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はじめてみたいのでテスト むかしにかいたやつ
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#オリジナル
むかしのやつ
はしりがき
1/14 1:34
ぼくだけがなりそこない
少女屋
*
「遺影、撮ってくれん？」
「え？」
ぼくが放課後のチャイムが鳴ると同時に、山田このは――ぼくの親友――の机に押しかけると、案の定このははきょとんとした顔でぼくの発言の意図を必死に探っていた。あぁ、かわいい。愚かで。
「ほら、一眼持ってきてん先生には内緒なんやから。それに、教室で撮ってもつまらんもん。はよ帰り支度せえや」
「え、ちょっ、うわ本当に持ってきてん」
「はやくはやく」
ぼくが手を叩いて急かすとやさしいこのはは本当にぱたぱたと急いでノートや教科書を鞄の中に詰めて、「このはちゃーん、日直！」とクラスメイトに声を掛けられるまで日直の仕事も忘れてわたわたとしていた。
「あ、日直……」
「ん、これ持ってて」
ぼくは一眼レフの入った大きな手提げだけこのはに渡すと、このはを呼んだクラスメイトに声を掛けた。
「このは日直やの？ ぼくが代わるわ」
「あ……加藤さん。じゃあ、日誌のほう書いてもらえる？ わたしはチョークの替え、補充してくるから」
「チョークの替えのほうが職員室まで行かなきゃいけないぶん大変でしょ。確か、県大会控えてるんだっけ？ 先にこのはの名前で日誌にサインしとくから、残りだけ埋めてもらえればええよ」
「あ……い、いいの？ わたしは助かるけど、加藤さんが……」
「いいのいいの。んじゃ、ぼく行ってくるから」
「あ、ありがとう……」
少しくすぐったそうに彼女は笑って、それから大急ぎで日誌の空欄に殴り書いていった。
偽善だな、と自分でも思った。
そもそもぼくは、この子の名前も知らないのに。
**
ぼくが適当に職員室でチョークを補充していると、後ろから「半分持つよ」と声が聞こえた。このはだった。
「大した量じゃないよ」
「うん。でも、これ、ほんとは私の仕事だから」
「ん、じゃあお言葉に甘えて」
「ありがとう」
「なんでこのはがお礼言うん」
そういう、どうでもいいやりとりをしながらぼくたちは日直の仕事を終えて、先生たちが巡回していない山道を通って一眼レフを出した。
ほらシャッターチャンス、遺影でイエーイ。
なんて、面白くもなんともないピースサインでぼくは笑った。
このははちっとも笑わなかった。
「……死ぬ予定でもあるん？」
「ないけど、人間いつ死ぬかなんて誰にもわからないじゃん」
「それはそうだけど」
「死ぬことって、特別なことだよね。結婚はさぁ、何回でもできるやん。ガキをこさえるのもおんなじ。だから一生に一度の遺影の調達をしよう。そう思い立ったとき、すぐに動かないといけないけど、適当に済ませちゃ駄目だよね」
「それはそうだけど」
このははさっきから同じ言葉しか返してない。まるで鸚鵡にでもなったかのようだ。
「だからぼくは、ぼくが死んじゃったときの写真はこのはに撮ってほしいと思ったの」
***
ぜんまいを巻いたらやさしくする。逆さまに巻いたらそっと引く。ぼくはそういうお人形。
ねぇこのは。このははお人形を捨てるときどうする？ やさしいこのはのことだから、人のかたちをしたものを捨てるなんてできないかもしれないね。それでも親に言われた大掃除とか、 引っ越しとか、そういう、どうしようもない事情で捨てなきゃいけなくなったとしたら？ このはは、お人形のお葬式をあげてあげる？
「ねぇ、結局、どないしていきなり遺影を撮るとか言い出したん？」
「このはは、お人形のお葬式をあげてあげる？」
「え？」
「あげないか。このはには、ほかにもっと大切にしてあげなくちゃいけないきれいなお人形があるもんね」
「何考えてるか知らんけど」
さぁ、と気持ちのいい風が吹いた。心地のいい冷たさに、もう秋だなぁとどうでもいいことを考える。
「私はあなたの葬式では泣くよ」
はは。どうだか。
ぼくの笑ったふりをこのはがどう感じたのかは分からない。けれど、学校の帰り道、スカーフを風に飛ばしてぱしゃぱしゃと撮られているのは気持ちがよかった。
「あ、スカーフ！」
「いいよべつに。なくなったら、妹の使えばいい」
「そんなことできないくせに。りこはいいお姉ちゃんだから」
はは、どうだか。
ぜんまいを巻いたらやさしくする。逆さまに巻いたらそっと引く。ぼくはそういう、かなしいかなしいお人形。
****
「これとか、綺麗に撮れてない？ ほら、スカーフをわざと飛ばしてるところ」
「そう、かな……ふふ。あっ、これはどう？ スカートがくるくる舞って、バレリーナみたいやろ」
「えー、バレリーナみたいな遺影ってどうよ。なんか浮いちゃわない？ や、幽霊になったら自然と浮くけどそういう話じゃなくて」
「それを言ったらスカーフを飛ばしてる遺影も浮かれすぎてて駄目なんよ」
それもそっか、どっちもどっちか。とぼくたちは笑い合った。やっぱり遺影を決めるって親友とするに限るね。遺影でイエーイ。それをそのまま伝えたらこのははものすごく微妙な顔をしたけど。
「こういうの、恋人とかとアルバム作りかなにかで盛り上がったら楽しいんじゃないん。何が悲しくて花の十代の遺影選びなんかしてんだろ私たち。私冷静になったらすごい悲しくなってきちゃった」
「恋人ねぇ。ぼく、男の身体に生まれたかったな。ううん違う、来世は男に生まれて、それをあたりまえみたいに踏みつけて生きていきたいな」
「あ、そっちに注目するん？ いや別にええけど」
「ん、でもぼくは女の子だからさ。どうせ男と付き合って、そういうこととかして、たぶんそれを受け入れるんだろうな。それが今のぼくにとっては、すごくいや」
「……じゃあ、女の子とそういうことしたいの？」
「そういうん、違くて。ただ、いつかぼくの内臓に男を入れなあかんこと。それが気持ち悪いなって思っただけ」
*****
帰り道。私は大きなさかなの骨が喉につっかえたように上手くしゃべれなかった。
りこにとってはどうでもよくても、私にとっては金の砂。そういう時間が、無為に流れてゆく気がした。
たぶん、「受け入れるんだろうな」が、すごく刺さってる。きっと、すごく。
ねぇ、いつか私のものじゃなくなるりこ。ぜんぶ私のものになって。ほかには何もいらない。ぜんぶ私のものになって。ぜんぶじゃないなら欠片もいらない。
ぜんぶ私のものになって。ほかには何にもいらない。
ぜんぶ私のものになって。
このはのまなざしは幾千万もの言の葉になってぼくに突き刺さっていた。ずうっと、ずっと。
助けてあげたいと、思う。ぼくがそっと頬に指を添えて、「どうしたの」って頬を赤らめるこのはを無視して、耳元で愛でも嘘でも囁いてあげれば、このはは満たされるんだろう。
けど、しない。してあげない。
だってそんなのまがいものでしょ。同情で囁かれる愛だの恋だのって、どうせ噓でしょ。最後にねたばらしをするとき、「お前がかわいそうだからぼくは愛してあげてたんだ」って言ったら、ぼくの臓物が潰れた柘榴みたいに撒き散らされるでしょ。ところで柘榴の味って人肉と似てるらしいけど、ほんとかな。どうだっていいね、どっちだって。あはは。
かわいそうでかわいいでしょ、ぼくのこと。
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