな騒ぎも一週間、ひと月とすればいつもの活気を取り戻していた。始めこそ、報道など色々な検証がされていたが、今となってはぱたりとしなくなってしまった。いや、もしかしたら知らないところで調査をやめるよう圧力がかかったのかもしれない。それくらいに人々は黒い塊のことを気に求めなくなってしまった。

ある時、真っ黒塊についてこんな噂が流れた。
「黒神様にお願いをすると叶う」
誰が言い出したのかわからない不確かな内容に、街の人々は再び踊らされていた。実に馬鹿馬鹿しいと思っていた一週間後、噂は確信に変わった。
医者も諦めていた難病を、黒神様にお願いしたら治ったのだという。嘘だと思ったが、他にも恋愛成就や商売繁盛など、ちらほらとその手の話が上がっていた。
たちまちにその話は街中に広まり、多くの人が訪れ始めた。街の観光業もうなぎ登りだ。真っ黒な塊は、いつしか“神”として崇められ始め、人々の信仰の対象となった。
だが、これまた不思議なことに一定の期間を経ると人々は黒神様に興味を示さなくなってしまった。黒神様を崇拝こそすれども、まるで見えてないかのような奇妙さが伺えたのだ。

そんな謎と奇妙さを孕んだ黒神様が気になり、僕もとうとう黒神様のもとを訪れた。
何を願ったのか、何を欲したのか細かいことは覚えていないが、あの時僕はただひたすらに変化を欲していた。そして、彼女に少しでも接点を持てればと思っていた。あわよくばお付き合いもしたいと願った。
――細かいことは覚えていないと言ったがそれは嘘だ。実はよく覚えている。
「彼女とお付き合いしたい」
そう願ったのだ。
薔薇色の彼女と付き合えば、灰色な自分の人生も色づくのではないだろうか。色のある人生を送りたい、そう願ったのだ。

そして、一週間後。
裏切られることなく、見事に黒神様の効力は発揮された。まさか、彼女と話せることになるなど思いもしなかった。
ただ、彼女と話をしていて分かったことがいくつかあった。彼女の人生は約束されている。
それは家柄や、金銭的なことを指しているのではないということだ。生まれこそ祝福を受けて裕福な家庭で幸せに育っていたが、彼女には生がなかった。もうあと1年も生きられはしないということ。
だからこそ、彼女の人生は華々しく見えたのかもしれない。誰かが、散り際こそ美しいと言っていたが、まさに今の彼女のことだろう。
そんな彼女の人生に花を添えられて本当に幸せだ。

そして、もうひとつ彼女の華々しさを産んでいたと思われる要因があった。彼女はもともと目が悪いというのは知っていたが、色が見えていないという。目に映る景色が全てモノクロに霞んで見えるというのだ。
現に一度、真っ赤な夕日を見た時に「黒神様と同じ」と不可解なことを言っていたことがある。それは、彼女にとっては血の色も、真っ赤な夕日もすべて真っ黒に見えてしまうということだ。
同じ景色を見ているのに、同じ場所に立っているのに、こんなにも見えている世界は違うのだろうか。

僕はもう一度黒神様にお願いをしに中心地へ向かった。彼女にはまだ生きていて欲しい、せめてだけでも色を見せてあげて欲しいと。

だが、そこに黒神様はいなかった。
いや、正確にはもう“見えてはいなかった”んだ。

夕日が静かに街を闇に染めていった。