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子供コウメイと子供シゲンを書きたかった。
犯人は、11307
## 冬の星空
流れ星。
それは、あるいは願いを叶える象徴であり、あるいは幸運の象徴であり…あるいは…。
バレンヌ帝国暦1780年。元旦。その夜空を横切る流れ星に気づいた人々は、統一国家バレンヌ帝国の平和繁栄の予兆として捉えた。

彼ら以外は。

##居てほしい人
「ハクゲン、だっこ」
「ハクゲン、ボクもだっこ」
術研の奥、個人の研究室が並ぶ廊下で、幼い2人の子供が軍師ハクゲンの前に走ってくる。
2人の子供の名は、コウメイとシゲン。
仕事場に子供が居るのは何事かとなるが、この子らは『別格』なのだ。聡明すぎる頭脳、正確な操術能力、各系統術属性に対する洞察力…神童とはこういう子らなのだろう。新米とはいえすでに立派な術研の研究員なのである。
だが、立派な術の研究者とはいえまだまだ子供。まだまだ甘えん坊な年頃なのだ。
…もうそろそろ8歳になるのにだっこ要求はどうなんだろうとは思うが。
だがハクゲンがまた温和で甘やかし性格なのもあり、要求は当然のように受け入れられる。軍師は並べて非力だが、それでも戦に赴くことはあるので、子供2人だっこできる程度には鍛えられている。
「今日もおつかれさまだね。コウメイ、シゲン」
「ありがとうハクゲン。天術と火術の合成バランス、なんとなく見えてきたよ。」
「あっずるいコウメイ。ボクだって、雷を操る手立てわかってきてるんだよっ。」
「ははっ。やっぱり2人とも凄いな。どちらも完成すれば陛下の大きな御力になるだろうね。」
言いながら、2人の背に交互に顔をかるく埋めるハクゲン。子供独特の柔らかさと温かさが心地よい。メガネ外しておけばよかったなどと心の内に呟きつつ。
「ねえ…ハクゲン。」
「?。どうしたコウメイ。」
「……ううん。なんでもない。」
「じゃあボクが言うね。ハクゲン好きだよ。コウメイがコクハクしないんだから、ハクゲンはボクのものだよ。」
「…シゲン、何か色々と飛びすぎていないか。あと、私の意志は無視なのか…?」
補足するが、ハクゲンにはすでに家庭がある。もちろんこの2人もハクゲンの家族の存在を知っているし、なんなら家族ぐるみで知り合いである。
「ハクゲン………絶対に戻ってきてね。」
再び言葉を紡いだコウメイの声は、消えいるように小さくなっていた。ハクゲンの耳元でなければ彼にも聞こえないほどに。
「え?」
「……ううん。なんでもない。」
シゲンは、同い年で同じく天才と称される子供の、暗く沈んだ表情をただ眺めていた。

##皇位継承
その夜。ハクゲンは何気に空を眺めていた。
細い月が儚げながらに明るく夜空を照らす。雲の遮りがなく、空気も澄んでいるからか、星の輝きがよく見える。

突如として。
『それ』は、目の前に本当にいるのか、心象風景なのか、判然としない黒い靄のような存在が、ハクゲンの目の前に現れた。
ハクゲンは一瞬身構えたが、すぐに解く。幽霊系のモンスターとは明らかに気配が違う。敵意も感じない。
いや。
その気配は、自らが幼い頃、遠目にみた存在に感じたもの。
「バレンヌ皇帝陛下…?」
『汝、余の力を継ぐが良い。汝の強き継承への意識、余の力を継ぐに相応しい。』
バレンヌ帝国は、数年前先帝が身罷られて以降、帝位不在のままであった。もともとの皇帝の血筋であるジェラール2世がもうじき御生誕との話が上がってきているが、帝位を継ぐまでにはまだ時間がかかる。それもあって、丞相位に就いた者が皇帝が現れるまでの代役として政治を回している。

皇帝不在が長らく続く帝国って…などと野暮なツッコミをしてはいけない。
軍師にとっては、彼らの望む世界に繋げるためのチャンスなのだ。皇帝が不要となって以降、穏和に帝政を終わらせ、民が自らの意志で進む制度を作る絶好の地盤作りの機会なのだ。権力が集中しすぎないよう、意見の対立をうまく創造へと繋げられるよう、文化経済の振興繁栄、インフラ整備……帝政以降も国として機能するよう調整できるのは、この、本当に皇帝が居ない時期にしかできない。
ちなみに、丞相には軍師モウトクが就いている。若いが博識であり、また、人選・人員配置の才に優れていた。

しかし、いつまでも皇帝がいないのは困りもの。現状の切り盛りはできても、さらなる繁栄は、皇帝の強さと輝きでもってしか望めないのが実情であった。ハクゲンは、それもよくわかっていた。
自らが皇帝の器かはわからない。だが、七英雄を倒さない限りは終わらないし始まらない。そして、その向こうにしか、人が自ら未来を選択し歩む世界は無いのだ。

「陛下、謹んでこのハクゲン、御身の意思を継承申し上げます。」

翌日。
玉座の前に進んできたハクゲンを見て、モウトクは理解し、膝をつき礼をした。
「御就任誠におめでとうございます。ハクゲン陛下。同輩よりの輩出、このモウトク、心よりお慶び申し上げます。」
その声はいつものモウトクらしく、抑揚のない、しかし重みを感じさせる、強い声。
その表情は、ハクゲンにも、玉座の間に居合わせた政務官にも、わからない。

ハクゲン様…。

そして、様子が変わったハクゲンに悲壮な表情を、ほんの一瞬浮かべた者が1人。
その表情を見逃さなかった者が1人。

ハクゲン皇帝はすぐさま道場へ向かう。予ねてから構想を持っていた戦闘陣形を完成させるために。
訓練兵長がハクゲン皇帝を迎える。
「…では、こういう陣形では…。」
「なるほど…つまり、…。」
「ふむ……。では、このような陣で…?」

そして、完成した陣形は『鳳天舞の陣』と名付けられた。

今のハクゲンには、過去の皇帝達の知識経験を受け継いではいるものの、今までの自身知識もある。ゆえに、思考も大きく変わりがない。
だが、感情の根本の部分…戦力増強への執念、そのために死を厭わない感情…そういう奥底の、本人も気づかないところが、変わっていた。

ハクゲン皇帝は倉庫から鋼鉄の剣とクレイモアを一振りずつ持ち、1人、城を出て行った。
皇帝陛下の行動に、誰一人として咎めるものは居なかった。
天の華地の風の孔明がロマサガ2コウメイに転生した話6。元の小説はBLものだけど、そういう要素無しで本編は走りきりたい。少なくとも、ここ以降は。
どんどん長くなっていく…。どうしても、「笑止!」やりたかった。
#蟻の軍隊
コウメイの見た目でざわついたものの、概ね宣言の儀は恙無く終わった。

続いて開かれた軍議の場にて、ヒッポリュテー皇帝が、親征選出のメンバー候補を議論に上げる。
ヒッポリュテーの指名は、フランクリン、モウトク、サファイア、そして、フリーメイジから1名。

やはりか…。コウメイは心の内につぶやいた。
メンバーにコウメイが入らないのも、仕方がないといえば仕方ない。確かにコウメイは若き天術部門のトップであり、術軍部も牛耳る軍務のほぼ頂点である。無論、そこに上り詰めるだけの実力を有している。親征メンバーとしても申し分ないのだが…。
実は、コウメイには『前線軍師クラスとしては今ひとつ』という烙印もあるのだ。
一つは、水術の実力。軍師クラスはそれまで皆、天術を含む3系統の術を、術士としても上位の性能で使いこなしていた。だが、コウメイの水術の能力は、同クラスのモウトクに明らかに劣っていた。
もうひとつは、武器の扱い適正の異常な低さ。実は、コウキン以降、術士といえどもなんらかの系統の武器の扱いに適正があった。ハクゲンは斬撃系の武器の扱い上手であったし、モウトクは弓の扱いに長けている。コウメイにはそれが無い。そして、さらに、コウメイは、軍師クラスとしても体力が無い方なのだ。
加えて、軍師クラス内での出征メンバーの序列というものが、内々に存在する。序列では、ハクゲン、モウトク、それからコウメイなのだ。老齢のハクゲンはともかくとしても、モウトクを何の理由もなく飛ばしてコウメイというのは、いかにも体面上溝をうみやすい。

だからといって、コウメイは、大人しく引き退る気は毛頭無い。

「陛下。此度の親征、モウトクが代わりに私では不足でございましょうか。」
「コウメイ。いや、不足というわけではないが。ただ、直接の戦闘となった時の打たれ強さはモウトクの方が分があろうし、それに…軍師クラス内の序列もあろうし、な。」
「面目を優先している場合ではございませんでしょうに。相手は、復活したクジンシー、そして、おそらく時と共に力を増しているだろうノエル、そして、今度こそ一切手を抜けない七英雄でございましょう。」
「ふむ。」
「まず、集結した時の七英雄は事前の情報が少なくございます。戦況把握と戦術的判断は、遠方のこのアバロンからでは、私といえども不可能でございますゆえ、直接赴き、戦に参加する方が良いかと愚行してございます。」
「コウメイ、それは、モウトクだと七英雄戦には不足と暗に言っているように聞こえるのだが…。」
「俺にもそう聞こえたな。コウメイ。」
挟んできたのは、軍師モウトク。
「水術系統は補助も多いからな。大きく性能の上下は出ないとはいえ、俺より劣っているのは明らかだし、現場判断って意味では、そもそもその場に耐えて立っている体力も必要だろうよ。研究屋の頭でっかちは篭っていれば良いとおもうんだがな。」
「では、モウトク殿より現場の戦力になると証明して見せればよろしいでしょうか。」
「は?」
涼しい顔でさらにモウトクに挑発的な言葉を並べるコウメイ。怒りもあるが同時に呆れるモウトク。
「…コウメイ。其方、随分と今回は強引だな。」
「あらかじめ十分な情報と備えがあれば、このアバロンにて策を授け、待つだけでも良いのですが…。」
「今回は敵を見てからでないと判断がつかないから、という事か。」
「はい。」
「それでも勝ちやすいように、バランスの良い俺が行った方が良いっていうのが陛下のご判断だろう。」
「その件に関しても、ひとつ訂正が。確かに私個人の性能バランスはかなり偏りがございますが、それは勝ちに繋がりやすいかどうかとは無縁のこと。勝ちやすいかどうかで語れば、私自身出向く十分な資質があると自負してございます。しかし、斯様なことを机上で申し上げても、結局どなたも納得されますまい。」
「それで、さっきの其方の『証明すれば良いか』になるということか。」
「はい。」
「ふむ…。では、アバロン新市街で模擬戦と術演舞でもしてもらうか。どうだ?モウトク、コウメイ。」
「俺は問題ない。」
「モウトク殿にも納得頂ける内容なら、何も異論ございません。」
「では、これは後日…いや、いっそ明日、模擬戦と術演舞の場を設けるという事にしよう。それで、この場は終わりで良いな。」
「はい。」
続いて、フリーメイジ選出をすべく、アルゴルに向き直るヒッポリュテー。
「では、もう一件、アルゴル様…アルゴル。その方の推挙でフリーメイジクラスよりお願いしたいのだが。」
「主に地術による支援ですな。」
「うむ。それと、状況に応じて標的周辺のモンスターを散らす事ができれば、なお良いのだが。」
「散らす事も視野に、でございますか…今なら、リリィであろうかの。地術の操術面であの者の右にでるメイジはおりませんぞ。」
「リリィか。大丈夫か?」
「ほ。ほ。ほ。我らフリーメイジの最大の経験は操術でございます。何より、術士としての才覚はこのアルゴルより上。陛下のそばで支援するに申し分ございませんよ。」
「ふむ。術軍部としての意見はどうだ?コウメイ。」
術軍部のトップでもあるコウメイは、当然、全術師の術の技量を把握している。一応、データ化して必要な者どうしで共有もしている。ただし、『今の』コウメイ自身以外は、であるが。
「決戦においては威力の高い術必要でしょう。で、あるなら最適かと。」
「ならば、決まりだな。明日、モウトクとコウメイの模擬戦終わり次第、各出征者に声を掛けに行く。予め準備しておくよう、各人段取りを頼む。」
『承知いたしました。』

かくして、最後のバレンヌ帝国皇帝親征メンバーの議は終了した。

「びっくりしましたわ。最近のコウメイは強引だと思っていましたけど、ここまで押してくるとは、意外でした。」
「サファイア様…それだけ、此度はどうしても自ら出向く必要があるのです。」
「ふぅん。そういうものなのですね。」
「では、サファイア様。本日も、何卒。」
「良いですわよ。…でも、そうかしこまらなくても良いのに。」
どうでも良いが、コウメイに女っ気が無いというのは誰もが知っている。ただし、サファイアも男っ気が無いのも誰もが知るところであり、2人の性格から絶対に男女の仲にならない事も、公認レベルの事だった。

翌日。

「では、これより模擬戦をおこなう。」
言われて、モウトクは長弓に手を掛ける。対するコウメイは…おおよその予想通り、小剣。
ちなみに模擬戦は、攻撃術の利用は禁止されている。下級術士のファイアボールでも人ひとり消し飛びかねないのに、術士上級の軍師クラスが使えば、即、阿鼻叫喚の地獄になりかねない。呪も術名も口にせず、属性の力を借りない術の力そのものを飛ばす事で模擬戦を成立させる。
ただ、術力そのものを飛ばす方法だと、術士としての判断には乏しい。そこで、術演舞という、いわば術のデモンストレーションを見せる事で、術士の力を見極めるのだ。
今回模擬戦の審判は、今回はヒッポリュテー皇帝自らが行う。自らの親征のメンバーなのだから、近くで見たいのもむべなるかな。皇帝自身も滅法強いうえ、今回は、特に片方は非力なコウメイなのだから、さしたる危険は無い。

ヒッポリュテーが手を上げ、今まさに合図をおくろうとしたその時ーー。
「陛下!お逃げください!!」
シティシーフのスパローが血相変えて走ってくる。
「陛下…うっ、うぐ」
「スパロー!?」
苦悶の声を上げるスパロー。同時に異形の姿に変貌していく。その姿は、かつてサバンナ地方の民を、モール族を、苦しめたターム。集まった者一同に緊張が走る。
「気遅れるでない!スパローはまだ治療可能だ!今すぐこの蟻をおとせ!!」
「この蟻めが!覚悟せよ!」
檄を飛ばすコウメイ。ヒッポリュテーが吠え、皇帝の剣・ムーンライトを構えた時ーー。
「黒点破!!」
「!?」
皇帝の後ろから放たれた黒竜がタームを襲い、霧散させる。後には気を失い倒れているスパロー。
「…。この判断の速さと言うか、容赦のなさよな…。」
ヒッポリュテーが若干引いている。コウメイが気を失ったスパローに近寄り容体を確認する。どうやら、人間の中に寄生してはいないようだ。蚊のように、近くの人間の肌を介して生気を吸い取るものだろう。
「月光。」
コウメイが唱えた天術・月光でスパローに生気が戻る。これで、ひとまずスパローは安心だろう。
ところで、黒点破を放った人物だが…
「陛下、ご無事で?」
宮廷魔術士・サファイア。火術の扱いを得意とする術研火術部門のトップ。今の黒点破も火術である。
「うむ。助かったぞ。サファイア。」
ヒッポリュテーは礼を述べ、軽く息を整え、コウメイに声をかける。
「…コウメイ、頼むぞ。」
「御意。」
「非常事態である!皇帝の名において命ずる!総員、今は術軍部門長コウメイの命に従って、場をおさめよ!」

「ハクゲン様は、何処!!」
コウメイは、軍師クラスのなかで最も古参の者の名を呼ぶ。ハクゲンの人格もあるが、急拵えの統率部隊の編成となると、古参の者の下の方が纏まりやすいだろうという判断だ。
と、同時に、聞こえてくる悲鳴などから、発生源を突き止めにかかる。
まずいな…。
内心舌打ちする。発生源の推測からすると、既に中心地近くにも大量発生している可能性が高い。
物理職系を中心に振れば、近づいた隙を狙われかねず、被害が拡大するおそれがある。かといって、術士もまじるなら、タイミングをうまくはかって指示を出す指揮官が必要だ。この新市街領域にも1人、中心地領域にも1人…。
「コウメイ!」
見ればそこに走って近寄ってくる白髪の軍師の姿。ハクゲンである。彼も今日、立ち会いのため、市街地に出向いていたのだった。
「ハクゲン様。申し訳ございませんが、急ぎ、中心街の指揮をお願いできませぬか?」
「承知した。術士を4ほど借りるぞ。」
「はい。ポラリス殿、カノープス殿、リリィ殿、アイリス殿はハクゲン様に従い、中心街のタームを足止めせよ。数は多いが、徒党を組んではいないゆえ、土術・足がらめに容易く惑うはず。それと…重装歩兵・インペリアルガードの者も、ハクゲン様についていかれよ!足止めされた蟻を落とすのだ!むやみに近づくでないぞ!」
ハクゲンの部隊編成をおおよそ終えて、コウメイはアルゴルへ向きを変える。
「アルゴル様、老骨に鞭打つようで申し訳ございませんが、ハクゲン様と共に、お願いできますか?」
「ほ。ほ。ほ。水術での後方支援と回復じゃな。」
「それと、必要ならば、ストーンシャワーでの一掃を。お願いします。」
土術・ストーンシャワーは威力が高い上にかなりの無差別攻撃術。こんなものを中心街でむやみに使えば、民の恐怖心を無闇に煽りかねないが、今回はそうも言ってられない。であるなら、使う事を前提にし、術研長という看板を使う事で、幾分和らげようという話である。
「ほ。ほ。承知。」
「ありがとうございます。あとは…」
ずっと近くで様子を窺っているモウトクへ身体を向けるコウメイ。
「モウトク殿、少しの間、新市街の指揮をお願いできませぬか。」
「いや。」
「え。」
「発生源を断ちたいって話だろう?だが、新市街戦の体制が整ってからでも、断ちに行くのは遅くはないだろうよ。それに、ここの連中は皆戦慣れしている。今いまの一波をやり過ごせれば、自分達で立て直せるだろう。」
「なるほど。」
些か焦りすぎていたか?コウメイは少し苦笑する。それもすぐ直し、声を上げる。
「…では、新市街に残っている者で、この領域のタームを殲滅するぞ!遠隔より攻撃できるものは、なるべくタームから離れて応戦せよ!此奴らは、人間の身体より生気を吸い取り、成長する!猟兵陣は、足止めと即死に分かれて臨め!近づきすぎれば、自らも蟻に侵されかねない事を肝に銘じよ!」

その後もいくつか指示を飛ばし、戦況を眺めるコウメイ。
概ねタームとの戦いにも慣れ、必勝の形が馴染んだ頃合いを見計らい、ヒッポリュテーに申し出る。
「…では、陛下。今よりタームの出処を断ちに出ます。」
「良いぞ。参ろうか。行くのは…私とコウメイと…。」
「モウトク殿、ご一緒願えますか。」
「ああ、当たり前だ。お前がやたらと強気な事言ってた理由がわかるかもしれねえからな。」
「では、モウトクもか。…やや、心もとないな。」
正直な感想だ。とはいえ、戦士、術士ともに、中心地・新市街に人数を割いているのだから、補填のしようが無い。
「では…テイワ殿!」
コウメイは、ちょうど武器を納品しにアバロンに赴いていたテイワに声をかける。
「おう。早速使うか。」
言いながら、コウメイに『それ』を手渡す。
「納品の礼を欠くこと申し訳ない。正式な返礼はまた後で行いますゆえ。」
「まあ、仕方ない。状況が状況だからな。」
と、サバサバとした口調で返し、近場の蟻を遠隔攻撃技・ヨーヨーで散らしていくテイワ。
「それと…サファイア様。」
「…なんだ。」
低めの声で返すサファイア。戦闘モードの彼女の言い方はこういう感じなのだ。内容よりも、言い方が、聞くものの背筋を凍らせる。とにかく怖い。抑揚が無いとか冷淡な声とかいうのではない。単純に、抗いがたい、直接本能に訴える恐ろしさなのだ。これは別にコウメイだけが感じる恐ろしさではない。隣のモウトクの額にも冷や汗がみえている。
コウメイは内心たじろぎながらも平静の声を作り、呪を口にする。
「!!」
その意味がわかったサファイアが驚愕の表情を浮かべる。構わずコウメイはサファイアに術を掛ける。
「リヴァイヴァ。」
「…なるほど。これなら十分留守を預かれる。」
どうにも不穏な笑みを浮かべるサファイア。彼女にとっては普通なのだろうが…やっぱり怖い。
「…では、参りましょう。」
絶対に声が裏返らないよう、落ち着いた声を作り、一言一言、丁寧に言葉を紡ぎ、コウメイは一同の前を歩み始めた。

地下墓地の道中、モウトクはコウメイへ尋ねる。
「コウメイ。確認だ。お前さっき使った術はなんだ。」
「…ちょっとした火術ですよ。」
後の反応を予測し、面倒臭そうにコウメイは答える。
「はぁ!?あれが『ちょっとした』だと?見たこと無い術だが、あれは気絶回復みたいな術だろう?」
「もう少し正確には、気絶するほどのダメージを受けたら、体力全快の状態に戻す術です。」
『ごめんちょっと何言ってるかワカラナイ。』
見事に皇帝とモウトクの声が重なる。
術研究所は、バレンヌ帝国麾下の戦士・術士が使える術を伝える機関でもある。だが、コウメイが使った術・リヴァイヴァは伝える対象に入っていない。入るわけがないのだ。つい先程まで、実際に使った者がいなかったのだから。そんな術をコウメイがいきなり扱えたということは、コウメイ自身の火術を扱う水準が、バレンヌ帝国内でも圧倒的に群を抜いて高い事を示している。
驚くべき事はそれだけではない。
「そもそも、コウメイ、其方は水術使いではなかったか?」
今度はヒッポリュテーが問いを発する。少なくとも数日前まではコウメイは水術を扱っていたはず。そして、水術と火術は同時に扱う事ができない。
「…。水術は捨てました。火の術を…少し、勧められまして。」
「!!。なんとも…。」
なんとも…思い切った事をする。いくらコウメイが水術使いとしては一歩譲るとはいえ、それはあくまでトップレベルの話。回復分野においてはコウメイのレベルでも十分な水準だったはず。それを、コウメイは捨てたのだ!
事の大きさから、絶対に『少し勧められた』程度ではない確信があった事だろうとは推測がつく。だがそれでも、実際に捨ててしまえるかどうかは別問題だ。
「どうやら、私の適正は水術ではなかったようです。火術の『洗礼』を受けたら、先程の術も使えるようになっていました。」
とんでもない事をさらっと口にするコウメイ。
道理で、あの強気な会議の発言になるわけだ。モウトクは歯噛みする。
不意に、目の前に蟻が現れる。
タームバトラー。
「くそがっ!!」
弓の名手・モウトクが弓矢を番える。
モウトクとて軍師。どう攻めれば容易くタームを落とせるかも、よく理解している。視界に入ったタームバトラーに先制し、影矢で落とす。放った矢の影となる位置に、もう一本矢を忍ばせて撃ち、不意に急所に当てる技。
タームバトラーは強い。おそらくこのメンバーを何度も全滅に追いやれるほどに。だが、耐性把握が完璧な軍師モウトクの前では、あまりに無力であった。

数十分後ーー。

「モウトク殿。」
肩で息をするモウトクの後ろから呼びかける声がする。
「モウトク殿、交代いたしましょう。」
「ちっ。」
舌打ちするものの、技撃ちに限界がきている事を理解しているモウトクは、前線をコウメイに譲る。
「陛下、早速で申し訳ございませんが、水術・霧隠れをお願いできますか?群の中に入って蟻を散らしたいので。」
「うむ。良いだろう。」
霧隠れされるとコウメイに幼体が襲った時の対処がしづらい。だが、モウトクがほぼコウメイに集中するなら、蟻の動きで粗方コウメイの位置は推測できる。幼体のそれらしい動きも、十分目で追えるだろう。
ヒッポリュテーは呪を唱え、コウメイに術を掛ける。
「霧隠れ。」
術を掛けられ姿を眩ませた瞬間、コウメイは敵の群がる中に突っ込んでいく。
そして、唐突に。
「死の舞。」
蟻の中心で、突如、美しく残酷な死神が舞う。
先程テイワから受け取った斧で使える技・死の舞。舞を見たものをまとめて死の世界へ誘惑し、一振りで命を刈り取るとんでもない技である。出撃メンバー全員を何度も殺せる程の力を持つ蟻の群れが、一瞬で崩壊する。
コウメイはひとつの墓地の前に立ち、涼しげな顔をつくり、2人に声をかける。
「では、この先に行きましょう。」

墓地の中は、驚くべきことに、人が十分通れるほどの穴が掘られ、通路となっていた。
コウメイはこの地下の通路を歩きつつ、内心から湧き出る侮蔑の念を抑えきれずにいた。

かつて、コウメイは理想とする軍隊を、蟻の軍隊に重ねていた事がある。
号令一下うごく兵隊、戦う機械、統制された兵器。彼を知り己を知らば、百戦危うからず。彼を知らざるして己を知らば、一勝一負。軍とは、戦とは、そういうものだ。
だが、目の前の蟻は、ただの蟻であった。個としてはおそらく圧倒的に強いだろうはずの、だが、ただの蟻。統率者はいるだろうが、全くもって無惨に敗北を重ねるしかない、蟻の群れ。百万の蟻も、ただ集まるのみでは恐るるに足りず、軍のごとく機能があったとしても、揮うものが愚かであれば、その機能は無いと同じ。

その昔、来し方の世にて、見事なまでに美しく統制された、理想的な蟻のような軍を指揮し、コウメイーー当時の漢丞相・諸葛亮孔明を陥れた者がいた。
郭 棐妹(ふぇいめい)。
南蛮の王・孟獲の軍を纏める軍師を務めたこともあり、そして、事実上の孔明の妻でもあった。愛憎の炎に身を燃やされた彼女は、孔明と共に過ごした日々に得た知識と経験を活かし、魏延の軍を手玉にとり、孔明を捕え、死の淵まで追いやった。当時は孔明のアイディアを盗んでされた仕打ちに苛立ったものだが…。今となっては、棐妹の頭脳と行動力は称賛すべきものだとさえ思ってもいる。それに、コミュ障まっしぐらの孔明に、家族を与えてくれた女性なのだ。今更苛立ちはしない。

蟻の群れを見ていると、どうにもその思い出が蘇ってくる。そして、比べてしまう。
あの時の棐妹率いる孟獲の軍隊は、単独で見れば、決してあの時の我が隊と比べて強かった訳ではないはず。にもかかわらず、かくも苦しめた。なのに、今目の前の本物の、人を喰う蟻は、強大にも関わらずただ哀れに舞に惑わされ踏み躙られるだけの、蟻。

如何ともしがたく、無様だ。…私の前に、立つ資格など、ない!

地下通路の最深部と思しきところに近づいたとき、ヒッポリュテーが声を掛ける。
「コウメイ、少し動きすぎだ。代わりに舞おう。モウトク、代わりに霧隠れを頼む。」
気がつけば、コウメイは荒々しく肩で息をし、常ならぬほどの汗をかき、それを拭いもせずに立っていた。
涼しげに整った普段の見た目からは想像し難い姿ではあるが、疲れが現れた姿もまた一夜に咲き揺れる月見草が如く、たおやかで美しい。声にまで疲れが出るのが癪なので、少し息を整えてから、悠然と答える。
「それには及びません。…あちらの頭目が、お待ちかねのようですよ。」

歩みを進める一行の前に、女王蟻が現れる。
「サバンナではお世話になったわね。あの時皇帝に卵をひとつ、ひっつけておいたのよ。ここまでなるのに、どれだけ時間がかかったことか…。」
女王蟻は、瞳の奥に妖しい光を宿し、独白のようにも聞こえる言葉を放つ。その身体に殻にひびが入っていく。
「今からきっちりお返ししてあげるわ!」
蟻の殻を破り、艶かしい女性のような姿を表す蟻の女王・リアルクィーン。
その女性の面影に、僅かながら覚えがあるコウメイ。
「その姿、どうやって形作った?」
「うふふ。卵をつけた皇帝と、近くに居たものどもの、僅かな血や毛髪を。違和感を持たれないよう、少しずつね。刻まれた記憶を身体に混ぜているから、誰か愛おしい人間の雌に似て見えるかもね。」
どうりで…棐妹のようにも見えるわけだ。
モウトクも、困惑しているようだ。近しい誰かが見えているのだろう。
「…お返しをすると言ったな。笑止!」
コウメイは激昂し、小剣を構える。
少なくとも、棐妹は、斯様にみっともない姿形ではなかった。斯様に無様な策など立てなかった。私の…この臥龍の逆鱗に触れた事、後悔するが良い!!
「そうね。お返しなんて、そんな機会は無いけれど。貴方はここで討たれるのだから。」
ヒッポリュテー皇帝は、静かながら、あからさまな怒りを言葉に乗せる。
戦いの火蓋は切って落とされた。

先陣を切ったのはコウメイ。
我を忘れて、というわけではない。冷静に、正確に、フェイントをかけ足止めをする。
そして隙が出来たところに、後ろからヒッポリュテーが不動剣でダメージを入れていく。
「くっ…!!こんな、バカな!」
「麻痺か石化か…動きを封じて甚振る夢想でもしていたか?下劣な。」
言いながら再びフェイントを掛けるコウメイ。
コウメイ達がやっている事も、動きを封じて甚振っているような気がしなくもないが…。実際のところ、こちらは、これ以上一挙に落とす手段が乏しいのだ。最も動きが素早いコウメイがリアルクィーンの体勢を崩し、最強の攻撃をヒッポリュテーが入れる。いざというときはモウトクがサポートを入れる準備をしている。
「おのれ…おのれえええ!!!」
逆上した生物ほど手玉に取りやすいものはない。コウメイは当然のようにフェイントを決める。
「…うぬは、わらわを下劣と申したな。許さん!!」
言うがいなや、人の口では出せない音を発する。
超音波。
コウメイ、モウトク、ヒッポリュテーの聴覚を、平衡感覚を、狂わす。
今の一撃を放てるとは。不意打ち…というだけではないだろう。徐々にコウメイのフェイントにも慣れてきているという事だろう。
「ちっ!」
ふらつきつつも幻惑を絡めた攻撃で、コウメイはリアルクィーンの体勢を崩す。
「…おのれ!まだやるか!!」
今回はまだ効いたが、これに慣れるのも時間の問題だろう。
もう3回…いや、2回か。陛下も疲れと超音波の影響で連携もスムーズとは言えない。
「き、貴様ァアアア!!!」
うるさい。こんな蟻が少しでも棐妹に似ているのが、なんとも腹立たしい。
幻惑を絡め、もう一度小剣を振るコウメイ。なんとかタイミングを合わせて光速剣を放つヒッポリュテー。
リアルクィーンの外殻には、かなり傷が入り、血液らしきものも漏れ出ている。
かなりダメージが入っていると見て良いだろう。体勢を崩す方策も限界にきている。
ならば…
まだ、超音波の影響でクラクラするが、最低限の集中はできている。大丈夫だろう。
口の中で呪を唱え始めるコウメイ。
『!!』
ただならぬ術の気配を感じるモウトクとヒッポリュテー。
まだ耳の状態が十分治っていないため唱える言葉は聞こえないが、とにかく危ないという事だけはわかる。
「陛下!おさがりください!!」
身振り交えてヒッポリュテーを退がらせようとするモウトク。
2人が十分距離を取った事を確認したコウメイは、術を放つ。
「クリムゾンフレア。」
紅の熱線がリアルクィーンに集中していき、その身体を無慈悲に灼く。内部爆発が起こったかのような激しい音が轟き、後には、炭と成り果てた蟻の女王の形をした、何か。

戦の勝敗は決した。
これでまだこの区切り2/3くらいとか、馬鹿なのか私は…orz
まとまらぬ……。

BL三国志小説 天の華地の風 の主人公孔明がロマサガ2コウメイへ転生した妄想小説。
やっと、軍師コウキン皇帝→終帝(今回は女性)に、48年ジャンプで引き継げた。
小説の設定は引き継ぐけど、BLはなるべく入れないっ!!(終帝が女帝の場合)
#別れと終帝の宣言
ヒッポリュテーは玉座から立ち上がり、宣言する。
「私は、バレンヌ皇帝19代皇帝にて、伝承第9代皇帝、ヒッポリュテーである。過日、先代バレンヌ皇帝コウキンが逝去なさった。封印の地にて待つとの挑戦、私は受けて立つ。そして、討ち取って見せようぞ!」

情報部、物理軍務、術研究部、そして、術軍務の部門長がヒッポリュテー皇帝の前に進み、傅く。

「!!…コウメイ。その姿は。」
「先帝にして私の師、コウキンよりの贈り物にございます。」
ヒッポリュテーはじめ、その場のコウメイ以外全員が息を呑む。儀式の場で、そこにいるのがコウメイだという前提がなければ、誰もコウメイだとわからなかっただろう。
それほどまでコウメイの姿は以前と大きく変わっていた。
濃紺色の夜を映し出すような長く美しかった髪は短く切られ、燃える赫色が天に向かってのびている。服装も、ともすればイーストガードではないかとも思われるような長くゆったりとした振りもついた袖の羽織から、袖に手を通すのに難が無い程度の幅の上着に変わっている。色も、以前は髪の色に似たしとやかな紺色だったはずだが、今は誰もがはっと目を引くほどはっきりとした藤色になっている。線の細い身体と、うっかり聴けばそのまま泡沫の世界に引き込まれそうな凛とした美しい声がなければ、絶対にコウメイだとわからない。

『それほどの変化を『贈り物』で済ませるのもどうなんだ…。』
周囲の心のツッコミが全力でコウメイに刺さるが、当のコウメイはどこ吹く風。

「ふふ。髭を伸ばしてなかったら、御辺と気づかなかったぞ、コウメイ。」
『絶対そこが判断基準じゃない!!』その場の全員が心中追いツッコミを入れた。髭も以前と変わってるのだ。それで判断できるわけがない。大体、なんで変わってないところで判断しないのだ!

ちなみに、パッと見不審人物なコウメイを誰も追い出さなかったのは、一応、理由がある。
奇抜ではあるが、実は先代皇帝コウキンに寄せてきた出立ちなのだ。同じ軍師クラスのハクゲンやモウトクも似たようなものだ。むしろ、今までのコウメイが軍師らしくなかっただけ。
もうひとつは、他部門の長、特に、術研究部長が術軍務部門長だと認めていたからなのだ。魔力が本物、という事だ。

しかし本当にいつの間にあんなに変わったのだろう。4日前に会った時は濃紺長髪で、髭も蓄えていなかった。
それからここまで変われるものなんだろうか…?
一目でコウメイと見抜いたヒッポリュテーとてそれは疑問なのだ。

ーーー話は4日前に戻る。

コウキンの遺体が、アバロンに届いた。
予めタイミングを予測していたコウメイは、その場に当然のように居合わせていた。
遺体には、一緒にクジンシーかららしき封書が挟まっていた。同席していた情報官などは、すぐ皇帝陛下に奏上し仇討ちを、と騒いだものだが、コウメイが、まずは書状検分を、と宥めたため、その場はおさまった。いくら国内、特にアバロン内は平和とはいえ、敵からもたらされた書状をろくに検分も無く皇帝に見せるのは、さすがにまずかろう。ましてや、相手はあのクジンシー。一撃必殺の何かを仕込んでいないとも限らない。
ハクゲンにも事前に想定される状況は打ち合わせですり合わせているので、十分ゆっくりと検分と対策会議に時間を使ってくれるだろう。一時の感情ではやって攻め込むようでは、話にならない。
コウメイは、残った情報官と共にコウキンの遺体を検分し、コウキンと判明したなら速やかに葬儀の手筈を整えるべく、指示を出したのであった。
遺体を綺麗に整え、その夜棺がアバロン宮殿の離れの玄室に運びこまれたら、そのままコウメイも入っていった。
ふと、コウキン出立前に貰った箱の事が思い出された。もしかしたら、今のこの瞬間の事を指して、開けて欲しいと言っていたのかもしれない、と。しかしあれは今コウキン邸に置いてきたまま。そして、コウメイにとっては、それは後回しで良かった。今は少しでもコウキンと共に過ごしたかった。

その夜ーー。
コウメイ…諸葛亮孔明はコウキン…周瑜公瑾に、こころのうちに語りかける。
動かぬ姿と成り果てた、永遠の恋人に向かって。

周瑜。どうか、聞いてほしい。

あなたと別れてから、私は、想われる歓びを知ったのだ。始まりが暗く恐ろしい、引き裂かれる激しい肉欲からであっても、未来を共に歩む喜びを得られると、知ったのだ。

どうか、御辺の墓前でその者の事で惚気たことを、許してほしい。

始まりは、御辺より酷い、いや、御辺と比べるまでもないほど酷いものだったのだ。
それが、その者と離れない事を最優先とするまでに至ってしまったのだぞ。御辺を断ち切った、この冷酷な孔明が。一歩間違えば、蜀漢が滅んだかもしれないのに。

いや、惚気たいのではないのだ。
御辺とも、そういう未来を歩めたのかもしれない、と、思わずにいられないのだ。

あの頃、肉欲に溺れた私は、私でなくなってしまう恐怖に、私は勝てなかった。一度溺れれば全て終わりだと思っていた。二度と、舞えない、と。だが、思えば私に覚悟が無かっただけなのだろうな。その者とは、まあ…色々あったが、溺れつつ振り回し振り回されつつ、結局、私は丞相の地位にほぼずっとおさまっていたのだから。

だが、私は…あの、冷酷で臆病で陰険な諸葛亮孔明のままであったようだ。
御辺と共に歩む覚悟があれば、此度、御辺について行っただろう。

「あの時、私もついていくと臆面もなく喚ければ…。」

「いや、コウキンは、聞き分けなかった時は本気で実力行使する気だったよ。」
コウメイは驚いて振り返る。
ヒッポリュテーがいつのまにか、すぐそばにいた。彼が周囲の気配に全く気づかないなど、稀な事だ。
そもそも、コウメイは口にしたつもりはなかった。コウメイは自らの迂闊さに少し苛立ちを覚える。
しかしその苛立ちも微塵も感じさせない仕草で、優雅に振り向く。
「陛下…。」
コウメイはヒッポリュテーを『視た』。というより、狭間の世の経験があるためか、自然に魂魄が視えてしまうのだ。
「コウキン先生は、やはり陛下を選ばれましたか。」
コウメイは、微笑みを浮かべる。
「そのようだ。」
「喪の折ではございますが…。9代伝承皇帝御即位おめでとうございます。」
バレンヌ帝国の作法ではないが、叉手にて礼を行うコウメイ。やはり型についた礼がしっくりくる。
「ありがとう。…ああ、聞き分けなかった時って話だけどな。」
ヒッポリュテーは砕けた言葉で話を元に戻す。
彼女およそ皇帝という職とは縁遠い言葉遣いをする。これが元々であったらしい。
「それを選択しなかった其方を見て、嬉しかったらしいぞ。感情溢れ出てて混濁してて読み取りにくいんだけど、とにかくその態度でもって、アタシへ『後任のコウメイを頼れ』言うのを決めたのは間違いないよ。」
そういえば…。出立の儀の折に彼女コウキンが何か話していた事を思い出す。
「…コウキン先生。あの儀の折、何か仰っていたのは、それでございましたか。」
「そういうことだ。」

「…それと、これ。」
ヒッポリュテーは、抱えていた黒い箱を差し出す。
「約束通り、開けていいぞ、ってさ。」
「陛下…。」
「ん?ああ、開けるのは別に今すぐじゃなくとも良いだろうけど、やっぱコウキンの前の方が良いかな、って。」
「お気持ちはありがたいのですが……敢えてお聞きしますが、シティーシーフにご依頼を?」
大人しく箱を受け取りつつ、釘を刺すところは刺すコウメイ。
「ギクゥ。ソ、ソンナコトナイヨ。」
「…。陛下、一応本件盗難犯罪事件でございますからね。」
「わかっている。ちなみに、そもそも頼んではいないよ。」
「ほう。」
ヒッポリュテーの返しに、コウメイは少し眉を上げる。
考えてみれば、共同生活を送っていたコウキンでさえ、すぐわかる場所には置いていなかった。コウメイ自身の思考を読まれでもしない限りは、邸内から持って出るなどという真似は到底できまい。つまり、ヒッポリュテーは、コウキンの記憶を読み、その上でコウメイの性格を察して探し出して持ってきたのだ。皇帝自らが。わざわざ。
「私を誰だと思っているのだ。」
いたずらっぽく笑うヒッポリュテー。
ふと、彼女は窓に近づき、外の夜空を見つめる。
「空が、澄んでいるな…。」
窓の向こうを眺めつつ、彼女はコウメイに問いかける。
「コウメイ、其方は、その…本当はコウキンに選ばれたくはなかったのか?」
「まさか。」
コウメイは即否定する。
「私は、コウキン先生と共に居たかったのです。自分の中にいて欲しいとは露ほども思いません。」
確かに、コウキンの記憶がそのまま入ってこれば、ある意味コウキンの総て手に入れるのかもしれない。
だが、仮にコウメイの中に来たとしても、それはコウキンの記憶を覗き見る事しかできない。仮にコウキンを記憶で再現させても、所詮はコウメイの一方的な想いを押し付けられた『公瑾かコウキンのような何か』にしかならない。それでは駄目なのだ。あの豪胆な気力も激情も、コウメイをおちょくるセンスも、暖かく抱きしめる優しさも、コウメイには無い。コウメイではコウキンの再現は不可能なのだ。記憶があろうと魂魄があろうと、コウキンでないと、駄目なのだ。
「…なるほどな。コウキンが信頼した理由がよくわかる。」
そう言って、今度は穏やかな笑みをたたえ、再びコウメイの顔を見る。

コウメイはその表情がいつもと違うことに気づく。
その顔は、いつもより白く…というより青ざめて見えるのは、月明かりのせいではあるまい。白い絹のような美しい肌の持ち主といえども、今宵の白さは明らかに別のものだ。
実は、ヒッポリュテーが不調になったことは今に至るまで、一度もない。あったとしても、顔色にでてしまうほどは無かった。ここまで身体が優れなくなるほどの原因…。コウメイは思い至る。おそらく今まだ意識が混濁している。無理もない。いきなり8人もの記憶が飛び込んできたのだ。その負担たるや、察するにあまりある。
「陛下、お身体の不調を押してお越し頂きました事につきましては、このコウメイ、感謝の言葉もございませぬ。師・コウキンよりの伝言はこの通り受け取れましたは、陛下のお心遣いによるものでございます。しかし、なにやらお身体優れぬ御様子。何卒、すぐ療養くださりますよう。まだ魂魄が十分馴染んでいないのではないかと、愚考してございます。」
「ふふん。不調など…仮にそうであっても、其方よりは動けるぞ。」
「陛下。変なところで意地を張らずとも。」
「張ってなどいない。大体、其方、今の私の状況だったとして、休めとか言われたら、どうなのだ。」
「…………。」
言わない。絶対に素直に言わない。人前でふらつく姿など、見せたくない。コウメイは生前から意地っ張りなのだ。それも、ものすごく。
「安心しろ。其方の幻滅するような皇帝にはならんよ。…七英雄との戦いは必ずアタシの代で終わらせる。全土統一を果たし、帝国の威光が世界の隅々まで照らし出す世界を見せてやる。その先の世界に其方を連れて行ってやる。だから、先代達の意思が多少紛れ込んだ程度で倒れるなど、あり得ないよ。」
そう言って、笑う。姿形は全くちがえども、コウメイを虜にしてきた者たちが浮かべるのと同じ、強い、笑み。
「さて、と。アタシは粗方用事が済んだからね。ひと休みするとしよう。明日からは、弔問も増えようし、な。」
部屋を出ようとするヒッポリュテーは、思い出したように振り向き、
「あ。そうだ。明日から数日間、アルゴルとモウトクに臨時で其方の業務代行引き受けてもらうように連絡しといたし。」
「…何故に。」
「葬儀の段取りは一通り終わらせたようだが、まだ細々あろうし。何より其方も…じゃないや、其方には休みが必要であろう。」
今、挑発されなかっただろうか?よほど体調不良がバレたのが気に入らなかったようだ。
だが、今のコウメイにはありがたい事には間違いない。
「有難き儀に、このコウメイ、心より感謝申し上げます。」
拝礼の型を取るコウメイを背に、おやすみーと軽く手を振りつつ部屋を出るヒッポリュテー。
後には再び、静寂ーーー。

孔明は、受け取った箱を眺める。
今はもう、そこには『いない』はずの公瑾の前で。
不思議なものだ。公瑾はもうここにいない。わかっている。なぜなら、ヒッポリュテーの中に行ってしまったから。
視ていて、わかっているはずなのに…。
視線をコウキンに向ける。
わかっていても、目の前の遺体は、何年も共に過ごしたコウキンであり、来し方の世で愛欲を満たした周瑜公瑾なのだ。
思えば、来し方の世、衰え果て到底私とは見做せないほどになっても、その者は…魏延は、見捨てるどころか、私を私と思い、不慣れなままにも身の回りの世話までし、私の最期まで傍にいてくれた。あれは…本当になんなのだろうな。

いや。そういう、ものなのかもしれない。

公瑾。御辺が…貴方が貴方でなかったとしても、やはり私は貴方と共に生きたいと思ったのだ。
今も、目の前の貴方を貴方だと思っているのだ。

そっと、唇に近づく。
「…。やめだ。」
来し方の世で幾度も交わしたとはいえ、今世は生前吸っていないのだ。今更奪いに行くのもみっともない気がした。
こんな事なら、抱きしめられた時に奪っておけばよかった。できたかどうかは別だが。
思えば、彼は、自ら奪いに行った事は無い。誘って、手を出させるのが常だった。
…なんとも…儘ならぬものだ。

コウメイは手元の箱の蓋に手をかけ、開ける。
赤みを帯びた短剣と、月明かりの微かな光の中でも存在感際立つ美しい藤色の上着。袖周りはゆったりととっているが、羽織というより、ジャケットに近い。普段コウキンはじめ他の軍師職の面々が着用している型であった。
そういえば、バレンヌ軍師職に就いた時、服装はそれまで着慣れた、ヤウダの地方で出回っている型の衣類で整えたのだった。
服装に限らず、見た目はほぼ来し方の世の型に倣っている。コウメイの場合、姿形がかなり来し方の世に近いのだ。魂魄に刻まれた記憶が、身体の形を変えているのだろう。それもあって、服装や飾りも、つい、来し方の世のものに近いものを選んでしまっている。

来し方の世にこだわるわけでは、なかったのだがな…。もっとも、別のものもわざわざ選ぶほどではない、と、後回しにしていたのが、コウキンには何か引っかかったか。せっかくのコウキンからの贈り物だ。着こなしてみせよう。それはそれで、楽しみではある。

もう一つの贈り物、短剣。
水晶のような透明度と、水晶の中を流れるような赤みを帯びた色が、不思議な妖しさを醸し出している。
そういえば、御子息はコムルーン島に漂流して、以降現地の地層調査をしているとか。もしかしたら、この赤みはコムルーン島の地層の中で産み出されたものかもしれない。
どことなく、コウキンの瞳に似ている。意志の強さのようなものが。

そういえば、来し方の世で、私は御辺に髷を切られた事があったな。
あれのお陰でしばらく身を隠したものだが。今の世は、髪が短ければ罪人などという符号は無いし、そうだな…。
自ら、切ってみるか。孔明は、短剣を握る。

初めてというのは、何事も緊張するものだな。

コウキン。私はヒッポリュテー皇帝についていくつもりだ。
皇帝陛下の眼を通して、見ているがいい。御辺が、私と、皆と、共に歩む世界を創ろうと挑んだ先を私が繋げる様を。
公瑾…永遠に、愛しいぞ。
孔明は後ろに手を回し、左手で自らの髪を掴み、短剣を握った右手をすぐ上にあてがう。

ザッl

小さな音を立て、紺色の長い髪が左手の上に落ちる。

孔明は、自らから離れた髪束をぼんやり眺める。
不思議な事が起こった。
髪の色が、切られた断面から徐々に赤みを帯びてきたのだ。
窓辺に近寄り、灯りに反射してうっすらと見える自らの髪の色を確認する。
同じように、切られた先が、燃えるような赤い色を発している。

右手の短剣に目を落とす。仄かに赤みを帯びた色が、輝いているようにも見えた。
それは、小さいながらもはっきりとそこに宿っている、魂魄。

狭間世の出来事で、妙な詩人が、もののついでとでも言わんばかりに、こちらの世に送った小さい薄紅色の魂魄があった事を、孔明は思い出していた。もう人としては転生は無理と言っていた、あの魂魄。

そうか。そうだったのか。喬。お前だったか。
魂魄が『視える』孔明には、分かった。来し方の世、養子として引きとった孔明の子、兄(実は叔父)・諸葛瑾子瑜の次男、諸葛喬伯松。諸葛亮孔明の子・譫の、実の父。孔明に認めてもらいたい一心で火球の技術書を守らんとしたが、思い虚しく、大雨の氾濫に荒ぶる大河に飲まれて命を落とした…我が子。

どういう経緯を辿ったかはわからぬ。それに、無垢の魂魄の、しかも欠片となっていたのだから、記憶など無いだろう。孔明が、喬だと認める以外では、喬は喬ではない。だが…。

ありがとう。喬。

孔明にとっては、間違いなく、幼き頃から見てきた喬なのだ。最期まで慕ってくれた喬なのだ。
言いようのない感情が込み上げてくる。

公瑾。喬。
私は、多分とても幸せ者だ。今、全く違う人生を送っているのに、御辺らに見守られているのだから。

棺の逆側には、小振の袋が数枚。
宮廷魔術士のサファイアが、なにかと必要になるだろうから、と、予め置いておいたものだ。さすが火術部門のトップだけあって、慣れている上に、とても気が利く。
孔明は、その1枚を取り、切り落とした髪束を仕舞い込む。そのまま、コウキンの副葬品として、入れておく。
このままだと不審物扱いされかねないので、自らの術の跡をつけておく。これならば、宮廷魔術士の取り計らいで、副葬品として取り扱ってくれるだろう。

そのまま孔明は、翌朝サファイアが部屋の様子を見にくるまで、ずっと、棺の傍にいたのだった。

部屋にいる赤髪のコウメイを見てサファイアが不審人物通報しかけたり、そのあとコウメイたっての異例のお願いに対応したりと、アバロン宮殿内は、なかなか騒がしい朝を迎えることになる。
なんでみんな綺麗にまとめて書けるのぉぉぉおおおお!?BL三国志小説 天の華地の風の孔明(+他軍師系)がロマサガ2軍師クラスに転生したお話。やっぱり孔明は公瑾を…は入れたかった。
ロマ2本編、帝国暦1700年目設定。最終皇帝の一個前の皇帝コウキンが48年年代ジャンプ(多分通常最少年数)する。
コウキン出立まであと4日。
皇帝の承認も降り、コウキンは邸内で慌ただしく準備をしていた。
そこに、コウメイが現れ、挨拶の延長のような軽い声で話しかける。
「コウキン先生、少々お時間頂きたく。」
「ん?儂、忙しいんだけど。」
「ほんの…半日程度ですから。」
「それ『少々』でも『ほんの』でもないよね?」
もちろんコウメイもコウキンが今どれほど忙しいかわかっている。その上での呼び求めなのだ。
つまり、重大事項。
「…3時間ほど待ってくれんかの。」
「承知いたしました。森の奥の、丘でお待ちしております。」
「…告白する訳じゃあるまいし。」
「まあ、見てのお楽しみでございます。」
思いの丈の告白、か…。いくつになっても、恋しいものは恋しいのだ。

でも、私にはそんな資格はございません。なぜなら…。

ーーー。

コウキンは『それ』に目を見開いた。
なるほど、これは確かに奥まったところでないと危なっかしくて仕方ない。
「コウメイ、これは…。」
「おそらくコウキン先生なら扱えるのではないかと。」
「…そうだな。切り札になろうな。」
「では…」
「コウメイ。」
「いかがなさいました?コウキン先生。」
「儂はな、お前がどんな腹づもりか知らんがな、だが、感謝しておるよ。」
虚をつかれたような表情を見せるコウメイ。
「はは。おそらく儂だけだろうな。お前のそんな顔を見られるのは。」
「…。」
「儂は、儂のままだ。多分、お前のお陰で。最期まで。」
コウキンは、強くコウメイを抱きしめた。


軍師コウキン。
今やバレンヌ帝国内で知らぬ者なしの前皇帝。若かりし頃は豪快にして激しい気性だったと言う。
性能面で半信半疑であった人魚薬を一笑し、服して勢いそのままギャロンの亡霊と七英雄スービエを討ち取った。これが今から48年前のことである。この頃から一点、穏やかにもなったという。勝ち気な気性は相変わらずだが、上につく者としての風格と落ち着きも備わってきた。
8年前、現皇帝ヒッポリュテーへ帝位を継いでからは、帝都アバロン郊外で内政整理と対モンスター防衛の軍事顧問を担った。最近はそれも後任の軍師ハクゲンにほとんどまかせっきりで、大学の臨時講師をしたり、時折アバロン城道場に出かけて指南といった生活を送っている。

だが、それも今日まで。
コウキン出立の日を迎える。

老軍師コウキンらは、封印の地調査出発前の挨拶に、皇帝ヒッポリュテーに謁見していた。
「では、陛下、行って参ります。」
「うむ。其方らの成果、期待しているぞ。コウキン、アンドロマケー、アルゴル。」
「必ずやご期待に沿ってご覧に入れましょう。」
ヒッポリュテーは傅くコウキンらに近寄り、
「…本当に、苦労をかける。申し訳ない。コウキン先生、マケー先生、アルゴル先生。」
ヒッポリュテーにとって、この面々は師にあたる。アンドロマケーに剣技を習い、アルゴルに術の手解きを受け、戦での技術の扱いをコウキンに教え込まれた。3名の師事もありヒッポリュテーは目覚ましく成長を遂げ、剣技に並ぶ者なく天術も物理職としては群を抜いた上手となった。そして、皇帝に推され、現在に至る。
そんな経緯もあり、この3名をヒッポリュテーはこれ以上ないほど信頼している。

「陛下、儂のおらなくなった後はコウメイを頼ってくだされ。あれは若いが、既に前線で指揮も補佐も、自ら戦う事も熟達しております。既に内政切り盛りと天術研究分野で覚えめでたくございますが、前線の戦においても、必ずや陛下のお力になりましょう。」
「ありがとうございます。ですが、コウキン先生、どうか不吉な事を仰らないでくださいませ。」
「もちろん、事を成しに行く今、失敗沙汰を考えるのは愚かでございましょう。ですが、軍師は、最悪を想定して動くものなのです。」
「…わかりました。」

距離を取り、凛とした直立の姿を見せるヒッポリュテー。
堂々とした姿だ。皇帝の風格も威厳も備わっている。
コウキンは、弟子の姿の眩しさに目を細めた。
一人前に成長しおって。コウメイといいリュテーといい。長生きしてみるものだな。

これで、後継者ができた。


術法研究所の一室でコウメイは独り、沈痛な面持ちで椅子の背もたれに身を任せる。
これが、この世界で現代人類が残る手段なのだ。そう割り切っているつもりだ。

瞳を閉じ、先を読む。封印の地にクジンシーが居るなら、どうなるか、見えずともおおよそ推測はつく。

調査隊にはコウキン、アンドロマケー、アルゴルの他、ラビットとスパローも入っている。
素早さと、シティーシーフの所属するギルドを通じてアバロン周辺の調査と情報収集重視した編成だ。目的は戦闘ではない。少なくとも、コウキン以外は。

目的の地に到着して一同が見たものは、封印の破壊と、内部から漏れ出る禍々しい気配であった。
「これ、もうそのまま帰るで良くね…?」
「やばいですよねー。帰りたい。クジンシーじゃないかもしれないけど、クジンシー復活したって報告しに早く帰りたい。」
「お前ら…。」
危険察知が特に敏感なスパロー、ラビットの相次ぐ帰宅発言に軽くため息をつくアンドロマケー。
「調査同行をシティーシーフのお主らにお願いしたのは他でもない、儂だ。理由は…。」
「わかってますよ!軍師コウキン。」
「ここからの先導役、ですもんね。」
「そうだ。…だが、クジンシーの居所を儂に知らせたなら、お前たちはすぐ戻れ。帰りの先導は不要だからな。」
「…え?」
『不要なのは帰らぬ人になる』の意味に聞こえたスパローは聞き返す。コウキンは余裕の表情で言葉を続ける。
「だってさ。儂、記憶力に自信ありあり。それくらいできないと調査報告もままならんわい。マケー殿、アルゴル殿もはシティーシーフ御二方の援護を。」
「コウキン殿、それは私にはやはり自らだけは帰らぬ人になる覚悟とお見受けしざるを得ません。せめて私だけでも、お供させてください。」
「いや、連続して術使ってまやかして逃げたいのだ。それには人数少ない方が良い。」
「ですがしかし…。」
「儂だって命は惜しい。戦って勝てないなら、逃げを選択する。此度は蜂の巣を突くようなもんだからな。初めから蜂の群れに勝てるとは思っておらんよ。だから、敵情を軽く把握したら、即逃げる。」
「…わかりました。」
納得はしていないが、今この場であまり反論するのもよろしくない。不承不承ながらに頷く。

シティーシーフ2人の先導もあり、すんなり最深部付近まで潜入できた一同が目にしたのは、
大量の寄生鬼、スカルロード、ヘルビースト、ヴァンパイア、獄竜、チャリオッツ…。
これでもかというような骸骨系にゾンビ系のオンパレード。
「何なのこれ。ずくるない?」
「陛下…。」
動揺を軽口で流そうとするコウキンに向かって、うっかり、昔の呼び方でツッコミを入れるアルゴル。
「ま、お前らはここまでだな。気づかれる前に引き返せ。」
「…。承知いたしました。コウキン様、ご武運を。」
今更ごねるものではない。戦場を知るアンドロマケーとアルゴルはそれぞれ、急いでラビットとスパローに霧隠れの術をかける。

「…ん?」
最奥に居るクジンシーが、コウキン達の気配に気づいたような反応を見せる。
「マケー、アルゴル、急げ。…楽しかった。」
頷き、2人は自身に霧隠れの術をかける。コウキンも自らを同じ術で霧に包み、防御術を仕込み、技の準備に取り掛かる。

「じゃあ、早速派手にやっちゃおうか。10万本くらい頑張っちゃうよー。バラージシュート。」
ほぼ同時にモンスター全体を襲う矢の嵐。
「な、なんだ!?」
狼狽えるモンスター達。
これだけ面白いように狼狽えるなら、噂に聞くグリムリーパーも遠征して探しておいてもよかったかも。
コウキンは今更の事をのんびり考える。いつも心に余裕を。それが、老獪な軍師となった今の信条にもなっている。
今回は殊更に心の余裕が必要だ。それこそが、今、コウキンが描いている策の肝なのだから。

悠然と、コウキンはクジンシーの前に姿を現す。
「ソウルスティール!!」
すかさずクジンシーは必殺の一撃を放つ。
当然のように見切って躱すコウキン。
「なら、イスルトーム!!」
「!!」
直接の大ダメージは避けられたが、毒による身体の侵食が始まる。
治している暇は、なさそうだ。となれば、突き進むのみ。

コウキンは、クジンシーに向かって話し始める。自らの策に嵌めるために。
「ふむ。やはり貴様は生き返っていたか。」
「ほほう。オレのソウルスティールが効かないとは。…だが、あまりに老いたな。」
「まあのう、こんなに暗くて陰湿なところ、なかなか目が慣れなくなったわい。だがの、これならどうだ?」
「ふん。天術の気配…だがライトボール程度ではわしにはもう効かんぞ。」
余裕とも、油断とも取れる発言をするクジンシー。
もっと油断してくれてれば良いのだが…だが機を逸するなど論外。持てる力最大でコウキンは術を発動させる。
「ギャラクシィ。」
天の属性の力で手繰り寄せられた宇宙空間から、宇宙線に貫かれるクジンシーとその軍勢。
「なっ…ぐはっ!」
「儂の自慢の弟子が教えてくれた術でな。まあ、儂がこれを使えるだけではお前に勝つのは無理だろうが…。」
不敵に、見下すように笑うコウキン。
「二段斬り!!」
クジンシーの攻撃がコウキンに襲いかかる。
ッキンッ!!
光の刃が剣閃を弾く。
「チッ!こんな防御特化の術まで備えているのか、小賢しい!!だが、これなら…ライフスティール!!」
「っはっ!!」
身体の内部から、激しい痛みと熱が、コウキンに襲いかかる。コ
「気が早いやつ…じゃのう……。霧隠れ。」
「むっ。ジジイの姿が、消えた?だが…」
ターゲットから外れたコウキンはすかさず口の中で小声で水術『生命の水』を唱え、回復を図る。回復系ではほかに天術『月光』も準備してきたが、今は、霧隠れと同系統の水術の方が、より気配がまぎれて分かりづらいのと、もう一回ギャラクシィを唱える余力を残すためだ。
「むっ。またあの術が来るかもしれん!全員防御体勢を取れ!」
察したクジンシーが配下のアンデッドに指示を出す。途端。
「ギャラクシィ。」
2度目の天術発動。霧の中から響いた老軍師の声で、防御体勢でダメージ半減したはずのモンスターの半数ほどの命が灼かれ灰燼に帰す。
かなり効いた。さすがは天術の申し子コウメイの、我が弟子の秘術。
だが、コウキンの魔力と天術レベルではこれが限界。どうしたって、多勢に無勢なのだ。

だが、コウキンは決して限界を悟られないよう、軽い口調でクジンシーへ話しかける。
「やれやれ…。少しは儂の話を聞かんかい。」
油汗を流しながら、それでも笑みを崩さず、コウキンはクジンシーに話しかける。
「いいか。この術を開発したのは儂の弟子だ。そして今ここには弟子は来ておらん。どういう事か、わかるだろう?」
「ふん。キサマら矮小な現代種がちょっとやそっと力を手に入れても、それを伝達する手段などありはしない。キサマのようなトンデモナイ術を使う奴もそうそうおるまいて。」
トンデモナイ術…その通りなのだ。連続した高位の術詠唱は、毒とともに確実に老軍師の身体を蝕んでいた。現状、アバロンでこれを苦もなく唱え、十全の威力を発揮させられるのは、コウメイのみだろう。

だが、コウキンは退かない。これが、軍師コウキンのやり方なのだ。

「もう一度言ってやろう。この術を開発したのは儂の弟子だ。儂はそれを学んだに過ぎん。つまり、この術を他の者も使える可能性はあるということだ。」
「なに。」
「というかな、実は、儂以外も何十名と習得しておる。」
「!?な、なんだと…」
実は伝授されたのは自分だけなのだが、そこは虚実を混ぜるもの。
多くとも数名程度の術者規模と思っていたクジンシーに焦りの色が浮かぶ。
クジンシーは状況に鈍感だ。眠っていた時間にどう世界が変わったのか、まだまだ理解が追いついていない。それは、情報でもって戦術戦略を立て翻弄する軍師にとって格好の餌。
「アバロンに奇襲を掛ければ、お前の今の軍勢でも落とせるかもしれん。だが、儂がここに来る事は既に周知の事。儂が数日以内に帰還せねば、アバロンも厳戒態勢となろう。なんならもうそうなっておるかもしれぬ。…なんてったって、儂、ゆっくりここに来たからのぅ。」
コウキンは不敵な笑みを崩さない。堂々としている事が最大の信用を引き出すのだ。
「なんと言っても、お前が数百年前にアバロンを襲って以降、防衛戦に特化してきたからな。さっきチラッと見せた斬撃対処の技、ソードバリアなんかもそうじゃな。とにかく、アバロンの連中は総じて防衛戦慣れしておる。」

ここで、コウキンは少し…ほんの少し、間を置く。
既に覚悟を決めたつもりではあるが、全くたじろがないわけではない。
次が、おそらく最期の言葉だ。なんとも…パッとしない終わり方だな。
心の裡で苦笑いする。
ここからは、絶対に『油断していないと』いけない。
悠然と、泰然と、己が命の危機に瀕している事など気づいていないフリをして。
クジンシー目線のコウキンは、間抜けにも聞きもしないアバロンの戦力を吐き出すだけ吐き出しているように見えるだろう。そして、本当は意図して渡された情報である事に気づかず、自ら策を練り、その策に酔うのだ。
「…出撃のほとんど全てがバレンヌ皇帝陛下と数名のみになるのも、まあそのためだな。」
「ほほう、では、攻め手に転ずれば大きく戦力が下がるのだな。しかも、オレの目的のバレンヌ皇帝が、ほぼ単独に。…それは良い事を聞いた。では、キサマを土産に皇帝に出向いてもらうとしよう。皇帝さえ落とせば、バレンヌ帝国はオレのものも同然。」
「…なに?」
あ。今のはちょっとわざとらし過ぎたかな。コウキンは呑気に自分の演技力を採点する。そして…
クジンシーの一撃を身に受ける。
今の今まで殺されると思わなかったかのような顔を向け、老軍師コウキンの命の灯火は儚く散り、そして消えた。


「公瑾……。」
コウメイは瞳を開け、虚空を眺める。
視界が、歪んでいる…気がする。
今世も、自分はコウキンを…周瑜公瑾を…殺した。

コウメイ…諸葛亮孔明の前世と同じ世界から来た者が、コウメイ以外もいる事は、転生前にコウメイも知っていた。コウキンもその一人だ。
だが、コウメイとその他の転生者では大きな違いがあった。それは、記憶。
コウメイ以外は、死後、無垢の魂魄となってから今世を迎えている。コウキンも、生前の周瑜公瑾の魂魄を宿してはいるが、コウキンという全くの別人なのだ。コウメイとてよくわかっている。見た目も立場もほとんど全てが違う以上、名前が同じ程度で同一人物とはコウメイとて思えなかっただろう。

だが、それでも、コウメイはコウキンが公瑾だと『わかっている』。

2つ、大きな理由がある。
ひとつは、かつてコウメイが見た魂魄と瓜二つ…というより全くの同一の魂魄を、軍師コウキンは宿していた。
コウメイは転生直前に周瑜公瑾の魂魄を見ている。そして、その輝きや大きさ、視える貌が全てあの時の魂魄なのである。
もうひとつは、前世、諸葛孔明が公瑾に感じた『本質的な気性』がそっくりなのだ。もちろん、気性など後天的な理由で変わってはいく。実際、前世で感じた公瑾より随分と丸く…というよりお茶目にも、なっていたが。しかし、今世70年ほどの人生でも、公瑾の本質的な気性はそのまま変わらなかった。

コウメイがコウキンにギャラクシィを密かに伝えたのもそのため。公瑾の変わらぬ本質的な気性を信じたのだ。

周瑜公瑾は、前世においては大変激しい、武将気質の気性だった。
死を恐れる以上に、自らの強さや美しさや気高さが墜ちる事を恐れた。前世、肩傷を負った時でさえ、決して弱さを見せようとしなかった。血を吐いた時でさえ、戻った意識そのままに孔明を訪れ、不安を見せぬよう孔明を激しく責めてきた。それが、周瑜公瑾の美徳でもあり、欠点でもあった。
自らは退けない。退く時は退くが、退かなくて済む手段が見えたなら、やり遂げる方を選ぶ。自らの命と引き換えと知っていても。そういう性分なのだ。

孔明は、公瑾の気性を身に染みてよく理解していた。求めれば、求める以上の刻印を焼き付ける、それが周瑜公瑾。
前世では、強請って薬で寝かしつけたものである。それを、今またコウメイは利用したのだ。
気高く死ねる手段を伝えれば、彼は必ず選ぶ。それでなくては、彼を求める事など無かったのだから。

ギャラクシィを伝えたのは、復活したクジンシーの軍勢が勢いそのままアバロンに攻め込まないよう、言いくるめさせるため。クジンシー自らが攻め込むより、皇帝側から攻め込ませた方が勝率が高く復讐も果たせると、思い込ませる。それをコウキンなら思いつき、必ず笑みを浮かべて実行する。
孔明を永遠の虜にした、あの傲慢にも似た笑みを浮かべて。

クジンシーの軍勢は、なるほど自分やアバロン常駐部隊が形振り構わず応戦すれば、勝てはするだろう。
だが、その結果、アバロンは荒廃する。今、このバレンヌ帝国の首都が荒廃すれば、体制崩壊の危険が十分ある。各地は、今はアバロン帝国皇帝の威厳と、それを崇拝する異常な性能を誇る宮廷内官僚たちで持っているのだ。権威でもっている国である以上、権威の象徴に傷がつけば、脆いものだ。
そして、何より、攻め込まれて応戦するより、もとより攻め込まれないようにした方が、被害は少ないのは当たり前のこと。同じ策を練るなら、攻め込まれない方策を練った方が、練りがいがあるというもの。

つまり…。

僅かに残っていたコウキン退却の決断の可能性を奪ったのは、他ならぬコウメイなのだ。
退却すれば、あるいは生き延びられるかもしれない。元々調査潜入に強いメンバー編成なのだから。

だが、退却を知ったクジンシーはアバロンに攻め込んでくるだろう。
だから、絶対に退却させない策を取ったのだ。

間違いなく、諸葛亮孔明が、周瑜公瑾を殺したのだ。

それが、コウメイの…諸葛亮孔明の真実。
クロスな2次創作。赤コーナー・天の華地の風、青コーナー・ロマンシングサガ2。天華の諸葛孔明が今際の際にギャラクシィ使ったのがきっかけでロマ2へ転生した設定。赤コーナーはBLだけど、少なくとも女帝ルートはBL表現殆どないまま行く。つもり。#老軍師出立
バレンヌ帝国首都アバロン郊外。
若干交通不便な森の奥に、軍師クラスの官吏が住まう区画がある。
コウメイは、内弟子という形で軍師コウキン宅に住まわせてもらっていた。
軍師コウメイ。
術法研究所天術研究長の役職に就き術部門軍事の責任者も兼務する鬼才。鋭い洞察力と緻密な情報分析から軍議でも強い発言権を持つ、若き軍師。鼻筋の通った顔立ちに透き通る肌、『濃紺の』深みがある長い水流のような髪が、長身の彼の見た目に馴染んでいる。身体つきは、戦に身を置く者としては極めて細く薄い。軍師クラスでも決して厚みがあるとは言えない。それも含めて、いかなる華も恥じらいその道を譲るような美しさを備えている。

その日、コウメイは老軍師コウキンに呼ばれ、彼の執務室を訪れていた。

「コウキン先生…。今、何と仰いました?」
コウキンは先ほど言った言葉を繰り返す。
「儂はアバロン封印の地に調査に行く事にした。」
「あの地に、ですか。」
「最近情報官から気になる話を聞いてな。」
「しかし、それだけでわざわざ…コウキン先生がお出向きになるのは些か度が過ぎるかと愚行しております。」
「いや…もし本当なら、儂以外にわかるまいから、な…。」
コウメイの顔が露骨に曇る。
「コウキン先生しかわからない事でございますか。」
「お前は私の年齢を気にしての事だろうが、これはそういった問題ではないのだ。」
コウキンは今年68歳になる。その年齢でもモンスターとの戦に直接参加する者もいるが、あくまで日々の狩猟やモンスターの迎撃・反撃程度であって、出征したという話は無い。バレンヌ帝国史1700年を振り返っても、せいぜいフリーメイジが皇帝勅命でサイゴ族との友好関係を結ぶ遠征に付き従ったその一例くらいである。それでも当時50代。いくらコウキンが年齢不相応に若々しく強くあっても、無理があるというものだ。

そんな事はコウキンもわかっているはず。それでも自ら出向く理由。
「コウキン先生。それは、かの死霊の使いが居る可能性が高いという事ですか。」
「…。」
コウキンは沈黙した。それは肯定と同じ。
「それは………。」
どうしても止めたい感情と、どうしても止められない事情が同時に見えているコウメイは言葉に詰まる。

コウキンは言葉を失ったコウメイを見つめる。先程のコウメイの質問と今の表情は、あるもう一つの可能性を示唆していた。
「ところで、儂からもひとつ聞きたい。コウメイ、お前、儂が『誰』か、わかっているのか。」
「バレンヌ帝国全土統一最大の障害・七英雄の一角、スービエを討伐された豪傑の軍師ー」
「そういう事ではない。なぜお前がその墓所に『それ』が居る可能性を理解していたか、という事だ。」
「…。」
今度はコウメイが沈黙する番であった。
言いすぎた…わけではない。気づかれないと思ってもいない。
ボロを出したくはなかったが、コウメイにとって出征目的が予想通りなら、止めたい事であり、最優先なのだ。
「コウメイ、お前は時々突拍子もない発想をする。しかも、それが不思議なほど理にかなっている。だが、今回の推測は、お前の天性の才能だけでは決して説明がつかない。実際に経験もしないまま不滅を理解するなど、不可能だろうからな。ましてや、今回の不滅が何者かわかっているなど。」

やはりバレた。諦めたコウメイは少し息を整え、答える。
「はい。コウキン先生が、現伝承第8代皇帝である事は、知っております。」
やはりか…。コウキンは口の中で呟く。
だがそれがわかるはずがない。帝国内で誰も知らない事なのだから。

コウメイの言った『伝承第8代』とは、バレンヌ帝国皇帝史とは別の数え方である。
バレンヌ帝国の帝位は、帝国暦1000年までは概ね世襲制で受け継がれてきていた。
しかし、1000年が経った頃、時の皇帝レオンが『伝承法』という技を身につけた。伝承元・伝承先に受け継ぐ意思が強ければ、伝承元の記憶と経験を引き継げるという秘術である。レオンは息子ジェラールに引き継世襲制を踏襲したは、以降は時の皇帝の指名か、領内有力クラスの合議制により皇帝へと就く事が一般的となった。というのも、『伝承法』にはお互いの意志の強さが必須という制約条件が血筋優先の世襲制と合わなかったのだ。受け継ぎ先が見つからない場合、伝承先は、何十年、時に100年単位先になる事もあったという。いくら記憶経験が引き継がれた才覚ある者といえど、どこからともなく突如現れた皇帝に力を貸すなど、無理がある。心理的な面は当然のこと、国のシステムとしても、である。
結果、次の伝承皇帝が現れた時に備え、皇帝補佐を優先すべく世襲制は廃止された。
そして、引き継ぎの観点から、大抵は帝位は数十年で別の者へ譲られる。終身制もなくなっていた。
そんな事は帝国内有力クラスに150年程度でのしあがった軍師クラスの者なら誰でも知っている事である。彼らは後発組である事を自覚していた。宮廷内の信頼を得るため、一通りの歴史も抑えている。その甲斐もあって、今より50年前に初の軍師クラスより皇帝となったのが、16代皇帝コウキンである。それも10年前にフリーファイタークラス女帝・ヒッポリュテーに禅譲している。
ところが、今、コウメイが口にした『現在伝承第8代皇帝』の言葉。『8代』という数字はあまりに少なく、『現在』彼は皇帝ではない。ただの間違いとしては、あまりにも滑稽なのである。
つまり、『現在伝承第8代皇帝』は、真実なのだ。

ある一時期以降、伝承法で受け継いだ皇帝には共通した特徴がある。
自らが『伝承法』で継承された、と、言わないのだ。言ったとしても、それは逝去の折に近しい人にのみ、という程度。この傾向は、伝承5代皇帝・格闘家フリッツから顕著であった。七英雄との戦いには力を貸すが、伝承法で受け継いだ皇帝として扱われるのはなにかと煩わしい、と言うのがフリッツ皇帝の言い分だったとされる。結果、現在『伝承法』での皇帝が存在しているのか、その皇帝が何代目なのか、知識として知っている者は、この世界にはいないはずなのだ。
継承皇帝本人以外には。

「…そうだ。いつから気づいていた。」
「コウキン先生と初めてお会いした時からです。」
「そうか。」
「………。」
しばしの沈黙。話しはじめたコウキンが言葉を紡ぐ。
「なら、わかるであろう?儂でなければ、わからないのだ。」
コウキンは重いため息をつく。そして、独り言のように、低い声で。
「七英雄クジンシーかどうかが。」

七英雄クジンシー。初代伝承皇帝レオンを弑し、バレンヌ帝国と七英雄との長きにわたる戦いの火蓋を切って落とした存在。伝承2代皇帝ジェラールによって斃されたが、今際の際に『必ず蘇って復讐する』といった、と伝えられている。

コウキンは自らの見解を述べる。
「ジェラールは『死人が蘇るはすはない』と、可能性を捨てたが、な。儂の考えでは、寧ろ蘇らない方がおかしい。」
「はい。ジェラール皇帝が蘇る可能性に至らなかったのは、当時まだ伝承法が馴染みきっていなかったためかと。」
「その通りだ。伝承法がもう少し身体と魂魄に馴染んでおれば、死人が蘇る可能性にも簡単に辿り着けただろうよ。」
少し間を置き、再び口を開くコウキン。
「儂自身にもレオンやジェラールの記憶や技術が流れ込んでおる。意識は、儂のままのようだが。しかし、時折儂の記憶かどうか迷う事もあるし、夢の中であれば自我が混濁している事もある。伝承法で受け取った他の意思に乗っ取られないのは、伝承法を伝授した怪しい女狐占い師がうまくカスタマイズしたからであろうな。」
「伝承法も理論を理解し応用的に使えれば、他の生命体を乗っ取る事も可能で、おそらく七英雄はそれができる、と、コウキン先生はお考えなのですよね。」
「そうだ。」
実は乗っ取りより伝承法の方が応用的な使い方なのだが、そこまでは2人とも知るはずがない。

「復活したのがクジンシーであれば、今の儂では太刀打ちできんだろうな。」
「コウキン先生、どうか、お考えを留めて頂けませんか。クジンシー以外にも七英雄による外患は残っておりますゆえ、戦力面でコウキン先生がおられなくなるのは得策ではございません。」
「ふふ。理由が乏しくなっておるぞ、コウメイ。お前の天術と土術、それと事前の備えあれば、今時点の防衛戦なら十分であろう?お前が開発補助をしている、あの果樹園から醸造している術酒も十分に蓄えあるのであろう?」
「…。」
「お前はどうしても儂に行って欲しくないのであろう?敵は、おそらくは本当にクジンシーだ。そして…必ず儂が死ぬと考えている。」
今の能力ではコウキンは勝てない。そして、勝てないコウキンをクジンシーは決して逃さない。つまり、クジンシーならコウキンは決して生きて戻れない。これが、コウメイが何より嫌な事なのだ。
「…はい。ですから、わざわざコウキン先生が確認に行かれる必要もございません。ほぼ確定しておりますゆえ。」
「それは、今のお前の反応で確信を持ったに過ぎんよ。」
わかりやすい挑発だ。コウキンは、この後コウメイが反論してボロをさらに出すのを待っているのだ。
コウメイは敢えてコウキンの言葉に反応せず、出征策を無理矢理捻り出す。
「2つ月、軍備を整え、見切りをマスターした者で編成し、乗り込めれば…。」
「それが無理だから、儂が行くのだ。」
「…。」
再び言葉を失うコウメイ。
そもそも議論でどうこうの問題ではない。コウメイは、本当はわかっている。
コウキンは、この頑固な老人は、こうと決めたら曲げない気性なのだ。何より、七英雄クジンシーの復活の事実を2カ月も見逃して良いはずはないのだ。

クジンシーの恐ろしさは、個体としての強さと『ソウルスティール』という固有の技にある。
この技、生ある者の生命力を根こそぎ奪い取るという押しも押されもせぬ一撃必殺の技なのである。宮廷に足繁く通える者なら、道場で見切りを身につけることも一応出来はする。だが伝授にも時間がかかる。伝授先の資質によっては数週間かかる事もあるだろう。
さらに、襲撃される理由が復讐ともなると、昔とは比較にならない戦力でもって襲ってくるだろう。クジンシー以外にも気をつけるべき危険要素が多すぎる。あまりに本腰を入れたクジンシーと戦うのはリスキーなのだ。
かと言って、不確かな段階で厳戒態勢を敷けるはずもない。

だからこそ、今、唯一クジンシーを見分けられるコウキンが出るのだ。
伝承法の奥底に在る記憶からクジンシーを見極められる現在唯一の人物である、コウキンが。

「コウキン先生、せめて…」
「だめ。」
皆まで言わせず拒絶の言葉を確と発するコウキン。
目を伏せ、コウメイは消え入る声で言葉を捻り出す。
「…ひどい人だ。私に奏上する余地も与えてくださらないとは。」
コウメイには、あるひとときの思い出が過ぎっていた。
「ふふ。」
「?」
「珍しく儂をコウキン先生と言わなんだな。なんだ。片思いの男の事でも思い出したか?」
「コウキン先生!!!どうか茶化さないで頂きたい。…大体、何故男性なのでございますか。」
「その見た目と才覚と地位で女っ気皆無だからな。確定だろうよ。」
「………………‼︎‼︎」
宮廷内の議論では隙が無いコウメイだが、その方向には全くもって論が立たない。実は、来し方の世から、この方面の話は弱かった。主な理由は、なんと言っても当時の社会的な観念と合わない本人の性癖だ。無論、蜀漢の軍師を務めて以降、殆どの時期は忙しすぎたとか、たまの休日の多くは自室か当時の恋人・魏延と過ごしてたとか、そういった事情もあるが。とにかく、コウメイは、来し方の世53年+現世20年の時間を生きたとは思えないほどウブいのだ。
さらに、今のコウキンの台詞はほぼ図星。狼狽えないわけがない。
いや、しかし…だからといって、こうもズバズバ言い切らなくとも…!
「随分と今日は顔に出やすいな。宮廷で議論している時と同じ人物とは思えんほどだ。」
「……。」
少し、溜息をついてコウメイはいつもの落ち着いた表情に戻す。
これ以上個人事情を抉られる話はかなわない。
「コウキン先生、ご出立はいつのご予定ですか。」
「お前な…。まあ、良い。明日、ヒッポリュテー現皇帝陛下に最終許可を頂く。具体的な日程はそれからであろうが、長くとも1週間以内には出立したいところだな。それと、コウメイ。先にこれを渡しておく。」
コウキンは、簡単な封をした、軽いが両手で抱える程度の大きさの箱をコウメイに渡した。
「コウキン先生、これは?」
「ん。まあ、帰って来なかったら開けてくれ。」
「必ず帰ってきてくださると、コウキン先生がお約束していただけるなら。」
「こいつっ。…なあ、コウメイ。」
じっとコウメイを見つめるコウキン。
「何事でしょうか。コウキン先生。」
「お前さ、儂の何がいいの?」
再びコウメイへの斜め上からの挑発に、脱力してそのまま転けそうになる。
なんとか転倒回避して、ふと思い至る。
こうやって振り回されるのも、時を共に生きる事ができてこそ、だ。
自然と穏やかな微笑みが浮かぶ。
「コウキン先生の気性、気概、力強い所作、行動力、民草を思いやりまとめる広い御心、全て尊敬しております。」

「コウキン先生。」
「ん?どうした改まって。」
「ーいえ。…私達の関係は、今度は、与え合う関係となれたか、と、思いまして。」
「今度ってなんだ。」
コウキンは屈託なく笑う。
そう、コウキンには記憶がない。来し方の世の、周瑜公瑾の頃の記憶が。
赤壁の戦の折に過ごした日々の記憶も、遅効性の毒に苦しんだ日々の記憶も。結局、お互いがお互いを求めむさぼる関係で成り立ってしまった日々。それでも歓びを感じずにいられなかった日々。あれは何十年経った今でも永遠の記憶として残っている。コウメイーー諸葛亮孔明には。永遠の麗しい時間。だが、その時間は途切れた。孔明が断ち切った。他ならぬ孔明自身が選んだ選択なのだ。許されるはずもない。何かのせいにするつもりもない。だが、もしあの時の関係が与え合うものであれば…共に歩む未来もあったのかもしれない、そう思う時もある。

「コウメイ。儂はお前に何か与える事ができたかは分からん。形式的に今も住居を提供しているが、十分お前は独立できるはずだ。それ以外で何か与えられたかは、わからん。だがな、儂はお前から色々貰ったぞ。知見もそうだし、年齢差からすれば、お前、儂の孫だよなぁ。なかなか経験できるもんじゃないからな、孫が同じ仕事してて、これ以上ない程に頼り甲斐があるなんて。」
そう楽しそうに笑うコウキンを眺め、コウメイは、今のこのコウキンと共に歩んだ時間を愛おしく感じるのであった。
まだ本編1番大事な事書けていない、BL三国志 天の華地の風の孔明がロマサガ2コウメイに転生した話の、しかもエンディング後の後日談。本編でなにがあった…。
ロマサガ2での軍師テーブルは
シゲン→ハクヤク→タンプク→チュウタツ→コウキン→ハクゲン→モウトク→コウメイ(→シゲンに戻る)

ロマ2コウメイの次の軍師クラスに設定されているはずのシゲンは、なんらかの理由によりスキップ。その次のハクヤクとのお話。
後半を書きたいがために設定甘々。

やっぱりサガスカの設定が最後入っています(Eulogy は、サガスカ海外版のファイナルレター)
秋に差し掛かる頃。

コウメイはふと、仕事の手を止めて、窓の向こうを眺めた。

空には紅の月。そう。今宵は月蝕なのだ。
ーーそういえば、遠い昔、魏延と見た日蝕は美しかった…。恐ろしい妖しさをもってしても、その美しさは心を惹きつけて離さなかった。
ふと、そんな昔の思い出が蘇る。無理に予定を取って見に行こうと誘って、2人で見たあの景色。

蝕といっても今宵は月蝕。自らの流れる緋髪の色と姿形をそのまま写したような、美しく妖しく冷たい紅の月。

また、誰かと見たいものだ、そう思っても、今はもういない。あの時の誰も…。

執事長が慌てた様子でコウメイの執務室に入ってくる。
ノックもしないまま入るなど…と言っている場合ではないのは一目で分かった。
「コウメイ様!ご無礼のほど誠に申し訳ございません!今、ハクヤク様の関係の方々がコウメイ様に聴取にとのことでお見えになっております!」

コウメイは数日前、不穏な動きがあると情報官から聞いていた。
もしやと思って、近しい使いの者には、邸内異変の折は儀礼を差し置いても自分に伝えるようにと命令していたのだ。

「伝達ご苦労であった。全員、速やかに離れに移動し、自衛の体制を取られよ。ただし、もし強制逮捕など強行に出られたら、抵抗せず従え。後からの弁明では拭いきれない事態となるのでな。」
「承知いたしました。」
執事長は軽く一礼し、速やかに去っていく。

コウメイは、部屋の一角に置かれた箱に向かって歩む。
ーーその時なのか。ハクヤク。

「コウメイ様、モウトク様殺害の容疑がございます。今よりー」
「私が、モウトクを?なんの話かわからん。仕事もあるゆえ、勘違い妄言の類でかき乱しに来ないで頂きたい。」
「では、こちらにも見覚えがないと?」
「それは…」
「現場にございました袋にございます。」
「それが何を意味するのか、私には皆目見当つかぬ。」

ーーー。

「ーー以上により、此度コウメイ様を勾留するに相成りました。」
「…断れば?」
「ハクヤク様より、こちらの飲み物を差し出されよ、と。」
盃が差し出される。
随分と一方的だ。だが、ハクヤクにもあまり公にしたくない事情があるのは十分にわかっている。
公になると言う事は、自らもそれに関わった事も認めなければいけないのだ。
「そっと自害せよ、と?」
緩やかな手つきでその盃に手を伸ばす。
盃に手が触れた、その時。

「ペイン!」

突如、知った声が部屋に響き渡る。
「ハクヤク」
コウメイの目が少し見開く。2つの金色の眼が声の主を捉える。
「コウメイ様が毒を飲まれるぞ!お手伝いして差し上げろ!」
ペインの副作用で動きが止まったコウメイの身体に、使いの者数名がのしかかる。
手に足に押さえつけられ、あっという間に身動きひとつ取れなくなった。
鼻を摘まれ口を開かされ、黒紫の液体を喉の奥に流し込まれる。
「ははははは!飲んだぞ!」
ハクヤクは狂気を含んだ金切りの笑い声をあげる。

コウメイは前世、己が意識を失ったあの日を思い出していた。

あの時もこうやって毒を飲まされた。変わらない、ものだな…。
ハクヤク…姜維伯約。
ハクヤクの魂魄が、前世、孔明が期待を寄せていた姜維伯約である事は、一眼見てわかっていた。だがもう彼は伯約ではない。気性こそ前世に似通えど、記憶はない。それなのに、そのはずなのに。今また彼に倒され、死に至る毒を飲まされた。

だが今回は違う。さすがに同じ手を二度食うわけにはいかない。
ましてやそれで二度死ぬわけには。

突如、倒れていたコウメイの姿がかき消える。
「なにっ!?」
ハクヤクが驚きの声を上げる。

「ギャラクシィ」

それは、天術の申し子とも言えるコウメイがこの世で発明した術で単独属性術最高の威力を誇る術。しかも、防御力無視で全体攻撃という極めてえげつない術。

邸内にいた、コウメイが敵と認識していた全員が天からの光線に貫かれ、息絶える。
「コウメイ…!!」
ハクヤクは、羽のように舞う光の中から現れたコウメイに向かって、驚きと戸惑いの声を向ける。
「まさか、フェザーシール…。いつから…。」
「ずっとだ。ここ数日、ずっと。」
「なっ!?」
コウメイは背に仕舞っていた二振りの斧を見せる。
片方はレディーホーク。フェザーシールという、水術霧隠のような効果を持つ技を使える武器。水術が使えなくなったコウメイが愛用している斧。
もう一振りの斧は…?
「アメジストの斧だ。幻体を生み出し、代わりに動かす事ができる。幻体ゆえあまり色々な事はできんが、毒を喰らい死ぬ程度はできる。」
コウメイはハクヤクに向き直る。窓から入る真紅の月の光を浴びたその姿はいつもに増して凍える輝きを帯び、暗闇を背に見つめるその瞳はいつもに増して昏く冷たい。
「ハクヤク。私からも聞きたい事がある。今のは紛れもなく冥術。なぜお前が使えるのだ。」
「そんな事はどうでも良いだろう!」
「この術は我々の使うべきものではない。そう禁じたはずだ。」
ハクヤクが使った術は名をペインという。冥の属性の力に働きかけ、闇の爪にて生気を削り、行動を止める術。
「それが何だというのだ!お前は、自らの術師としての地位を守りたいだけだろう。」
「ハクヤク…。」
コウメイは溜息混じりに愛弟子の名を呼ぶ。
生前の姜維伯約は、やはり直情的ではあったが、忍耐力も持ち合わせていたはず。ここまで短慮であっただろうか。
「ハクヤク。冥術は、迂闊に使うと、あるいはその身が変容し、あるいは闇に意識が混ざり、自らを失っていく術ぞ。」
その瞳に苦しみの色が滲む。こんな術を覚えるほどに私は彼を思い詰めさせてしまったのか。
「言っていろ!お前はここで死ぬんだ!!」

もはや会話は不可能なのだろう。

ハクヤクが斬りかかる。コウメイは術者だ。しかも素早い。少しでも時間を与えると一撃必殺の術を喰らう事になる。対抗するには、確実に先手が取れる技で一思いに仕留める他にない。
コウメイは護身用の小剣を抜いた。開発室に密かに依頼し製造された、コウメイのための小剣。
武器の扱いがあまりに不器用なコウメイでも扱えるように改良を重ねた一振り。
ハクヤクの攻撃をきりかえす。
「くっ!」
渾身の乱れ突きを返され、動揺の声をあげるハクヤク。

「ハクヤク。お前は知らないだろうが、私は一度お前に…御辺にこうして殺されたのだ。」
「何を言っている!」
「私は、今でも本当に大馬鹿者だ。今も昔も、御辺の心を見抜けなかったばかりに、御辺を苦しめ、斯様な凶行に及ばしめた。」
前の世の事だが。私が死んで後、おそらくは私の家族も憂き目に遭う事になっただろう。あの内政に憂い満ちた状況では、我が娘、朝薫にも、ふぇいめいにも、譫にも、何も凶牙が及ばなかったはずはない。全ては私の、罪。穢れ多い我が身ながら家族としての幸せをくれた者を裏切る事になったのだ。せめて自らがあんな迂闊に死ななければ…と思わずにはいられない。もう何十年、もしかすると何百年も前の、戻れぬ過去の話なのに、今また記憶に蘇る。

「うるさい!」
ハクヤクは構わず斬りかかる。

「ハクヤク。姜維伯約!!御辺と私の時間だけが止まったままなのだ!!」

苦しみに満ちた声が響く。
私はまだ良い。過去を覚えているのだから。だがハクヤク、御辺は同じ轍を踏んでいる事もわかっていない。
それゆえに、同じ過ちを、罪を犯してしまっている。
進めていないのだ。
今や世界は帝政を廃止し、新しい時代へ進まんとしているというのに!

「ハクヤク。私は死なない。これしきの毒でも、策略でも、術でも、剣技でも、死ぬわけにはいかないのだ。」

今度こそ私は生きて、そして家族を、部下を、民を、守るのだ。共に歩むのだ。終帝陛下が理想とされる世界を、止めるわけにはいかないのだ。ハクヤクと…姜維伯約と…止まっていた時間に、今また戻り止まっている場合ではないのだ。

「ハクヤク。最後に聞く。まだこの先を共に歩む道は、意志は、あるか?」
「そんなものは無い!とうの昔に貴様に消されたわ!!」
「ハクヤク。その素直さは素晴らしい。それゆえに人は自らを高めていける。だが、直情的すぎる。己だけでなく、己につき従い、あるいは共に歩む者のために、情を抑える理性の鞘を十全に扱えるようになれば、其方の世界はもっと広がるだろう。今、私への復讐心などで世界を狭めるは、あまりに惜しい。」
「お前がそれを言うか!!!」

「…そうか。」

コウメイが地に小剣の剣先をつける。
殺されてから一体何年が経っているのだろう。それなのに、また、間に合わなかった。
コウメイは後悔を振り払い、意を決し、少し術力を込めて、思いっきり振り上げる。
鋒(きっさき)より氷の蔦が現れ、ハクヤクを襲う。
「くっ!?これは…!」
別の世界では氷雪刻とも呼ばれるその技。コウメイがこの世界で実現するには、武器固有の性能に落としこみ、技力の他に術力を吸わせなければ使えない。扱いが微妙なため、決して素早い行動は取れない。また、コウメイ自身の不器用さが災いして、決して大きな氷の彫刻物を出現させる事はできない。
性能的にかなりコウメイ基準で残念になっているが、初めて見せる技である。ハクヤクが隙を見せるには十分であった。

「私は不器用だからな。せっかくのこのジュワユースも、こんな形でしか使えない。」

苦笑いを少し浮かべ、そして、屹とした姿勢で右手をピッと前に小剣を突き出す。左手を背に回す。
その姿は、在りし日、諸葛亮孔明が白羽扇を振るった姿そのまま。

コウメイの薄紅色の口が動く。白い透き通った肌が、緋色の流れるような髪が、炎のように一瞬ゆらめき、そして迫る。

ハクヤクが最期に見た光景は、赤く光る死の三筋の光と、紅の月を端に映したコウメイの、強さと哀しさとが入り混じった金色の瞳。

「『死にゆく者へ贈る最後の言葉』。」

ハクヤクは最期まで気づかなかった。
敵と認識した者全てを葬れるギャラクシィが、なぜ、ハクヤクには来なかったか。

「ハクヤク。姜維…。今度こそ、私は御辺を導けるよう、精進する事を誓う。今度こそは…2人とも幸せな未来を掴めるよう。今度こそ………」
天の華地の風 + ロマサガ2 二次創作。
やっと孔明の時間が終わる。
終帝の選択でコウメイの運命も変えたい。(なおまだだいぶ先の話)
#旅立ち
詩人は、孔明に背を向け、何かの呪を唱えようと両腕を少し上げる。
しかし、ふと、詩人が何かに感づいたように所作を止めた。
「孔明様、転生の儀を行う前に、少し、寄って行ってもよろしいか。」
「何かあるのか。」
「はい。…輪廻の大河に広き器の魂魄が見えまして。」
「勧誘熱心な事だな。」
「ありがたきお言葉。」
孔明は少し目元を緩める。
「人材というのは、思うように揃うものではないからな。」
自らの死は、ある意味自らの登用が招いた結果でもある。人材勧誘に関して、何も思うところはないといえば、嘘になる。何より、己が1人では到底立ち向かえないであろう未来に備え、高い可能性を秘めた人材を得ておきたい気持ちは孔明とて同じである。造作を加えない無垢の魂魄であれば、まあ本人たちには関係ないだろう。その者にとってみれば、前世など無いのだから。何より周瑜公瑾も行ってしまった事だし…。
周瑜という事例ができた事で、行く先の世へ送り込む心理的抵抗がほとんどなくなった孔明であった。

突如、目の前に白い大河が現れる。
「輪廻の大河にございます。」
無数の魂魄が流れ、溶けていく。生前の形をわずかに残していた魂魄は、一度輝く球体となり、そして飲まれていく。
大河の向こう側に、飛沫が跳ねるように新たな魂魄が現れる。すうっと先へと消えていく。
「これが、通常の転生というものです。同じ世の先の時間軸に跳ねて行くものにございます。」
「…この先、かの魂魄は、新たな生命として産まれ、生き、そして戻るのか。」
「左様にございます。…お辛くございましょうか。」
詩人が、孔明の憂いを含んだ、青くも白い、透き通った滑らかな絹のような顔を覗き込む。
「いや。どう生きるもその者次第。…身の丈に合わぬ、理不尽な事も多いが…な。」
生き残るため、身に染みついた閨の技は確かに恨めしい。魂魄のみと成り果てている今でさえ、ともすれば求めんと跳ね興りかねない。だが、それでも…。抱かれる悦びを与えてくれた者もいたのだ。それゆえ、歩んで来れた道もあったのだ。
思いを馳せている間に、詩人は一つの青漆色の魂魄を、輪廻の大河より取り出す。
「曹操孟徳様にございます。広き器の魂魄でございますが、大河の流れで無垢となり果てるまで時間がかかってございまして…。」
「無垢になるまで時間がかかるものなのか。」
「時間という言葉で語るには、やや語弊がございますが…よほど妄執に狩られたり水流の衝撃にも耐えない限りは、大抵はすぐ無垢になってございます。曹操孟徳様が長すぎるのでございます。それこそ、たとえば司馬懿仲達様など、死後即無垢の魂魄になってございました。」
「待て。…司馬懿仲達は既に死んだのか。」
「貴方様が亡くなってから15年ほど経ってございますが、亡くなってございます。」
「既に15年も経っていたのか。」
「時間の流れが一定ではないのでなんとも…。たとえば先程赴かれていた、かの冥府の迷宮の者どもは、貴方様の死後3年くらいだったのではないかと。」
時間の流れがあまりに滅茶苦茶だ。そっと眉を顰める孔明。
「ここは狭間の世。時間の流れに多少の疎密がございます。」
さも当然と言わんばかりに詩人が説明する。
多少なのか…?
「貴方様より30年ほど前にお亡くなりになった華佗様など、別の世にて薬事の神に封じられ、既に何千年か経ってございます。」
華佗。かつて孔明の頼みで薬を処方してもらった医師である。
「華佗翁が…。」
「翁どころか、何千年経った今も4対8臂にて筋骨逞しくございますよ。」
魔改造も良いところである。全盛期の華佗は知らないが、腕が8本とかは無い。絶対に、無い。
「詩人殿。其方、魂魄や先の世での肉体に造作を施すのは、できないのではなかったか?」
「私ではございませんよ?何より、私がお連れできる可能性がある世は1つのみ、今『伝承法』にて世を平定せんとする世のみにございます。また、華佗様が赴かれた世は、ここよりはるか向こう、かの緋色の邪神に近い世。勧誘には不向きな処ゆえ、私自ら訪れる事もございません。ゆえに、かの世にて新たな肉体に細工を施す事はいたしませぬ。」
「勧誘に向き不向きの世があるのか。」
「はい。…主な理由は、これにございます。」
詩人は掬い上げた曹操孟徳の魂魄に目を遣る。
「魂魄摩耗か。」
詩人の説明によると、広い器の魂魄を無垢なままこの狭間の世に留まらせると摩耗し、器が十分な広さを持てなくなるらしいのだ。
「貴方様のように、生前の型をとれるほど意志を持っていれば保護もできますが、無垢の魂魄は、保護するだけでも負荷が大きく掛かり、損傷を被り摩耗するのでございます。」
言われてみれば、曹操の魂魄は、既に、ほんのわずかではあるが青漆色の輝きが鈍くなっている。既に魂魄に摩耗が始まっているのだ。
「曹操孟徳様は特に摩耗がお早い。割り込みで申し訳ございませんが、先にこの方を先の世に送りたくございます。」
言うがいなや、詩人は魂魄を手から離す。周瑜の時と違い、少し押し出すような所作であった。
少し、曹操の魂魄が行く先の世に進んだところで、詩人は少し両手を上げ、口の中で呪を刻む。
光が曹操の周りを包み、そして光と共に曹操の魂魄が消える。

「お待たせしました。諸葛亮孔明さ…」

どーん。

全くもって明後日の方向から激しい轟音が響き、身体を焦がすような熱風が辺りを包む。
「緋色の邪神がクリムゾンフレアでも撃ったんでしょう。気にしては負けです。」
詩人が、なんとも嫌そうな表情を隠しもせず投げやりな説明をする。
「クリムゾンフレア?」
孔明自らが在りし日に撃ったらしいギャラクシィといい今のクリムゾンフレアといい、耳慣れない言葉である。思う思わざるに関わらず、反応してしまう。
「天の属性と火の属性に働きかけ、高温の炎を起こす術にございます。かの邪神が世にては天属性への働きかけが不要なゆえ、火の属性にのみ働きかけてございますが。」
「これも術…。目に見えぬ先で起こったこととはいえ、それでも肌が焼ける思いであったぞ。これが前提となる戦の世なのか。」
「まあ…。ただ、この術もまた、行く先の世ではまだ使えぬものでございますな。」
歯切れ悪く詩人は答える。そして心のうちに呟く。
威力に関しては、大半はアレ基準ではないのだが、そこまで説明する必要は無いだろう。何より今は絶対に緋色の邪神と関わりたくない。変に勘付かれ、この次元の孔明まで気まぐれに取られては、ここまで腐心した甲斐が全くなくなってしまう。
そんな気も知れず、孔明はかぶりを振りつつ感想を述べる。
「いや…斯様な術、誰もが十全に使えるものではあるまい。個の力が戦力の要となる世なのだろう、と思ってな。」
「お察しの通りにございます。もっとも、あの緋色の邪神が世界では、機会が少しあればその辺の一般人もそのうち嗜むようにもなりますが。」
待たれよ。何ゆえ、そんな危険極まりない技術をその辺の一般人が嗜むのだ。そこまでにその世界のもののけは危険なのか?
心の中でとてつもなくはっきりとしたツッコミが響いたが、それこそ『気にしては負け』である。全力でスルーすべき。孔明は、本能でスルーに全神経を注ぐ。
武に恵まれた関羽張飛らの近くで仕事をし、暗殺の危険も常にあった孔明ではあるが、常時ここまでに極端な生命の危険はなかったはずである。たとえば城下に見える民衆がこぞって何気にこんなものを放つなど…それこそ命が幾つあっても足りない。
改めて、緋色の邪神と関わりなくて良かったと胸を撫で下ろす孔明であった。

ふと、孔明は輪廻の大河より跳ね出た魂魄に目を遣る。
その魂魄は、あまりに小さく、あまりに儚い薄紅色をたたえていた。それもまた、通常なら来し方の世の先の時間軸へと消えていく…と思われた。
しかし、そのは、ふよふよと孔明の方に寄ってきた。

「先程の衝撃で飛ばされ、行く宛を見失ったのでございましょう。ふむ…。」
詩人は少し逡巡し、両腕を少し上げる。
「ここまで細かくなられては、おそらく人としての転生も叶わぬでしょう。このまま消え入るのみでも良いのかも知れません。ですが、これも何かのご縁。方角もこちらの世のようですし。」
詩人は孔明に向かって一言、
「すぐ、済ませますゆえ。」
とだけ伝え、口の中で呪を唱え、光の粒子で儚き薄紅の魂魄を覆い、行く先の世に送る。

この、誰ともわからぬ者とも、行く先の世で何らかの縁ができるのだろうか。
孔明は、穏やかな気持ちで魂魄を送る様を、見守っていた。

「お誘いしたにも関わらず、先延ばしにして申し訳ございませんでした。」
「良い。来世の知識も多少備わったし、な。」
「では。」
詩人は両腕を少し上げる。この所作もこれが見納めだろう。

光の粒子に包まれ、孔明の姿は消えて無くなった。

「孔明様、何とぞ、終帝を導いてくださりませ。」
状況描写難しい。BL三国志 天の華地の風 と ロマサガ2の二次創作。ギャラクシィ使った孔明がコウメイになります(なおまだなってない)#黄昏る追憶の迷宮
孔明が意識を向けた先にまず見えたのは、言葉を失い蒼白の顔にてただ恐怖する自らの姿と、生前の罪をして地獄に落とそうとする轟轟たる罵声を浴びせる死人の数々であった。場の造りからして裁判の場、そしてこの人だかりは今まさに審議進行中である事を物語っていた。
孔明の無数の罪を告発する死人達の対には、最期までともにしたパートナー魏延と永遠の想い人周瑜、そして、全てを受け入れ支え続けてくれた妻郭菲妹の姿があった。
開廷中であるというのに妙だ。孔明は思った。
死人の罵声は証言ではない。裁判官が何か尋ねる様子も、罵声を止める様子もない。刑罰が降される様子もない。
突然、訝しんで様子を見ている孔明の耳に大声が届く。
「選べ!」
久しく聞いていなかった、しかし耳障りな声が聞こえる。お前が判決をくだすか。
関羽雲長。お前が…。
孔明は眉を顰める。
どれほど孔明自身の罪が重かろうと、彼に告発されようと、彼に裁かれる筋合いはない。
彼が命を落としたは、彼の傲慢さゆえ。周囲を見なかったがゆえ。孤立の路を、自ら選び進んだがため。
いかにこの孔明に禍根ありといえども、なんとも哀れな事よ。惨めな逆恨みを、こんな形で晴らそうとは…。
しかし、何を選べと言うのか。
言葉なき孔明は、魏延と周瑜を相互に見遣っては、うつむき怯えた声を出す。この2人のいずれかを自らの代わりに地獄へ落とす選択をせよ、とでも言うのだろうか。こんな決断を迫らせるとは、関羽、なんとも浅ましい…。
それにしても、やつれているとはいえ、自らと同じ姿、同じ声で恐怖を包み隠さず顔に出す様を直視するのは、なかなかに気恥ずかしい。生前まだ意識がある頃は、人前では隙を見せぬよう、常に氷のように透き通った美しい表情を、姿勢を、仕草を、決して崩そうとしなかった孔明である。今になって、こうも大衆の前で弱々しい姿を見られるとは、死せる身の顔が、指が、血も通わぬままに赤らむ思いである。波打つ必要のない心臓の音が速く強く、耳の奥から聞こえた気がする。
だが、そのような事をゆるりと気にしている場合ではなさそうである。
選択の結果如何で、孔明のみならず、ここにいる魏延、菲妹、周瑜も果てなき地獄の責め苦を負うことになるだろう。孔明は、更に周囲の様子を見回し、事の次第を見定めにかかる。

そして。

ああ…。なんだそういうカラクリか。
孔明は、その場の罵声、責め立てる審議官の論、そして関羽の言から察する。
なんのことはない。既に正しい選択への道は十分に開けているではないか。関羽やその周囲の者は、その道を選ばせまいと、目を曇らせようと、喚き、躍起になっているに過ぎないのだ。
孔明は、魏延を見遣る。絶望的な眼差しを言葉なき孔明に向ける彼だが、諦めてはいないようだ。
魏延、大丈夫だ。この窮地を抜ける手はある。
届かぬ事が分かりつつも、魏延に声を掛ける。
ふと、孔明の思考が魏延に通じた…ような気がした。表情が変わった。絶対の勝ち筋を理解したようだ。
相変わらずわかりやすい男だ。愛おしい。この孔明が救われる可能性ひとつ見えただけで、こうも希望に満ちた顔をしてくれるのだ。最期の最期まで……ありがたい事だ…。

言葉なき孔明は立ち上がる。

そうか、私は、私を呼んでいたのだな。この時、ほんの少し、自らの背を押してもらう、そのために。
この黄昏の迷宮から、皆で抜け出すために。

言葉なき孔明が決断の時を迎える。

魏延、菲妹、周瑜…どうか安らかに…。

そして、氷の蔦は砕け、虚空に消えた。あとにはただただ暗闇が残るのみ。


「お見事にございます。」
意識を戻すと間近に詩人の顔があった。
「…近い。」
不快な声を隠しもせず、黒羅の長袍を翻し、孔明は詩人から少し距離を取る。手足を縛める蔦がそのままだったら、この顔芸を甘んじて受ける必要があったかと思うと頭が痛くなる。孔明は自由になった手で額を軽く抑える。
ふと、詩人の手元が妙に明るい事に気づく。目を向けるとそれは…。
「公瑾!」
見た目は黄金に輝く光球だが、孔明には『わかった』。先程迷宮でまみえた、周瑜公瑾の魂魄である。
「詩人殿、貴殿…周瑜公瑾もそのまま自らの世界へ誘うつもりか。」
孔明は、鋭く尖った、それでいて澄んだ声で詩人に問う。
記憶を持ったままの転生は苦痛となるであろう。前世で心通わせた者に逢えず、さりとて前世の苦しみの記憶は残り続け、新たな身を苛む事になる。自らがそうなるだろう事を予感している孔明にとって、自ら以外にもその苦を課すは赦し難い行いであった。況して、対象が周瑜であるなら尚のこと。
あくまで最悪の事態ではある。だが、万一にも起こしたくない事態である。
孔明は詩人の一挙動一投足に細心の注意を払う。自らの身体の弱さはよくわかっている。策を弄するほど人も時もない。しかし、この詩人が記憶そのまま転生させようとするなら、それを止められるのは孔明のみである。己の口先でのみで戦わなければ、決して周瑜は取り戻せない。
詩人は問いに答える。
「はい。」
やはり…。果てたはずの心臓が胸打つ思いであった。
「この方も、稀有なまでの広き魂魄の持ち主ですので。ただし…」
緊張に満ちた空間で、しかし予想外の言葉が返ってくる。
「孔明様と違い、記憶はもう無いのでございます。」

…。

「えっ。」
「えっ。」
緊張が解けたのもあってか、間の抜けた自らの驚きの声が響く。間髪入れず、被せるように詩人も驚きの声をあげる。
「…記憶、そのままの方が、良かったんです?」
違うそこではない。真顔で時折斜め右上の返しをするこの詩人には、馬鹿にされているようで苛立つ。文明文化の違いであろうが、腹は立つ。煽り上手と言えばそうだが…。
苛立ちに荒れる心を抑え、短い会話を整理する。
「つまり、詩人殿は、周瑜を連れていく。しかし、彼は新たな運命の元に生きる事ができる、と。」
「左様で。ちなみに、通常はこの狭間の世に流れ着く前に己が形も何もかも無垢に成り果てるものでございます。この公瑾様のように。」
確かに、周瑜の魂魄は生前の美周郎を思わせる美しき金色を放っているが、姿形はただの球体である。言葉を発した様子も、生前の姿に変わる様子も無い。
「…済まなかった。」
「いえいえ。」
しかし、無垢の魂魄となるなら…。孔明は浮かんできた疑問を口にする。その答えが最悪の予想でない事を祈りつつ。
「今ひとつ確認したい。其方は周瑜の魂魄に造作を加え、行く先の世に送るつもりは、ないのだな。」
「魂魄に造作を加える行為は、そもそも私には許された能力の限界を超えてございます。それゆえ、今まで幾千もの流れ行く魂魄のほとりで、広い器の魂魄をひたすら待っているのでございます。」
「ふむ。」
「あるいは…。」
抑揚なく喋る彼の声にやや疲れの色が滲み、独り言のような口調で続ける。
「あの緋色の邪神なら、記憶の保護のほかに何か多少なら手を加える事も出来ましょうが、私にそのような権能は…。」
詩人は首を横に振る。
「あれは魂魄と肉体の一部を自らの彗星に乗せ、時代に合った言語能力を魂魄に植え付け、肉体の一部から在りし日の姿を復元し、何を思ったか渋谷に投げ込むなどしております。記憶を改竄せぬのは単に趣味の問題との事でしたゆえ…おや何か。」
なにやらものすごく疲れた表情を浮かべる孔明。
「その邪神とやら、なんとも……邪であるな…。」
渋谷が何を意味するかはわからぬが、能力の無駄遣いをして戯れているらしい事は察した孔明であった。
何処の誰かは知らぬが、斯様な悪戯をされても強く生きてくれ。
「まさしく貴方様も狙われて御座いましたゆえ肝を冷やす思いでございました。結局、此処とは異なる並行世界の孔明様を選ばれたので、事なきを得てございます。」
事なきなのか?いやそれより、まさかの気まぐれで犠牲になったのが孔明自身だったとは…。並行世界で関わりないとはいえ、いたたまれない。
「…私は、初めからこの姿形のまま此処に流れ着いていたのだな。おそらくは、詩人殿に護られて。」
「私も他意あって貴方様をここまでお連れしておりますゆえ、お気になさる事ではございません。」
「しかし…公瑾…。」
自らの、術の力とやらを頼ってくる者が誘う世界は、決して平和ではないだろう。周瑜の気性はどうあれ、争い多き世に周瑜を行かせるのはやはり気が乗らない。

ふと、詩人が公瑾の魂魄を手放す。

「このまま運んで行こうと思ってございましたが…。これほどまでに広き器の魂魄を、これ以上私の手に置いておくは魂魄摩耗の虞がございます。この狭間の世では、元の世に戻る事も、先の世に行く事も可能。公瑾様がお選びになるが良いかと。」

公瑾の魂魄は、ふよふよと流れるように孔明の肩を抜け、奥に消えていった。
その方角は…。
前も後ろも、全て暗黒に染まっている狭間の世であるが、公瑾が何処へ進んだか理解できた。
振り向き周瑜の消えた方へ目を遣る。ああ…周瑜公瑾。貴方は……。
「行く先の世でも諸葛亮孔明様との時を過ごしたいようでございますよ。来し方と違う形であっても。」
しかし孔明は心と違う言葉を口にする。不覚にも穏やかに緩んでしまった表情を隠すように。
「戯言を。あれは無垢の魂魄となっているのであろう?」
「記憶は無くなってございましょう。ですが…。僅かに想いが残っていたようでございます。」

詩人が両手をかざし、口の中で何かの呪を唱える。
魂魄の周りに星の粒のような輝きが現れ、そして、魂魄と共に輝きが消えた。

周瑜の向かった先を眺め、孔明は思う。
転生したとて、同じ場所、同じ時間軸にいるとは限らないのだ。何より、再び逢ったとして、周瑜はもはや周瑜ではない。全く知らぬ誰かになっているはずである。それでも、周瑜は共に歩める可能性に賭けてくれた。
今度は、共に歩む未来にしたいものだ。

思い出は総て来し方追憶の彼方へと置いていかれると良い。

孔明は柔らかな視線をそれに向け、来し方に自らの黒羅の長袍を、闇に向かって放り投げる。不意に風が吹き、闇の彼方へ長袍を運んでいく。劉備玄徳より賜った、己が生命ほどにも大切にしていた品を。
劉備玄徳様…やはり亮は、貴方をお慕いしております。ですが、もう、私は、漢丞相ではございませぬ。賜りました品、謹んでお返し申し上げます。

これもまた来し方の追憶。置いてゆこう。

「詩人殿。」
孔明は詩人に向かい、凛として姿勢をただす。美しい顔に微笑をたたえ。
「お誘いの儀、この諸葛亮孔明、お受けいたします。」
それいいね!
これくらいのやる気顔がかわいい。
というか、80%っていうのに気後れしている。
かたやゲーム、かたや小説の二次創作書きたいと思って書き始めたけど、本当に初めてで右も左もわからぬ…。kashi_wameさんのやる気に変化が起きました!華風の先1 かきかけワンクッション