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#BL
kattan3年前9月のお題参加! 「指でなぞる」より
WTの弧月師弟。BL要素ありご注意。
普段生息している垢では全く書かない好きなジャンルをここでは書けて楽しい。
このひとのかたちをなぞりたい。
 俺にはふいにそんな欲求が現れることがある。いや、現れるっていうか、湧いてくるっていうか。いや、あふれてくるっていうのかな。
 なぞりたい。たどりたい。それを俺が再現したい。他の誰にもさせたくない。俺がしたい。絶対にしたい。俺だけに許してほしい。


 このひとには明確なかたちがあるんだと思う。
 強くて、大人で、逞しい、頼もしい。俺たちのてっぺんに立って、最善の指揮を執る。ボーダーの本部長。
 何も肩書きがすごいからってわけじゃなくて、このひとは本当にすごいんだ。全体の状況を俯瞰して、的確に指示を出す。でも、現場で動く人間の直感とか判断が大事だってことも身をもって知ってるから、指示は出すが自分の判断でも動けなんていう指示を出すこともある。責任は俺がとるって、普通の人間にはおいそれと口に出せない言葉だよな。
 このひとの、明確なかたち。
 強くて、周りから尊敬とか信頼とかを集め放題に集めてて、やっぱり現場からの支持がいちばん高い。派閥のあれこれで全員から好意好感をもらってるわけじゃないだろうけど、それでも信頼は強い。だって、信頼できない人間なんかに命預けられるかよ。や、戦闘のときはトリオン体だからよっぽどのことがなきゃ死んだりはしないけど。でも、やっぱり俺たちは命を預けてるんだよ、このひとに。
 本部長で、ノーマルトリガー最強の男、なんて呼ばれてて。今はめったに現場なんて出ることないけど、一度出ればどんな敵にだって絶対に怯みもしないし、絶対に負けたりしない。なのにその時々が、俺のいないところばっかりで起こるんだから世の中は不公平だ。本気で戦う忍田さん、訓練のときだってもちろん真剣そのものだけど、やっぱり敵を前にしたときは、なんていうか、気迫が違う。俺が弟子になったばっかりの頃は一緒に現場に出ることもあったから、俺はいつまでもあの忍田さんを覚えてる。忘れられない。
 出会ったときからずっと俺の憧れで、目標で、だけどずっと敵わないまま。いつかは一本、誰にも文句言わせないくらいに鮮やかに取ってやるのが目標だけど、師匠であるこの人に言わせると一本程度じゃ駄目だ、ちゃんと勝ち越せるようになれって。勝ち誇った目で言うんだから嫌なひとだよ。
 や、大好きなんだけど。
 でも、そういう顔してみせるのは、負けず嫌いの俺がその方が闘志燃やすだろうからって思ってるからだ。『ぜってーいつか倒してやる!』っていうのは初めてこてんぱんにのされたときの俺の台詞で、忍田さんはそれを面白そうな顔して聞いて、それから『十年早い』って笑ったんだ。でも、なんでだかそのときの俺は、ああきっと俺はこのひととその十年を一緒に過ごすんだろうなって、そんな関係ないことを考えて、確信した。だって、どうせ一緒にいるなら強いひとがいい。俺はとにかく強くなりたくて、誰にも負けたくない。負けたくないからには強くならなきゃならなくて、だったら強いひとのそばにいていろんなことを盗めばいい。こうやって打ち合うだけでも学ぶことはたくさんあるんだ。打ち合ったところで全部いっぺんに吸収できるわけじゃないけど。でも、やっぱり俺の中の糧にはなる。何よりいちばん、俺の心が負けたくないって訴えるから。刺激は強い方がいい。
 結局俺はこのひとの弟子になることになって、全部全部盗んで奪ってやろうと思ってたのに。「最強の男」なんていう呼ばれ方すら俺のものにしようと思ってたのに。今でも奪い取れないどころか、俺の気持ちっていう全然別のものを奪っていってしまった。罪なひとだけど、本人に全く自覚がないから困るんだ。
 でも、弟子として懐に入れてもらうようになって、このひとの別のかたちも見えてきた。別に隠してるわけじゃないだろうけど、このひとが他には見せないかたちっていうのがある。外に見せるのとは違うかたちが、このひとにはあるんだ。
 案外、だらしないところがある。忙しさに負けて家の中は荒れたままなんていうのも結構あって、俺には隊室ちゃんと片付けろっていうくせに、自分の部屋は雑然としてるなんていうのもしょっちゅう。お前のところの混沌具合と一緒にするなって言うけど、いや、あれは結構なもんでしょ。
 自分でつくる割には料理は大雑把。いや、無頓着? 体が資本なんだから成長期の子どもはたくさん食べろって言うわりに、お互いの好物ばっかりで埋め尽くされる忍田さんの家のテーブルに俺はいっつもにやにやしてた。俺はわりとなんでも食べる方だと思うけど、好物頬張ってるときの俺の顔が好きなんだ、きっと。にこにこ微笑ましい顔で俺を眺めてる忍田さんの顔、俺の方だってこっそり眺めてるんだからな。
 酒には弱くて、すぐに真っ赤になって舟漕ぎ出すし。ボーダー最強の男が幹部最弱レベルってどういうことだよって、俺はそういう情けないところも好きだったりする。師弟揃って酒に弱いなんてなって林藤さんにはからかわれるけど、林藤さんと比べたらたいていの人間は弱いに分類されてしまう。そんなとこまで師匠の真似しなくていいんだぞって、何気に隊服のこと弄るのはやめてほしいんだけど。でも、同じだとか似てるとか言われるのは、うん、悪くない。このひとのかたちをなぞれてるって思えるから。
 このひとの、かたち。
 みんな、誰でも知ってるかたちももちろんだけど、それ以外の、俺だけが知ってるかたち。それを俺はなぞりたい。なぞって、もっと理解して、なぞり尽くして、俺のものにしてしまいたい。これから先もずっと俺だけが知ってるものとして。
 お前は俺の弟子なんだから好きに盗めばいいって、差し出してくれる以上のこのひとのすべてをなぞり尽くしたい。
「ねえ、忍田さん」
 なんだ、慶、って。俺にだけ見せる気安さとぞんざいさと、優しさと、あまさ。腕つかんでも振り払わないどころか耳傾けるために俺に寄せてくれる体、その全部をなぞりたい。ついと掴んだ腕をそのまま指で撫で上げたらどんな反応するだろう? どんな顔をするだろう? 驚く? 怒る? でも、不思議と嫌がって強張る顔は想像できないんだ。何ふざけてるんだって呆れ交じりに叱る顔は浮かぶけど。でも、もしかしたら、もっと違う反応だって見せてくれるかもしれない。俺がいつも素を見せてくれるこのひとにどきどきしてるみたいに、俺のことだってそう思ってくれるかもしれない。いや、まだ早いのかな。もっとこのひと近付けたら。もっとこのひとをなぞりきって、なぞるだけじゃなくて越えられるようになったら。
 本当に、この指先で。
 あなたをなぞり尽くしてもいいですか。