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sinzaka
12/28 2:56
#オリジナル
#ファンタジー
オリジナルファンタジーバトル小説 大地の女神の恵み巡り 「大食戦記 狩人のルフィルは今日もお腹をすかせている」 その2
はしりがき
12/28 2:56
一行目の行頭に空白を入れられない問題
雪山を走る。
傾斜角度はおよそ30度ほどの急斜面。それが土や岩でデコボコになり、更に白い雪が厚く降り積もって隠されている。常人ならば歩いて登るだけでケガをする環境だ。
が、そんな山をルフィルは走ることができる。次に踏み出す地面の状態くらいはおおむね感じ取れるし、仮に予想外の何があったとしても、その強靭な足腰とバランス感覚で修正して次の一歩を踏み出せる。
走り出してすぐ気づいたが、後ろに吊っている雪獅子が邪魔だ。もったいないので捨てるわけにもいかないので、紐を引いて引き寄せ、その身体を右手で脇に抱える。巨大な魔獣を引きずっても抱えても、ルフィルの足は鈍ることはない。
加速しながら斜めに下りながら走り、耳を澄ます。先程の声はおそらく年下の女の子のものだった。しかし、一度だけ聞こえた後は途切れている。
心音と呼吸音の判別に気を配るが、強く吹く風と雪の中ではなかなかうまくいかない。
ルフィルは耳よりも、目に頼ることにする。
目をこらしてだいたいの辺りをつけて、ルフィルは大きく地面を蹴った。
山を下りながら、跳躍する。
魔獣を抱えた女性のシルエットが吹雪の空を舞う。全身を吹雪混じりの風圧がなぜて冷やすが、彼女は顔色一つ変えずに目をこらした。
山の中に見えた出っ張り、恐らくは雪に隠された岩が高速で近づいてくる。いや、自分が近づいている。ルフィルは真っ白な風景にも距離感を見失わず、着地のタイミングを測った。
ルフィルのブーツの足先が岩に触れる。
岩は揺るぎもせず、巨大な獣を持つルフィルを受け止めた。
これならいけそうだ。
勢いのままに、ルフィルは硬い岩を蹴って、さらに高く跳んだ。
跳躍した岩から十メートルの高さまで上がり、周囲を見回す。強化した視覚が山の中の違和感を探した。先程は声を上げていた。だから、声の主はまだ雪に埋まりきってはいないはず。
その予想は正しかった。
落下するルフィルは、右方に雪に白く染められつつある黒い服と、橙の肌を見た。跳躍したルフィルの視界の中、それは通り過ぎていく。
十秒以上の滞空の後、ルフィルは着地する。今度は足を霊気で覆い、ふわりと着地した。雪煙ひとつ上がらない静かな着地。
すばやく踵を返し、先程見た人の姿へと走る。
いた。
ルフィルは走りよって抱えた雪獅子を落とし、すぐに屈んで雪を払い、その状態を見極める。
やはり少女だった。見た目としては十代後半だろう。うつぶせになって目を閉じている。黒い髪で、身長は150センチほど。なかなかかわいい。妹にしたい。
五体満足で出血はなし。疲労と寒さで倒れているらしかった。
「……?」
寒さで倒れている。
それも当然だ。彼女の服は布地が驚くほどに少ない。肩が出たインナーにマント、短めのスカート。まるで南国のような姿だった。
まあルフィルも長袖でロングスカートとはいえ、この雪山では彼女と大差ない姿ではあるのだけど、彼女は特段に頑丈なので大丈夫なのだった。
そして頭には頭頂がとんがった形の幅広帽子。この服装は魔術師の特徴……おそらくは戦闘系の術師だと予想できた。少ない布地でも魔力でガードができる服だ。ただ、それも攻撃された時に使うものであって、恒常的に続く寒さは防げないだろう。
自分のように身体を霊気でガードできる闘士でもないのに、水の大陸が生える大地の果て、そしてその前にそびえる最後の山からほど近い山の中で……この姿で?
なんとも不可思議な遭難者だった。
とはいえそんな疑問も一瞬、やることは変わらない。すぐにルフィルは処置に入る。
身体を仰向けにして、持ち上げる。
「起きて」
「…………」
声をかけながら顔をかるく叩く。
閉じた眉が動くが、開く気配はない。
とりあえず身体を温めて意識を戻す必要がある、とルフィルは考えた。
少女の身体を支えながら背負い袋を片手で下ろし、中に手をつっこむ。そして陶でできた灰色の小ビンを取り出す。赤い蓋をされていた。
ビンの首を掴んだまま指で蓋をはじきとばして開ける。
口元に近づけて飲ませようとして、ふと思い直す。
これは自分用の気付け酒だ。何も考えずに熱辛子と爆炎酒と各種の強力な薬草を配合してある。そのまま飲ませるのは薬効が強すぎるかもしれない。
「んっ」
迷わず自分で口をつける。半分ほど一息で飲むと、喉が強く焼けて数秒で身体が熱くなってきた。暑いから服を脱ぎたくなるほどだ。効果を確かめることもしていなかったけれど、飲ませなくてよかった。ショックで気絶してしまったかもしれない。
少女の身体を持ち上げ、雪の上に放り捨てた雪獅子の上に横たえる。まだ仕留めたばかりなので、雪の上よりは体温が奪われないはず。
そして、ルフィルは自由になった腕で、雪獅子の胸に空いた穴に手をつっこむ。
中に触れる柔らかい感触。これだ。解術を発動し、血管と筋肉を切り離す。
つっこんだ手を穴から戻し、ひきずりだしたのは……中心に大穴を開けた赤い臓器。雪獅子の心臓だ。
魔獣の心臓は栄養と霊気に満ちた食材なのだ。
とはいえ念のために……ルフィルは自分で軽くかぶりついてみる。口の周りを血で汚しながらもぐもぐと咀嚼。
「うん、おいしい」
毒もない。
そのまま心臓を気付け酒の小ビンの上に掲げ……強く握る。
同時に解術を発動。握りしめた心臓が分解されつつ絞られ、肉と血が混合された液体となってビンに注がれる。
半分に減っていた気付け酒が、赤くそまりながら元の量に。
衰弱した人間にはとりあえず良い肉を食べさせる。狩人の応急処置の基本のひとつだ。
残った心臓をもうひとかじりしてから雪獅子の中に戻し、解術で再び血を洗い落としたあと、少女の上体を支え起こして口元にビンを近づける。
「さあ、飲んで」
「…………」
反応がない。
仕方ないので、ビンを持ったまま指を少女の口につっこみ、顎を開けさせる。そして小瓶の口を。
「えいっ」
「…………!」
胃の奥まで酒を注ぎ込まれた少女の反応は劇的だった。
半分どころか一割ほど飲んだだけで目を大きく見開き、盛大にむせる。
「ごほっ、ごぼ、ごはげほっ!!」
真っ赤な液体を撒き散らしながら咳をする姿は、まるで末期の死病に侵された姿にすら見えたが、実際はその逆、注ぎ込まれた酒と肉の薬効が少女の身体を賦活していた。
しばらく咳をさせるままにしておいて、ルフィルは様子を見る。
やがて少女は白黒させていた目を、ルフィルの側に向けた。震えながら口を開いた。
「あ、の……いま、毒を飲ませた……?」
「これは薬だから大丈夫。もっと飲んで」
口に小ビンの口を近づける。少女はいやそうな顔をしたが、諦めたように口を開ける。ゆっくりと気付け酒と心臓のカクテルを、嚥下していく。
さらに二割ほど飲むと、効果はすぐに出たようだった。少女の顔が生気を取り戻して、身体をみじろぎさせる。
そこで少女が苦しそうな顔をしたので、ふたたび小瓶を口から離す。少女はかすれた声で感想を述べる。
「辛くて苦いだけだと思ってたんですけど生臭さもあるし、でもその中にうまみ? が……」
「いいお肉を使ってるからね」
ルフィルがにっこりと笑う。透明で純真な笑顔。少女もつられたように、少しひきつった笑顔を浮かべる。
彼女の身体は少しだけ回復した。とはいえこの効果は一時的なもの。気付け酒の薬効、そして雪獅子の心臓の霊気と栄養が、死にかけた彼女を永らえさせているにすぎない。暖かい場所に運んで、できればしっかりとプロに治療してもらう必要がある。ルフィルにできるのは応急処置だけだ。ビバークやキャンプを行って治療することもできなくはないが、それよりは山を走って降り医者の元に飛び込んだほうが早い。
ルフィルは小ビンを雪の上に置く。本当は全部飲んでほしかったが、それは難しそうだった。彼女の弱った身体は、十分な霊気食を行える状態ではないようだから。
「いま、ふもとまで運んであげるから」
ルフィルは少女の身体を持ち上げようとして……気づいた。
襲撃の気配。
つづく
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