こそフォロ タイムライン フォローリスト ジャンル すべて 男性向け 女性向け その他一般
フォローする rinsagiri @rinsagiri
今日の変心イベ本原稿進捗。だいぶたのしい(まだ推敲はしてないから色々アレかもしれないけど)不毛の荒野を前にして、蘇るのは過去の苦い記憶だ。
 誰かの声が、名前を呼ぶ。
 意識は朦朧として、視界は霞み、刺すように頭が痛む。
 ーー行かなきゃならねェ場所がある。
 ずっと、そんな気がしていた。何か大切なものを奪われ置き去りにしたまま、世界に放り出されたような感覚。激しい戦火に飲まれた跡の残る荒野を踏み締めて、ふらふらと惑うように。どうしてか酷く懐かしさを感じる場所を歩み続け、記憶の欠片を拾い集める。バラバラになった一枚絵を繋ぎ合わせるように。胸の内、魂の奥に眠る記憶を呼び起こしながら。
 遠い記憶の向こう側で、賑やかに笑い、手を振る懐かしい顔。戦果を誇り、自分を慕う、部下の声。
 ーーああ、そうだ。
 固く閉じられた扉に鍵を無理矢理差し込みこじ開けるように、記憶の断片が洪水のように頭の中に流れ込んでくる。
 自分が大人しく投降する代わりに部下は見逃せと。あの時、チェルノボグは懲罰局のメギドに向けてそう要求した。それはきちんと守られたのだ。そして、部下たちはチェルノボグが自由になって戻ってくるのをずっとここで待っていた、はずだ。
 けれど、彼らは何故かこちら側に近寄ろうとせず、ただ大声を上げてチェルノボグに向けて手を振るだけだ。
「何やってんだお前ら、さっさとこっちに来い!」
 そう口にした声は、「今」の自分よりも随分と若い。目を瞬かせ、違和感に首を捻る。加齢による節々の痛みはなく、身体は羽根のように軽い。湧き出るように力に満ちている。戸惑いながら、確かめるように呟く。自身の名は、チェルノボグ。そして、目の前で手を振る彼らは、自分の軍団のかわいい部下たちだ。
「軍団長」と、感極まった声で、何故か泣きそうな顔をしてこちらを見つめる彼らに、「何だお前ら、情けねェ面しやがって」と苦々しい声で応える。
「さっさとついて来い! 次の戦争だ!」
 けれど、誰ひとりとして呼びかけには応えず、こちらへと駆け寄って来ない。チェルノボグは怪訝そうに眉を顰める。そうして、ひとりひとりの名を大声で呼んだ。
「ガーディ! ニーガス! ラギル!」
 だが、彼らは泣きそうに顔を歪め俯いたまま、一向に歩み出そうとしない。誰の名前を呼ぼうと同じ。まるで、チェルノボグとは一緒に行けないと、全身で強い拒絶を示しているようだった。
「……アロケル!」
 苛立ち混じりの声で、痺れを切らしたチェルノボグは自身が副長に任命したメギドの名を呼んだ。
 そうして、ほんの少し離れたところに佇む、眠たげな顔がこちらを振り返って渋い顔をする。困ったように眉尻を下げ、溜息混じりに一言。音はこちらまで届いて来なかったが、「しょうがないですねえ」と。確かにそう呟いたように見えた。そうしてその青年は、ほんの少しだけ首を後ろに捻り、寂しげな笑みを仲間たちに向けた後、「行ってきます」と告げたようだった。
 
 硬いブーツで乾いた土を踏み締め、何処か重たい足取りでてくてくとこちらに歩み寄り、ひらひらと風にフードを揺らしながら。そうして彼は、チェルノボグの顔を真っ直ぐに見据えて、閉じられていた瞼をうっすらと開いた。
 そうしてアロケルは、目を細めてふっと微笑む。銀の煌めきを放つ髪と、黒衣をふわりとそよがせて。至極自然に、それが当たり前であるかのように、チェルノボグの右側に並ぶ。そこが、自分の定位置なのだと言わんばかりに。けれど、最低限の義務感に従ってやっているのだという気持ちを隠しもせず。頭の後ろで両腕を組み、気が抜けるような呑気な声で、チェルノボグを見上げてこう言うのだ。
「さ、今から何処に行くんですか? 皆さんは行けないって言うし、暇で暇でしょうがないし、じっとしてるのも飽きちゃったし、仕方ないから付き合ってあげますよ。……だって、もうボクしかいないんだから」
 からりと乾いた明るい声の中に、ほんの少しだけ滲む感情。伏せた瞼の奥の瞳に映っている光景が何なのか。何ひとつ語らずとも、チェルノボグには分かるような気がした。
 視線の先には、もう誰の姿もない。騒々しい仲間たちの姿は、溶けるように消えていた。恐らくは、一足先に彼の世界へと向かったのだ。ひとり残ったアロケルは、感情の見えないいつもの笑顔でメギドラルの赤い空を見上げている。それを横目で眺めた後、逃げるように空へ視線を移し、チェルノボグは強く拳を握り締めた。
 記憶にあるよりもほんの少しだけ、低い位置。幼さを感じさせる顔つき、声変わり前のような高い声。もう、その必要もないのに隣に並び立ち、共に歩もうとでも言いたげに、何を言うでも、促すでもなく、ただ自然にそこに在る。
 ーーああ、これは、あまりにも。
 胸につかえた想いが、喉を詰まらせる。ゆっくりと吐き出す呼吸は、宙にそっと溶け入り、消える。溶けずに残る後悔と、降り積もる罪悪感。
 背負わせたものの重たさに。投げ出すことなくそれを良しとした、怠け者に似合わない律儀さに。何かひとつでも、報いてやりたい。どうしようもなく、そう思う。だが、恐らくそれは求められてはいないのだろう。傍らに立つ少年の姿をした副長は、凍えた雪を溶かす、春の陽気のように緩んだ笑顔を浮かべながら、首を傾げている。
「……付き合わせて、悪かったな」
「……何のことですか?」
 泣き出しそうに曇る暗い空にぽつりと落ちる、雨粒のような謝罪。
 それを受けて、怪訝そうに眉を顰め、不思議そうにこちらを見上げるアロケルは、小さく口を開いて、何でもないことのように尋ねる。けれど、それ以上を求めることなく前を向く。ありのままを受け入れて、さらりと流す。怠惰で、ゆるやかな許容。懐かしいその態度のその心地よさに、チェルノボグは目を細める。
 踏み出す足の歩調に合わせて、隣に並ぶアロケルが付いてくる。それが当たり前であるかのように。並んだ足跡は、いつか何処かで途切れ、分かれていくのだろう。共にあることなく、反対へ向かうこともあるのかもしれない。けれど今は、進む道は同じ場所へと続いている。
応援してる!
今日は結構頑張ってるんですよ褒めてください!!という変心イベ本の進捗かつての部下との再会は、七十年ぶりということになる。左右に跳ねた癖の強いふわふわとした銀の髪、常に弧を描く緩んだ口元。瞼の奥に隠されて普段は見えない糸のように細い目の色は、あの頃と同じ、鮮やかな紅水晶の原石の色。丸みを帯びたふっくらとした頬は血色が良く、記憶よりもずっと幼く見えるのは、ヴィータとして転生した身体が十六の少年であるせいか、それとも自分が老いたせいか。あるいは両方かもしれない。転生した先の姿は、かつてメギドであった時のヴィータ体と驚くほどよく似ている。魂が似た器に引き寄せられるということなのか、どういう仕組みなのか詳しいことは分からないが、追放メギドの容姿とは、そういうものであるらしい。今は老いた身ではあるが、若い頃の自身の姿を思い返してみれば、確かにメギドラルに居た頃に取っていたヴィータ体によく似ていた。軍団長をしていた全盛期の姿と、転生して年を経た老人の姿は記憶とかけ離れていたようで、アロケルはすぐには気づかなかったようだ。若い頃に出会えていれば、互いにもっと早く気づいていたのだろうか。もっと早くに記憶を取り戻すこともあったのだろうか。ふと、そんな風に考えて、チェルノボグは苦笑を浮かべながら首を横に振る。ありえない仮定の話だ。チェルノボグがかつてのような若い姿であった頃、アロケルはまだこの世界に転生していなかった。だから、どうしたって出会えたはずがないのだから。
 それでも、どうしても後悔めいた気持ちが浮かぶのを止められなかった。再会をしてからずっと、チェルノボグの心の中には何か重たいものが引っかかったままだ。
 ーー不自然な五十年の空白。ヴィータとしては決して短いとは言えないその時間。
 今、自分の目の前にいる少年の面差しは、以前に比べてやや幼さを感じさせながらも、かつて右腕を任せた副長のものと相違ない。緩んだ空気も、間伸びした喋り方も、たまに覗かせる鋭く剣呑な気配も持ち合わせながら、それでもあの頃と全てが同じではない。それが、何故か心をざわつかせる。年を重ねた分、情に脆くなったせいか。軍団を束ねる長でありながら、誰ひとりとして部下を救えなかった負い目のせいか。それとも、自由気儘に生きることを望む怠け者に、復讐なんて似合わないことに時間を費やさせた挙句、追放に追いやってしまった取り返しのつかない自身の罪深さに対する後悔か。
 詫びたところで、アロケルは心底面倒臭そうに目を細め、「何でもかんでも自分のせいにして……あなたっていつもそうだ」と、切り捨てるような冷たさを伴うくせに、呆れたように、拗ねたような顔をして言うのだろう。
 ここに至るまでに何があったと問い詰めようとも、のらりくらりと肝心なところははぐらかし、黙して語らぬ追放までの経緯。埋めようのない断絶が、そこにある。
 あなたの罪ではないと、キッパリと言ってのけ、こちらの差し出すものは何も受け取ろうとはしない。手を離すのが、正解なのだろう。そうしてやるべきだ。自身の率いていた軍団はもうない。互いを示す役割は、軍団長でも、副長でもない。もうこれ以上、付き合わせる必要はないはずだ。
 
 戦闘中だというのに、まるでうたた寝でもしているようにふらふらとアロケルの背中が揺らぐ。剣を右手に持ったまま、アロケルは呑気な欠伸をひとつして、左手を口元に当てる。
「アロケル! よそ見をしてんじゃねェ!!」
 仕込み杖から剣を抜き放ち、背後から忍び寄る幻獣を切り伏せながら、チェルノボグが叫ぶ。振り返ったアロケルは緩んだ笑みを口元に浮かべたまま、「ありがとうございます」と悪びれなく礼を言った。どさりと倒れる幻獣の死体を一瞥し、そうして自分の頬に付着した血飛沫を手袋をした指先で拭う。
「わあ、結構汚れちゃったなあ」
 不服そうに渋い顔をしたアロケルは黒いフードを引っ張って、「はあ、落ちるかなあこれ。思ったより派手に被っちゃったし、べったりくっついてて……アミーさんに怒られるのボクなんですよ?」と幼い子供のように唇を尖らせる。
 アジトで洗濯や裁縫、料理番を買って出ている働き者の赤毛の少女の姿を思い浮かべつつ、「叱られるのが嫌なら自分でやりゃあいいじゃねェか」とチェルノボグが返すと、「嫌ですよ。ボク、出来るだけ楽をしたいので! 当番じゃない時はゆっくり寝ていたいです」と間髪入れずに減らず口が返ってくる。
 皺だらけの顔を更に歪め、チェルノボグは溜息を吐く。戦闘の最中に交わすには、あまりにも緊張感のないやり取りだ。
「大体、気配に気づいてたんなら自分でやれ、ヒヤヒヤさせんじゃねェよ」
「ええ〜……面倒臭いじゃないですか。大した敵でもなかったし、他にやってくれる人がいるんなら任せたほうが楽だし」
「……っとにお前は……変わらねェなあ、そういうとこは」
 劣勢にならなければ手を抜く悪癖は相変わらずのようだ。口元に浮かべた苦い笑みを誤魔化すように、チェルノボグは顎の下の髭に手を当てる。
rinsagiriさんのやる気に変化が起きました!
ロノアロ本の進捗(はちゃめちゃに雑なお約束の導入をしている、いかがわしい話の前振りの続き)「はー……あったかくて気持ち良いですねえ」
 湯船の中に浸かっているアロケルは、気の抜けそうな声を上げている。その呑気な様子はいつものアロケルだ。安心したように、ロノウェも身体をお湯に浸ける。部屋に用意されているバスタブよりも、共同浴場は広いので身体を伸ばしやすい。十八歳という年齢になっても、未だ成長を続けるヴィータ体ではだんだんと窮屈になって来たところだ。
(そういえば、年齢は二つ違いだが……身長はほとんど同じくらいなんだよな)
 纏う空気がふわふわしているせいか、普段はあまり意識することが少ないが、アロケルも年頃の少年らしくそこそこ身長がある。ロノウェの方がやや高いものの、成長次第によっては追い越される可能性もあるだろう。何となく、想像がつかないが。
 そんなことをぼんやりと考えながら湯に浸かっている間も、アロケルはやけに大人しい。カラスの行水よろしくさっさと上がっていくのかと思ったが、身体は湯船に沈んだままだ。身体の半分……いや、顔の半分くらいがお湯の中に消えている。俯き加減のアロケルの頭はこくりこくりと上下左右に揺れていてーーいや、待て!? これ、まさか寝てるんじゃないだろうな!? とその可能性に思い至った瞬間だった。バシャン、と盛大な音を立ててアロケルの身体がお湯の中に沈む。
「おい! アロケル!」
 返事はなかった。お湯の中に沈んだ身体を引っ張り上げ、肩を貸して必死に湯船からアロケルを連れ出す。ぐったりと力の抜けた身体は重たく、いくらロノウェに力があろうとも決して容易ではない。それでも、何とかロノウェは共同浴場から彼を連れ出し、長椅子に寝かせた。湯上がりの肌は赤く色づいており、いつものようにただうたた寝しているだけのように見えるが、意識は戻らない。溺れてお湯を飲んだのか、のぼせて意識が朦朧としているだけなのか、素人には大丈夫だという判断がつかなかった。とりあえず、のぼせたのが原因ならば冷やした方がいいだろうと水に濡らしたタオルを絞り、身体に当てる。
 恐る恐る頬に触れると、ゆるゆると重たい瞼が持ち上がり、「……あれ?」という小さな声がアロケルの唇からこぼれ落ちた。
「大丈夫か? 気分は悪くないか?」
「あー……寝て、ました。あったかくて、気持ちが良かったので、気が抜けて……すやっと。たまにやっちゃうんですよねえ」
 ふわあ、と欠伸をこぼしながら、アロケルは目を細めてへにゃりと笑った。ロノウェは肩を落とし、長い息を吐く。
「大丈夫なら、良かった」
 辛うじて絞り出せた言葉は本心からのものだ。
「でも、心臓に悪いから風呂の中で寝落ちするのはやめてくれ」
「アハハ! 心配かけてすみませんでした〜」
 本当に反省しているのか疑いたくなるような軽い態度だった。気をつけるという言葉もないため、また同じことを繰り返す可能性が高い。けれど、小言を述べてもサラリと流されるのは簡単に予想がつく。次があれば気にかけておこう、くらいで済ませておく方が精神衛生上良い。
 のろのろと身体を起こしたアロケルは、若干まだふらついている。眠そうにフラフラと身体が傾いているのはいつものことではあるが、危なっかしい。まるで小さな子供を扱うみたいに、濡れた髪や背中を拭うなど、頼まれてもいないのに思わず世話を焼いてしまった。アロケルはというと、「わあ、ありがとうございます。自分でやらなくていいなんて、楽でいいですね〜」と、ふざけたような台詞を吐く。自堕落にも程があるだろう。呆れながらも、今日だけ、今だけと言い聞かせながら手早く作業を終わらせる。自分を後回しにした分、少し身体が冷えてしまった。ロノウェが自分の髪と身体を拭いていると、アロケルは着替えもせずにその様子をじっと見つめている。
「どうした?」
 緑の目を瞬かせ、困惑しつつロノウェが尋ねる。
「いえ、ロノウェさん、髪の毛が下りてると随分印象が変わるんだなあって」
「そうか?」
 いつもは前髪を上げて後ろに流し、額を見せるオールバックの髪型だが、風呂上がりは前に下りてくる。前髪があるかないかで多少与える印象は変わるとは思うが、そこまで違うものだろうか。
「結構違いますよ。それに、髪の毛のクセもなくて、楽そうでいいなあ。ボクの髪、あちこち跳ねちゃって面倒なんですよ」
「確かに、アロケルの髪は結構ボリュームがあるよな」
 そんなやり取りをしながら着替えを終えて、二人は共同浴場を後にする。
「何だかいつも以上にフラフラしてるけど、本当に大丈夫か?」
「大丈夫ですよ〜。お風呂上がりで眠いだけです! 喉が渇いたので何か飲みませんか?」
「ああ、いいよ」
 さっき溺れかけたアロケルをひとりで行かせるのは気になるし、ロノウェ自身も喉が渇いているから、付き合うのも問題ない。
 辿り着いた食堂の中をぐるりと見渡してみれば、やけに静かだった。誰か人がいるかと思ったが、生憎みんな出払っているようだ。食事の時間はとっくに過ぎているので当たり前かもしれないが、いつもなら酒を飲みに集まっている面子が一人や二人いるのだが、それも見当たらない。
 ーーまあ、そんな日もあるか。
 視線を前に向けたその時だ。
「ロノウェさん?」
 不思議そうに小首を傾げたアロケルが、ロノウェの顔を覗き込んだ。かと思えば力強く親指を立て、ロノウェに向けて得意げにウィンクを送る。
「もらっちゃいました〜! ロノウェさんもよければどうぞ!」
 アロケルは腕の中に抱え込んだ飲み物の小さなボトルを差し出し、にっこり微笑む。
「あ、ああ。ありがとう」
 ボトルを手渡され、思わず受け取る。ラベルには何の記載もない。よっぽど喉が渇いていたのか、アロケルは既に蓋を開けて、勢い良く中身を飲み干していた。ロノウェも釣られるように中身を口にする。
「ん……? 何だ、これ……? 妙な味……じゃないか?」
「そうですか?」
 きょとんとした顔のアロケルは、平然と飲み物を口にしている。先程までは気づかなかったが、喉の奥に残る液体の味はやけに甘ったるく、まるで薬みたいな匂いがする。ジュースかと思って口にしたが、果実の味はまったくしない。
「アロケル、さっきもらったって言ってたけど、これ、一体誰からだ? おかしなものじゃないよな?」
 浮かぶ疑念、よぎる不安。今更どうにもならないが、持っていたラベルをテーブルの上に戻した。頬を引き攣らせつつ、悪い予感を振り払おうと、ロノウェは笑みを取り繕いながら尋ねる。だが、満面の笑みを浮かべるアロケルは、ロノウェの不安を吹き飛ばすどころか、「……さあ?」と不穏な爆弾を更に落とした。
「さあ?って、おい! 何で疑問系なんだ!?」
 焦るロノウェは思わずアロケルの両肩を乱暴に掴む。
「テーブルの上に置いてあったので勝手にもらっちゃいました! 誰のものかなんて書いてなかったし、食堂に置いてあるんだから悪いものじゃないですよ多分! アハハ!」
「怪しさしかないだろう!? ちょっとは疑ってくれ! 何故躊躇いなく飲んだんだ、そして何故それを俺に飲ませようとした?!」
 掴まれた肩ごとゆさゆさと上下左右に身体を揺さぶられながら、アロケルは能天気に笑っている。
「それだけ騒げるんですから問題ないですよ、きっと! おかしなところもないでしょ? さっさと部屋に戻って寝ません……」
「あれ? 君たち、もしかしてここに置いてあったボトルの中身、飲んじゃったのかい!?」
 部屋に戻って寝ようと言いかけたアロケルの言葉は、途中で横合いから割り込んで来た大きな声に遮られた。何故かやけに嬉しそうに思える声だった。嫌な予感がして振り返ると、そこには黄金郷の原石の輝きに似た髪色の青年が立っている。髪と同じ色の瞳は好奇心旺盛に輝いていて、身を乗り出さんばかりにこちらへと真っ直ぐに近づいてくる。
「……アンドラス、もしかして、これは」
 アロケルの肩から手を離したロノウェは、テーブルの上からボトルを持ち上げて、恐る恐るアンドラスに見せる。
「ああ、やっぱりだ! 丁度良かった、被験体を探す手間が省けたよ。協力ありがとう! 後で経過を観察させて欲しいな」
 満面の笑み、恍惚とした表情。そんなものを前にして、中身が何か、などとは恐ろしくて聞けそうになかった。「どうしてよりにもよってこの医者の持ち物に手を出したんだ!?」と叫び出しそうな気分だったが、ロノウェは頭を抱えたまま言葉を必死に飲み込む。
「あれ? もしかしてこれ、飲んだらヤバいヤツでした? アハハ!」 
「笑って誤魔化そうとしても遅いからな!?」
 一切の反省の色なく、アロケルが能天気な笑い声を上げる。鋭いツッコミを間髪入れずに叩き込み、ロノウェが叫んだ。思案するように顎に指を当てる、アンドラスはにこやかに微笑みを浮かべたままだ。
「いや、それがさ、まだ分からないんだよね」
 そして、アンドラスは大変にこやかな笑みを崩さないまま、両手を広げてこう言った。
「……分からない?」
「うん、それ、最近王都でばら撒かれてる、出自も効果も定かでない怪しい薬らしいんだよね。成分分析して欲しいって言われてさっき預かったばかりで、まだ何にも解析出来てないんだ。やったね! 君たちが最初の被験体だよ。気分はどうかな? 気持ち悪かったり、変な感じはしない? 身体に違和感とかあったらすぐに教えて欲しいし、出来れば解剖させて欲しいな!」
「うわあ」
 さすがに能天気なアロケルも、ここに来て事態の重さをようやく理解したのか、嫌そうな顔をして後ずさった。しかも、ちゃっかりロノウェを盾にして、その後ろに隠れようとしている。
「最悪じゃないか……何でそんな危険で怪しいものをこんなところに置いたんだよ……」
「臨床試験をしてみたかったんだけど、自分で飲んで試すだけじゃ詳細なデータが取れないし、状態によっては経過観察・記録も難しくなるかもしれないからどうしようかと考えてたとこだったんだ。食堂の目につく場所に置いておいたら、あわよくば誰かが酒やジュースと間違えて飲んでくれないかなあ……って思ったわけではないよ? 単純にただの置き忘れさ」
「本当か?」
 どうにも冗談に聞こえない。理由がどうあれ、どちらにしろ迷惑極まりなかった。
「どっちでもいいじゃないですか。飲んじゃったものは仕方ありませんし。……ふわあ、とりあえず眠いんで、ボクは部屋に戻って寝ます」
 重たそうな瞼を擦り、アロケルは大きな欠伸をしながらそう言った。アロケルの顔をじろじろと見回すアンドラスは、露骨にガッカリした顔をしている。
「あれ、本当に何ともなさそうだね? 飲んだ量が少なかったとか、アロケルに耐性があって効果がないとかなのかな? うーん、気になるなあ。経過を観察したいから、寝るなら二人とも医務室のベッドにして欲しいんだけど……」
「あそこ、薬臭いから嫌です。ボクは気持ち良く寝たいので」
「待て、そっちはキミの部屋の方向じゃないぞ! 本当に大丈夫なのか?」
 ふらふらとした足取りで歩き出そうとするアロケルの向かう方向は、自室とは真逆だ。
「……? 合ってますよ、ロノウェさんの部屋。こっちですよね?」
「……まだ俺のベッドを占領するつもりだったのか」
 風呂に入るまでのやり取りで有耶無耶になって諦めてくれるの期待していたが、そう上手くはいかなかったようだ。ロノウェは肩を落とし、項垂れる。
「やだなあ、さっきベッドで寝ていいって言ってたじゃないですか、ボクは自分に都合の良いことは忘れませんよ!」
「忘れてくれ頼むから」
 親指を力強く立ててヘラヘラと笑うアロケルを、じろりと睨む。やけにアロケルのテンションが高いが、強く抗議をする気力が無かった。
「二人纏まってた方が都合が良いんだよな? コイツは俺の部屋を占領するつもりみたいだから、何かあったら医務室まで行くよ。俺はアロケルほど中身を飲まなかったから、影響があっても大したことはないと思う。今のところは、だけど」
「分かったよ。でも、後から何らかの症状が出ないとも限らないし、経過観察はさせてくれないかな?」
「ああ、そこはちゃんと協力する。アロケル、面倒くさがって逃げるなよ?」
「うわ、面倒だなあ」
待っている!いつまでも!
こないだのねこのアロケルくんの本の、入り切らなかった場面(次の本で出せたらいいねえ)突然、頭にずしりとした重みを感じ「何だぁ!?」と叫びつつ、ロノウェは目を開けた。ふわっふわの毛玉がくすぐるように顔を覆っている。呼吸を阻害するようにぴったりと貼りついていて苦しいし、何よりも重い。ニャーニャーと鳴くその塊を鷲掴み、顔からどうにか引っ剥がす。すると不服そうに細まる糸のような赤目が、睨めっこを挑むようにロノウェをじっと見つめていた。腰を抱き上げれば、銀色の猫の身体はまるで液体のようにだらりと垂れ下がる。
「いて、こら、やめろって!」
 じたばたと動く前足が、ロノウェの顔に向けてパンチを繰り出す。ゆるっとした見た目に反して結構な威力だ。たまらず手を離すと、アロケルは空中でくるりと綺麗に一回転をして、鮮やかに床に着地した。一仕事終えた、みたいなやり切った顔で、ふんすと鼻を鳴らしたアロケルは、得意げにロノウェを振り返り、トコトコと歩き出す。寝起きでボサボサの髪をかき分けながら、ロノウェは額に手を当てた。欠伸を噛み殺しながら、ベッドから降りてふらふらと歩き出す。アロケルはほんのちょっとだけロノウェの方を振り返ったかと思えば、脇目も降らずに寝室から駆け出していく。そうして、昨日餌を入れてやった皿の前で、ちょこんと座ってこちらをじっと見つめ出した。
 明らかな餌の催促だ。非常に賢い。呆れと感心を抱きつつ、望む通りにキャットフードを入れてやる。弾かれたように皿に突撃し、顔を埋めてがっつく様子を見るに、よっぽど空腹だったのだろう。悪いことをしてしまった。
 置き時計に視線をやると、もう朝の九時だった。やや寝坊だ。身支度を整えた後、リビングのテーブルの側に腰を下ろした。トースターで焼いた食パンに、バターとジャムを塗って食べる。気配を感じて顔を向けると、皿から顔を上げたアロケルが、じっとロノウェの方を見つめていた。
「それは何ですか? 美味しいものですか?」とでも言っているような、好奇心と期待に満ちた顔だ。苦笑しながら、「これはキミが食べられるものじゃないよ」と告げる。「残念だなあ」と言いたげに、不満そうな鳴き声を上げて顔を逸らすと、アロケルは興味を失くしたようにクッションの上で丸くなった。
 ロノウェはやれやれと肩を竦め、コーヒーを口にする。
かわいい
ねこの話進捗だめですが、自分を追い込み過ぎると潰れるので、わたしは…頑張っていると思い込みてえです(ちょっとだけ進捗)「ところで、その猫なんだけどさ」
 瞳と同じ明るい橙色の髪を持つ医師が、にこにこと笑みを浮かべながら口を開く。
「ああ、えっと。成り行きなので、俺が責任を持って飼おうかと思っているんだけど」
 猫の今後の処遇についてかと思い、ロノウェはそう答えた。ところが、だ。
「その猫、この近所では有名なヤツで、アロケルって呼ばれているんだ。いつでも何処でも隙あらば寝ている怠惰でマイペースな猫で……今回の君のケースみたいに、何度も人の前に飛び出してはそのまま気絶したみたいに寝ちゃうんだけどさ……。目の前で倒れられたら、事故に遭ったとか、病気で倒れたって思うだろう? 結構こうやって、君みたいに心配した人間の手で病院に連れて来られることがあるんだけど……何いうか、迷惑な当たり屋みたいな猫なんだよね」
「当たり屋」
 ロノウェはぽかんと口を開いたままオウムのように反復する。理解が追いつかない。
「いや、猫がそんなことをするのか? というか、そんな危険な真似をして怪我でもしたら大事じゃないか!」
「のんびりして見えるけどこれで反射神経はいいみたいだし……何よりも要領がいいんだろうね、今のところ大怪我とかはしたことがないんだよ」
「つまり俺はいらないお節介で病院に駆け込んだものの、その心配も奔走も完全な徒労だったってことか……?」
 額に手を当て、宙を仰ぐ。銀の髪をくしゃくしゃと掻き回し、乾いた笑みを浮かべるロノウェに、目の前の医師が向けたのは哀れみの顔だった。
「とりあえず、君の怪我の治療をしておこうか。ここは動物病院だけど、擦り傷や打撲程度の治療なら出来るからさ」
「……ありがとうございます」
 やさしさがやけに身に沁みた。礼を言って頭を下げつつ、自転車で転倒した際に派手に擦りむいた膝や、打ちつけた肩や腕の手当てを受ける。その間、ふわふわの長毛種の猫は、退屈そうに眠たそうな欠伸をしながら、うとうとしていた。
 ーーそうして今。人騒がせな当たり屋猫は、ロノウェの腕の中で丸まって、すやすやと寝息を立てている。アンドラスによれば、アロケルはこの近所をうろつき、当たり屋行為で知り合った被害者たちの家にふらりと上がり込み、餌をもらっては自由に出入りをしている半野良だということだった。入り浸っているお気に入りらしい家は数件あるようだが、飼い猫ではないらしい。ひとつところに留まるのを嫌っているようで、保護した側は飼う気でいても、隙を見てふらりと勝手に出ていってしまうのだ。相当自由気ままでマイペースな猫であるということが伝わってくるような話だった。
 けれど、だからといってこのまま外に放置してお別れ、とはいかない。一度関わってしまったものをぞんざいに扱うことなど、ロノウェには出来なかった。これはお人好しで世話焼きな彼の性分だ。転倒により若干フレームの歪んでしまった自転車のカゴにアロケルを入れた。本来ならキャリーケースを使うべきなのだろうが、生憎と猫を飼ったことのないロノウェの家には存在しないものだったし、気が動転していてアロケルが倒れているのを見た瞬間に病院に向かってしまったので、買う余裕もなかった。幸い、ぐっすりと寝ているようなので今は問題なさそうだ。家に着くまで起きるんじゃないぞと祈りながら、ゆっくりと自転車を押して歩く。外はすっかり暗くなっており、空の上には丸い月が浮かんでいる。街灯が照らし出す中、一歩一歩と踏み出して帰路を進む。ふわりと風にそよぐアロケルの銀色の毛並みが、空に浮かぶ月みたいにキラキラと輝いて綺麗だった。マンションの駐輪場に自転車を置いて、カゴの中のアロケルの身体を持ち上げる。猫の体は驚くほどよく伸びるのだなと驚きつつ、アロケルを抱き上げ、エレベータを使うほどでもないと思ったので階段を登った。自分の部屋へと向かう足は自然と小走りになる。鍵を開けて「ただいま」と呟いた後、スイッチを押して明かりをつけた。しんと静まり返った夜の闇は、やけに寂しく冷たい。けれど、腕の中の温もりが、まるでその孤独を埋めるように、小さな鼓動で精一杯に主張している。
 ロノウェはアロケルの頭を撫でて、「ここが俺の部屋だよ」と呼びかける。
「キミは随分と自由なヤツみたいだから気に入らなくて出て行くのは仕方ないけどさ。心配だから、とりあえず今日くらいは俺の部屋に居てくれよ」
 猫相手に伝わるとも思わないが、釘を刺すようにして話しかける。腕の中に抱えたアロケルは、まるで分かってますよとでも言うように、高い声でにゃあと鳴いた。てっきり寝ていると思っていたが、糸のように細い目はロノウェをじっと見つめている。笑っているような顔の猫は、腕の中で大人しく丸まってもう一声小さく鳴き声を上げるとまた静かになった。その呑気な様子を見つめながら、ロノウェはやさしく微笑む。
「結構汚れてるし……洗ってやろう」
 アロケルを抱き抱えたまま、ロノウェは浴室に足を向けた。直後、ほんの少しお湯をかけた途端に微睡みの中にいたはずのアロケルは火がついたように飛び起きて、洗われるのを嫌がり暴れ回った。怪我をさせてはいけないとあたふたして、対処に迷いながら必死に洗い終わった後、ロノウェの体には派手な引っ掻き傷が増えていた。水に濡れてペしゃりとなってしまった自慢の毛並みと、ロノウェの顔を恨めしそうに見つめながら、アロケルは低い声で鳴いた。そうして、ぶるぶると大きく体を震わせて水気を飛ばし、浴室から脱出を図ろうと、扉をカリカリと引っ掻く。何とかそれを止めさせて、扉を開けた瞬間に、すばしっこい猫は弾丸のように飛び出して行った。風呂が嫌いなのか、不慣れなロノウェの洗い方が気に入らなかったか。あるいはその両方かもしれない。水滴をあちこちに撒き散らしながら逃走を続けるアロケルを取り押さえるまでに十数分を要し、ロノウェはすっかり疲れ果ててしまった。じたばたと暴れるアロケルは、憎い仇を見るような鋭い視線をロノウェに向けていたが、膝の上に抱き上げてドライヤーで乾かしている内に次第におとなしくなった。暖かくなってまた眠くなったらしい。ロノウェはホッと安堵の息を吐きながら、ふかふかになった輝く毛並みをそっと撫でる。
「よろしくな、アロケル」
 膝の上でごろりと寝返りを打つふてぶてしい猫は、不承不承と言うように鳴き声を上げた。もう一度撫でようと伸ばしたロノウェの手を、ペしりと払いのけるようにして。ロノウェは目を瞬かせながら、困ったように眉間の皺を深くして苦笑した。
「とりあえず、遅くなったけど夕飯にするか」
 呟いた瞬間、まるでこちらの言葉を理解しているかのようにアロケルの耳がぴんと立った。まるで期待に満ちた目で見られているような変な圧を感じながら、ロノウェは銀髪に手を当て苦笑する。膝の上からアロケルを降ろし、丸いクッションの上に置いてやる。まるでパン生地でもこねるみたいに、前足を動かし数回クッションを触った後、アロケルはクッションの上にごろりと寝転がった。寝床の快適さを確かめるようにぴんと伸びをしたり、寝返りを打ったりと忙しない。だが、どうやら人を駄目にするタイプのクッションは、猫であるアロケルも大層お気に召したらしい。目元を緩ませ、とびきりの甘い声で鳴く。今日出会ったばかりとは思えないほどに寛ぎ、ふわふわの腹毛を惜しげもなく見せて大の字で寝転がる。随分とご満悦の様子だ。
かわいい
今ひとつこう何にもできず…途中だけど一次創作書いてたらちょっと息抜きになった。毒蝶・ロキくん視点から見たラチカさんの話。(ちょっと本編より未来の話)セルシアが誇る王立図書館は、貴族でも平民でも関係なく利用が出来る。けれどボクは、今まであんまり利用したことがなかった。理由は単純。頭の出来がそんなに良くないボクは、基本的に勉強が好きじゃない。「アンタは器用だし頭も悪くないでしょうに。やれば出来るんだからもっと頑張んなさいよ」ってヴィス先輩には毎回のようにお小言をもらうけれど、お金が絡まないことにはまったくやる気が出ないんだからしょうがない。生活に必要な技能に関しては死に物狂いで身につけようって思うし、実際そうして来たわけだけれど。ボク、小さい頃から結構な無茶をして色んなことを頑張って来たんですよね。だから、身の丈に合わない努力はもう充分じゃないかなって思うわけで。本だって、必要に迫られなければ読みたいと思わない。余暇に勉強なんて、考えただけで眩暈がしちゃいそうだ。娯楽のための小説類に関しても、そんなもの読んでいる暇があれば勉強をしろとか、剣術の稽古をしろと言われ続けて遠ざけられて来たので、ほとんど触れたことがなかった。文字の読み書きは出来るけれど、ボクの知識は大分偏っている。戦闘技術に関すること、士官学校をギリギリ卒業出来る程度の教養と、貴族としての最低限のマナー、それだけ。自身の知識があちこち虫喰いだらけの紙片を繋ぎ合わせたみたいな中途半端なものだって自覚はあるけれど、そこまで困ることはない。……と、思う。多分。下っ端聖騎士に求められることなんて剣の腕と現場での的確な判断くらいじゃないかな? そこが最低限クリア出来てるんだから、文句はないと思うんですよね。ーーとか言うと、またヴィス先輩の拳骨とイースさんの説教が降って来そうだから黙っているけれど。
 多分これからもずっとボクはそうなんだろうし、図書館に足繁く通うなんて絶対にありえない。

 そんな風に思っていたけれど、今はちょっとだけ違う。ほぼ確実に週一のペースで図書館に通っている。不純な動機で申し訳ないんだけれど、そこに友達がいるからだ。
「……ロキ、もしかしてまたサボりに来たの?」
 ほんの少し咎めるような、けれど穏やかで耳に心地良いやわらかな声。眼鏡の奥の目を細め、微かな笑みを口元に浮かべた黒髪の青年が、小首を傾げながらボクに声を掛けた。図書館の司書であることを示す、綺麗な翡翠色の制服に包まれた身体の作りはとても華奢で、高位貴族も顔負けなくらいに所作に品が溢れている。そして、目元を覆い隠すような長い前髪と眼鏡に阻まれているけれど、実は物凄い美人なのだ、ラチカさんは。誰もがハッと息を呑んで見惚れちゃうような、綺麗な顔を隠しちゃうのはもったいないなあ、と思うけど。ボクはラチカさんがその美しい容姿のせいで散々な目に遭って来たのを知っているから、まだ痛み続ける傷を抉るような無責任なこと、軽々しく本人に向かって言えるわけがない。ヴィス先輩くらいだ。嫌味なく、傷に無遠慮に触れるでもなく、自然な形に提案が出来るのは。それでも、先輩の力をもってしたって「図書館で働くなら清潔感があった方がいい」って、ボサボサだった髪を香油で整えたり、瓶底みたいに分厚くて野暮ったい眼鏡をお洒落なものに変えるくらいのささやかなものだったけど。
 多分、エディさんが「その方が似合う」ってあの眩しいくらいの笑顔で言ってくれたら一番効果があると思うんだけどなあ。でも、あの人は、ラチカさんの意思を尊重するのが一番だって言い切るだろうし、ラチカさんがどんな姿でもかわいいって真剣な目で言い張るだろうし……。ラチカさんが着飾るのは自分の前だけでいいって本気で思っていそうだ。でも、やっぱりちょっともったいないなあ。
 地味で影が薄くって顔はそばかすだらけ、子供みたいに背が低くて、どう着飾ったって貧相な見た目のボクと違って、本当のラチカさんはすっごく綺麗なのに。
 心の奥底に沈めたコンプレックスを刺激するような嫉妬と羨望には蓋をして、ラチカさんをじっと見つめていた視線をそっと逸らす。休憩用の椅子に腰掛け、少し行儀悪くテーブルに頬杖をついていたボクは、誤魔化すように明るい笑みを浮かべた。
「やだなあ、違いますよラチカさん。今日はボク、正真正銘の非番なんです」
「……そんなこと言って、城下の警備の途中に抜け出したこともあったって聞いたよ。本当に今日はお休みの日なの? イースやヴィスに怒られても知らないよ? 僕は庇わないからね」
「はは……やだなあ、そんなことしませんよ! ……今は」
素敵
どう考えても当初の本が間に合わないため、せめて何か違う短編で本を…と思って、以前妄想してた間口が死ぬほど狭そうなふわふわ長毛種猫のアロケルくんと飼い主?ロノウェさんの話をですね…死刑宣告を待つような気持ちで、目の前で診察台に力なく横たわる猫を見つめたまま、ロノウェは膝の上で拳を強く握り締めた。ふわふわとした銀色の毛並みの猫に触れ、真剣に診察を続けるアンドラスという名の若い医師は、時折頷いたり、首を傾げたりしながら「やっぱりこれは……」と呟いている。しばらくして、彼は聴診器を外した後、ロノウェに向けて朗らかに笑い、こう言った。
「うん、ただ寝てるだけだね!」
「……は?」
 満面の笑顔を浮かべる医師の瞳は、黄金郷の輝石みたいに明るく楽しげに輝いている。けれど、ロノウェの頭は告げられた内容を理解出来ずに、あまりの衝撃で固まってしまった。
「え……? 寝てるだけ……? いや、あの、コイツ、倒れたままぴくりとも動かなくて……? それが、寝てるだけ……?」
「ちょっと一回深呼吸でもして落ち着こうか、それとも注射でも打つ?」
「いえ結構です!」
 心配と共に挟み込まれる物騒な申し出を丁重にお断りをしつつ、ロノウェは溜息を吐いて診察台の上で大の字になって転がる猫を眺めた。すよすよという寝息と共に上下する毛玉は薄汚れているものの、そっと撫でてみれば規則正しく呼吸をしている。目に見える外傷は全くなかったのだから、体に異常がないならそれに越したことはない。罪もない生き物の命を奪うことにならなくて、本当に良かった。安堵と共に翠水晶の瞳がやさしく細められ、不器用な手つきで猫を撫でる。ほんの少し開いてこちらをうっすら見上げている猫の目は、桃色を帯びた鮮やかな赤だった。ふかふかの毛に包まれた前足が、じゃれつくようにちょいちょいとロノウェの手をつつく。まるでお礼を言っているようにも見えて、ほんの少し心が和んだ。
かわいい
今年こそちゃんとアロケルくんの転生日を祝いたいので、去年から延長戦してるんだけど、新年からこんな薄暗い話を…でもこれ夢オチだから許してほしいの気持ちと戦っているところ街外れに向かう旅人は、終始無言だった。猫背気味に落とした肩、俯き加減に踏み出す足取りは引きずるように重たい。雨でぬかるんだ道に、泥を踏み締めくっきりとした模様を描く足跡。冷たい風が吹き抜け、深く被っていた黒いフードが肩に落ちた。まるで月明かりがこぼれるように、ぱさりと覗いた銀の髪が広がり落ちて強風に揺れる。こだわりなど特にないままいつの間にか伸びた髪は、束ねることが出来るほどになってしまった。皺を深めて笑う老人に「これでも使え」と半ば無理矢理に手渡され、彼の妻二人に散々遊ばれながら髪を飾られる羽目になった、やたらと上等そうな緑色のリボン。顰めっ面で渋々と受け取りながらも、それは今も律儀に彼の髪を飾っている。お節介で洒落者の老人がかつてそうしていたように。「お揃いだなァ」と子供のように屈託無く笑い、孫を可愛がるように頭を撫でる手を、うるさそうに払ったことを、昨日のことのように覚えていた。
 ぱたぱたと全身を叩く雨は冷たく、頬を伝い、流れていく。億劫そうに溜息をひとつ吐いて、彼はまたフードを被り直した。緩んだ瞼の奥、暗闇の中でうっすらと光る鮮やかな紅水晶の原石のような瞳が、真っ直ぐに道の先を見据えていた。ぬかるむ道を長い足が踏み締めて、ゆっくりと丘への道を登っていく。雨で煙る視界の先にぽつりと佇むのは真新しい石碑だ。
「まったく……よりにもよってこんなところに作らなくてもいいのに」
 溜息を吐き出しながら、墓石の前で足を止めた青年がぼやく。
 死後に墓を作るというのは、ヴァイガルドではまだ珍しい風習だった。死した魂は大地に還り、巡っていく。それを見送るのが普通だ。けれど、惜しむように、悼むように、まるで生きた証を残そうとするようにこうして立派な墓が作られたのは、ひとえに生前の彼ーーパパ・オブラという名のヴィータがそれだけ街の人間に愛されたからに他ならない。何もこんな辺鄙な場所に作らなくても、と墓参りをする側として率直な感想を抱いたものの、こうして足を運んで納得した。ルーメの街を一望出来る小高い丘の上は、ルーメの街とそこに住むヴィータたちを愛した彼が眠るには、この上なく相応しい場所だ。
「雨さえ降ってなければ、きっといい景色なんだろうなあ」
 ーー生憎と今は土砂降りなので、街の姿形も見えやしないけれど。降り止まない激しい雨は、まるでみんなが流す涙みたいだ。
 そんな風に思いながら、青年ーーアロケルは小さくかぶりを振りながら息を吐く。そうして、マントの内側に入れて大事に持ち運んでいた荷物を取り出し、墓石に向かって呼びかける。緩んだ笑顔を浮かべる整った顔、その眉間の皺を深くして。手袋をした指が掴んでいるのは、一本の酒瓶だ。それは、墓の下で眠る人物が生前好んだ酒だと聞いた。
「まったく、自分から言い出しておいて約束を破るなんて、あんまりじゃないですか。面倒くさがりのボクが、わざわざ足を運んだのに。成人したら一緒にお酒を飲もうって言ったのはそっちなのに、ホント勝手だなあ」
 恨み言のような内容とは裏腹に、声の響きは呆れを含みながらやけに明るく、けれど何処か震えるように掠れている。
「エレナさんとリータさん、泣いてたじゃないですか。街の人たちもすっかり沈んじゃって……大変だったんですからね。ボク、他人を慰めるとかガラじゃないのに、二人を励ましたり、あなたの後釜を狙う連中を撃退したりとか、後始末でずっとあちこち走り回って……はあ、ホント疲れちゃいましたよ。おかげでここに来るのも遅くなっちゃって……なので、遅かったなとか文句言わないでくださいよ?」
 街の人間は口を揃えて「早くパパの墓参りに行ってくれ」と彼に促す。生前好んだ酒の銘柄、お酒のつまみ、彼が生まれて育った情景が目に見えるような、たくさんの思い出話を添えながら。浴びるように酒を飲み、盃を交わし合いながら、話に花を咲かせ、偉大なギャングの死を惜しむように。溢れんばかりの想いをアロケルに押し付けて。
 ーーそう、行ってくれと街のヴィータたちに頼まれたから。生前の彼と、成人して初めての酒を一緒に飲もうと約束していたから。だから、来たのだ。そうでなければ、こんな居心地の悪い場所、きっと逃げるように立ち去っていた。
「勝手なものを押し付けて、また今度もボクを置いて行っちゃうなんて……ずるいですよ」
 大雨の中佇んだまま、やけに弱々しい声が響いた。雨音に掻き消されそうな小さな声だった。手袋に包まれた拳を強く握り、手にした酒瓶の蓋を乱暴に開けて、墓石に注ぐ。そうして、自分の口元に瓶を当て、行儀悪くそのまま口をつける。
「……苦い」
 初めて飲んだ酒の味は、やけに苦かった。胸を灼くように熱い液体が、喉の奥へと滑り落ちていく。飲み込んだ
 とめどなく溢れてくるこれは、何だろう。頬を伝い、流れ落ちていく熱い雫。胸の奥を刺すようにちくちくと痛んで、燃えるように熱い、この感情は? 頬を叩きつけるこの大雨に似ていて、吹き荒れる嵐のように激しく揺れる。穏やかに凪いだボクの心を乱す、これは。身勝手な元上司への怒りだろうか。それとも、何も出来なかった不甲斐ない自分への憤り? ーーよく、分からないけれど。勝手な約束を押し付けて、勝手にいなくなってしまったこの人に言いたいことは決まっている。
「それじゃあ、また来年。一緒に付き合ってくださいよ」
 残った酒を豪快に振り撒いて、空になった瓶を墓石の前に置く。闇色のマントを翻し、振り返らずに背を向けて。そうしてアロケルは軽やかな足取りで歩き出す。いつの間にか止んだ雨、夜の空に浮かぶ黒い雲の隙間から、銀色の輝きが覗いている。月明かりの下、煌めく濡れそぼった銀の髪。ひらりと揺れる緑色のリボンを隠すようにフードを深く被り直し、緩んだ口元が浮かぶ月のように綺麗な弧を描く。細めた瞼の隙間から覗く紅水晶の原石が、在りし日の思い出を懐かしむように緩み、滲んで、闇の中で煌めいた。
 
 
「……っていう、夢を見たんですよ〜」
 ふわふわと間伸びした呑気な声が落ち着いた店内に響き渡る。テーブルの上に行儀悪く突っ伏していた顔がゆるりと持ち上がり、頭のてっぺんで触覚みたいに立った銀の髪がひょこりと揺れた。肩ほどまでしかなかった髪は、今はかなり伸びて、緑色のリボンで結ばれている。常ならば、身体の線を覆い隠す、騎士のような服を好んで着ているアロケルだが、今日は違う。黒と緑を基調とした服は、何処かで見覚えのあるような形。チェルノボグが好んで着ていた服に似ていた。すらりと細い長身と、甘さを含んだ容姿によく似合う。まるで貴族の青年のような上品な装いだが、身なりに頓着しないアロケルがそんな洒落っ気を出すはずがない。大方、エレナかリータの悪戯だろう。そんなことを思いながら、チェルノボグは目の前の青年を呆れたように見下ろし、じろりと睨んだ。
「勝手に人を殺してんじゃねェよ」
「夢の中のことなんですから、仕方ないじゃないですか。ボクに文句言われても困りますよ。ボクだって、気持ち良く寝てるところに勝手に出張して来て、死なれるの困るんですけど」
 ふわあと眠そうな欠伸をしながら、テーブルの上に顔をくっつける緩んだ顔。眉間に皺を寄せたチェルノボグがペしりと手のひらで頭を叩くと、「痛っ!?」と抗議の声が返ってくる。成人したはずなのに、その声は以前とさほど変わらず少年のように高い。
「ひどいなあ、もう」
 頭を手のひらでさすりながら、アロケルは溜息をこぼした。
「お前みてェな問題児を野放しにして、俺が先にくたばるわけがねェだろう。ほらもっと飲め。俺は約束をきちんと守っただろう? もうちょい付き合え、アロケル」
「ええ……ホント勝手だなあ! そんな口約束、律儀に守らなくてもいいのに。わっ、そんなに飲めませんよ!?」
「成人する年の転生日に律儀に顔を出したんだ、ちょっとは気にしてたんだろうが、お前も」
 指摘すれば、アロケルは子供みたいに唇を尖らせ、黙り込む。ほんのりと頬が赤いのは、酒が回っているからだろう。注がれた酒をじっと見つめ、ちびりとグラスに口をつける。顔を顰めて俯く様子を見るに、あまり口に合わなかったか。周りが酒豪ばかりだったからか、飲みに付き合わせる相手がアルマロスだったせいか、すっかり失念していた。度数の強い酒だ、初心者にはちょっとキツかったかもしれねェな。そんな風に思いながら、店の給仕に向けて手を上げた瞬間。
「おや、チェルノボグ。その酒は坊やにゃ少し早かったんじゃないかねえ。アタシが貰うよ」
 カラカラと笑う、艶やかな色を含んだ嗄れた声。もったいないが口癖で、フォトンの節約のためにわざわざ老人の姿を保つ変わり者の純正メギド。チェルノボグにとっては古い馴染みだ。戦争を共にした追放前も、チェルノボグがメギドラルから追放されてヴィータとして転生した今も、腐れ縁は変わらず続いている。もっとも、再会したのは数年前、その再会の顛末に、ここにいるアロケルも関わっていた。
 アルマロスはまだ中身がたっぷりと入った酒瓶を持ち上げ、何処から用意したのか自分のグラスに無遠慮に注ぐ。
「おい、人の酒を勝手に……」
「いいじゃないか、ケチくさいねえ。大体、肝心の坊やはもうおねむじゃないか。代わりに付き合ってやろうって言うんだ、酒の一本や二本奢ってくれたってバチは当たらないと思わないかい?」
 アイシャドウの乗った目元が、アロケルを示すようについと滑る。確かに、締まりのない緩んだ顔の青年は、糸のような目をぴったりと閉じてテーブルに突っ伏したまますやすやと寝息を立てている。
「潰れちまったか、しょうがねえな」
「いきなりこんな強いのを飲ませたら当たり前じゃないか。気の利かない男だねえ、初心者のお子様に飲ませるんならこのくらいにしときなよ」
 度数の弱く口当たりの良い、甘い果実酒のボトルをテーブルの上に置いて、アルマロスが笑った。
待っている!いつまでも!
ロノアロ進捗、今日は全然だめだけど数行は進んだので戒めに置いておきます自室の鍵を開け、音を立てないように慎重にそっとドアを開く。どうして自分の部屋に入るのに、こんなに警戒をしているのか。額に手を当て、まるで頭痛を堪えるようにして、ロノウェは大きな溜息を吐いた。生真面目な苦労人といった印象を与える整った顔には、近頃は眉間に皺の寄った難しい表情が貼り付いているのが常となってしまった。
「今日は、いない……な」
 キョロキョロと部屋の中を見渡しながら、ロノウェは安堵の息を吐いた。遠征から帰って来たばかりで疲労は溜まっている。まだ夕方だが、もう寝てしまおうか。それか、夕食までの間だけでも仮眠を取ろう。そんな風に考えて、身につけていた鎧を外す。そうして、ベッドの側に足を進めたその時だ。
「うわっ!?」
 視界に入った「それ」に、思わず大声を上げ、ロノウェはベッドから距離を取った。ベッドの下から、まるで死体のようにだらりと脱力した手首がはみ出しているのが見えたからだ。動揺で未だ速いままの鼓動を宥めるように、胸に手を当て息を吐く。ベッドの隙間から覗く手は、ぴんと伸び、拳を握り締めるように力が込められたかと思えば、逃げるようにさっとベッドの中に引っ込む。そうしてその後、やけに能天気な欠伸がそこから聞こえて来た。
「ふわあ……よく寝たなあ」
 不可抗力ながら最近聞く機会の増えてしまった、少し高めの少年の声。屈み込んでベッドの隙間を覗いてみれば案の定、暗がりの中でうっすらと紅水晶の宝石が輝いている。
 今日はここだったか……と溜息を吐きながら、不法侵入者に向けてロノウェは呆れ声で呼びかけた。
「……アロケル、キミはどうしてまたそんなところで寝てるんだ」
「うわ!? やだなあ、急に声をかけないでくださいよ。びっくりするじゃないですか」
「それは俺の台詞なんだが……いや、今大事なのはそれじゃない。何でそんな変なところに入り込んでるんだ! まさか俺の寝込みを狙って……? 休戦中じゃなかったのか?」
 声を荒げると、「大きな声出さないでくださいよ〜」と、うるさそうに眉間に皺を寄せ、両耳に手を当てながら、猫を思わせる仕草でベッド下から少年がのそりと這い出して来た。狭い隙間に挟まっていたせいか、銀色の髪は寝癖でくしゃくしゃで、あちこちにほこりを纏っている。羽織っている白いマントも汚れてしまっていた。けれど、彼はそれを気に留める様子もなく、大きく口を開いて欠伸をしながら、呑気に口元に手を当てている。
「そんな面倒臭いことするわけないじゃないですか。ただ単に、眠かったので場所を借りただけですよ」
 先程の問いへの答えのつもりなのだろう、目を擦りながら胡座をかくようにぺたりと床に座り込み、アロケルは両手を広げ、肩を竦めてみせた。
「いや、そうだろうなとは思ったが、どうしてベッドの下なんかで……?」
「さすがに連日ベッドの上を占領したら、そろそろロノウェさんも怒るかなーって思ったので」
「気の遣いどころが間違っているからな!? ベッドの下に潜まれてる方が怖いだろ! それならまだベッドの上で寝ていてくれた方がマシだ!」
「え? 寝ていいんですか? やったー、それじゃお言葉に甘えて」
「待ってくれ、その汚れた格好のままは困る!」
「我儘だなあ」
「それは俺の台詞なんだが!?」
 汚れた格好でベッドに上がろうとするアロケルの肩を掴んで押し留め、ロノウェが叫ぶ。そうすると、アロケルは面倒だなあと間伸びした声を上げて欠伸をしたかと思えば、億劫そうな緩慢な動きでそのまま床に寝転んでしまった。
「寝るな!」
 身体を引っ張って起こそうとすると、アロケルは不服そうに顔を顰める。これはもう、着替えるのも面倒臭いなと考えて、床ならいいだろうとそのまま寝ようとしているやつだ。
「えー……寝てもいいって言ったじゃないですか、嘘つきだなあ」
「いや、嘘はついていないし……床に直で寝るなよ、汚れるだろ」
「今更だと思いますし、ちょっとくらい汚れてたって気にしませんよ」
「俺が気にするんだ……」
 疲れ切った溜息を吐きながら、ロノウェはアロケルの腕を引っ張り身体を起こす。そうして、彼の腕をしっかりと掴んだまま歩き出す。
「あれ? 何処に行くんですか?」
「風呂だよ、汚れを洗い流した方がいいだろ。俺もちょうどさっき遠征から戻って来たばかりだし、このまま一緒に行こう」
「別にボクはこのままでいいんだけどなあ……」
 不平不満をこぼしつつも、抵抗するのも億劫と言わんばかりの態度で、腕を引っ張れられたままのアロケルは、ロノウェに付いて歩き出す。
応援してる!
今日のロノアロ進捗(えぐい眠気と戦いながら頑張っているわたし、えらい、めっちゃえらい)個室を持っているメギドの多くが風呂に入ろうとする時、沸かしたお湯を自室のバスタブに運び入れて、冷めない内に入るのがほとんどだ。共同浴場の方へと足を運んだのは、部屋のバスタブに二人で一緒に入るほどの広さがないということもあるが、順に入ろうとすればお湯が冷めてしまうだろうし、何よりもお湯を運び入れている間にアロケルが完全に寝に入る方が早いと判断したからだった。共同浴場であれば二人一度に入れば済む。懸念はアロケルが風呂に入ることを渋るのではないかということだったが、思ったよりは素直に後をついてきた。今も、アロケルはロノウェの隣で、いっそ潔いほどに素早く服を脱ぎ捨てていく。面倒事はさっさと済ませてしまいたいという気持ちが透けて見えるような早業だ。
 ーーそれにしても。思わずその様子を見守ってしまったが、ロノウェの様に鎧こそ着込んでいないものの、そこそこの厚着だ。何枚着込んでいるんだろう。そもそも極度の面倒臭がりの癖に、こんなに着脱がややこしそうな服で困ったりはしないんだろうか?
「ロノウェさん? ぼーっとしちゃってどうしたんですか?」
「ああ、いや、何でもない」
 人の着替えをじろじろと眺めるのもよろしくない。怪訝そうに瞬く視線から慌てて目を逸らし、服を脱ぐ。キョトンとした顔のアロケルは不思議そうに小首を傾げていたが、すぐに興味を失ったのか、黒いインナーを脱ぎ捨てた。自分よりも幾分か色素の薄い肌を視界の端に留めつつ、何故だろう。ロノウェは所在なさげに視線を彷徨わせた。そんなこちらの理由の分からない戸惑いなど一切考慮せず、銀色の綿毛のような髪の毛がふわふわと揺れてすぐ横を通り過ぎ、ぺたぺたと軽快な足音を響かせながら、裸足で奥へと歩いて行く。後に続こうとしたものの、雑に脱ぎ捨てられたアロケルの服が籠の中から落ちそうになっているのを見てしまい、放って置けずにロノウェはそれをきちんと畳んで籠の中に戻す。
「何をやってるんだ、俺は……」
 頭痛を堪えるような顔で額に手を当て、ロノウェはまたひとつ溜息を吐いた。
いいね
今日のロノアロ原稿進捗(亀の歩み)自室の鍵を開け、音を立てないように慎重にそっとドアを開く。どうして自分の部屋に入るのに、こんなに警戒をしているのか。額に手を当て、まるで頭痛を堪えるようにして、ロノウェは大きな溜息を吐いた。生真面目な苦労人といった印象を与える整った顔には、近頃は眉間に皺の寄った難しい表情が貼り付いているのが常となってしまった。
「今日は、いない……な」
 キョロキョロと部屋の中を見渡しながら、ロノウェは安堵の息を吐いた。遠征から帰って来たばかりで疲労は溜まっている。まだ夕方だが、もう寝てしまおうか。それか、夕食までの間だけでも仮眠を取ろう。そんな風に考えて、身につけていた鎧を外す。そうして、ベッドの側に足を進めたその時だ。
「うわっ!?」
 視界に入った「それ」に、思わず大声を上げ、ロノウェはベッドから距離を取った。ベッドの下から、まるで死体のようにだらりと脱力した手首がはみ出しているのが見えたからだ。動揺で未だ速いままの鼓動を宥めるように、胸に手を当て息を吐く。ベッドの隙間から覗く手は、ぴんと伸び、拳を握り締めるように力が込められたかと思えば、逃げるようにさっとベッドの中に引っ込む。そうしてその後、やけに能天気な欠伸がそこから聞こえて来た。
「ふわあ……よく寝たなあ」
 不可抗力ながら最近聞く機会の増えてしまった、少し高めの少年の声。屈み込んでベッドの隙間を覗いてみれば案の定、暗がりの中でうっすらと紅水晶の宝石が輝いている。
 今日はここだったか……と溜息を吐きながら、不法侵入者に向けてロノウェは呆れ声で呼びかけた。
「……アロケル、キミはどうしてまたそんなところで寝てるんだ」
「うわ!? やだなあ、急に声をかけないでくださいよ。びっくりするじゃないですか」
「それは俺の台詞なんだが……いや、今大事なのはそれじゃない。何でそんな変なところに入り込んでるんだ! まさか俺の寝込みを狙って……? 休戦中じゃなかったのか?」
 声を荒げると、「大きな声出さないでくださいよ〜」と、うるさそうに眉間に皺を寄せ、両耳に手を当てながら、猫を思わせる仕草でベッド下から少年がのそりと這い出して来た。狭い隙間に挟まっていたせいか、銀色の髪は寝癖でくしゃくしゃで、あちこちにほこりを纏っている。羽織っている白いマントも汚れてしまっていた。けれど、彼はそれを気に留める様子もなく、大きく口を開いて欠伸をしながら、呑気に口元に手を当てている。
「そんな面倒臭いことするわけないじゃないですか。ただ単に、眠かったので場所を借りただけですよ」
 先程の問いへの答えのつもりなのだろう、目を擦りながら胡座をかくようにぺたりと床に座り込み、アロケルは両手を広げ、肩を竦めてみせた。
「いや、そうだろうなとは思ったが、どうしてベッドの下なんかで……?」
「さすがに連日ベッドの上を占領したら、そろそろロノウェさんも怒るかなーって思ったので」
「気の遣いどころが間違っているからな!? ベッドの下に潜まれてる方が怖いだろ! それならまだベッドの上で寝ていてくれた方がマシだ!」
「え? 寝ていいんですか? やったー、それじゃお言葉に甘えて」
「待ってくれ、その汚れた格好のままは困る!」
「我儘だなあ」
「それは俺の台詞なんだが!?」
 汚れた格好でベッドに上がろうとするアロケルの肩を掴んで押し留め、ロノウェが叫ぶ。そうすると、アロケルは面倒だなあと間伸びした声を上げて欠伸をしたかと思えば、億劫そうな緩慢な動きでそのまま床に寝転んでしまった。
「寝るな!」
 身体を引っ張って起こそうとすると、アロケルは不服そうに顔を顰める。これはもう、着替えるのも面倒臭いなと考えて、床ならいいだろうとそのまま寝ようとしているやつだ。
「えー……寝てもいいって言ったじゃないですか、嘘つきだなあ」
「いや、嘘はついていないし……床に直で寝るなよ、汚れるだろ」
「今更だと思いますし、ちょっとくらい汚れてたって気にしませんよ」
「俺が気にするんだ……」
 疲れ切った溜息を吐きながら、ロノウェはアロケルの腕を引っ張り身体を起こす。そうして、彼の腕をしっかりと掴んだまま歩き出す。ーー反対側の手で扉を開けて、部屋の外へと。
「あれ? 何処に行くんですか?」
「風呂だよ、汚れを洗い流した方がいいだろ。俺もちょうどさっき遠征から戻って来たばかりだし、このまま一緒に行こう」
「別にボクはこのままでいいんだけどなあ……」
 不平不満をこぼしつつも、抵抗するのも億劫と言わんばかりの態度で、腕を引っ張れられたままのアロケルは、ロノウェについて歩き出した。
「はあ、面倒だなあ」
 不平不満をこぼすように、ぴょこりと飛び跳ねた銀の髪の束が、ペしゃんと元気なく萎れる。緩んだ笑みを浮かべる顔はそのままだが、眉間にやや皺が寄っていて、不服そうに見えた。掴んでいた腕を外したら逃げるかと思ったが、アロケルは若干の抵抗を見せつつも大人しく従い、のろのろと足を前に進めている。
「そこまで嫌がることでもないだろうに……」
 呆れながらロノウェがこぼした言葉に、アロケルは小さく溜息を吐きつつ答える。
「嫌なわけじゃないですけど、単純に面倒ですね。気持ちよくうとうとしてて、二度寝しようとしたところを叩き起こされてお風呂に入れって言われたら、嫌だなあって思いません?」
「まあ、確かにそれはそう思うかもしれないが」
「そうでしょ? それじゃそういうことで」
「待て」
 踵を返すアロケルの首根っこを掴み、ロノウェが慌てて引き止める。
「アハハ! 冗談ですよ。ここまで来て戻る方が面倒臭いですもんね」
 くるりと振り返り、アロケルは眠そうな目と頬を緩めてカラカラと笑った。奔放な態度に振り回されてばかりだ。ロノウェは頭を抱えつつ、眉間に皺を寄せる。
「あれ、もしかして怒りました?」
「別に、怒ってはないよ。疲れただけだ」
「また何か難しいことでも考えてたんでしょ? もっと気楽に生きましょうよ」
 得意げな顔で人差し指をぴっと立て、くるくると動かしながら、他人事のように能天気な声をかけるアロケルに「お前のことだよ!」と叫び出しそうになる自分を理性で押し留め、ロノウェは苦笑いを浮かべた。そろそろ疲労も限界で、余計なことを考える余地がなかった。
「ふわあ、眠いや。さっさとお風呂に入って寝たいなあ」
 ーー全くの同感だった。眠そうに欠伸をしながら目を擦るアロケルの横で、深々と頷きつつ、ロノウェは大浴場の扉を開けた。
応援してる!
ロキくんがあまりにも鈍感すぎてさすがにイースさんがかわいそうになってきた(大阪行きの電車の中で書いてた一次創作のやつ途中までちょっと書き足した)フリーヴェルの花。それはセルシアでは珍しくもないありふれた花だ。細長い茎に、咲かせるのはひとつの花だけ。花は手のひらを広げたくらいの大きさで、開ききる前は釣り鐘のような形で下を向いていて、開いた花は星に似た姿をしている。色は赤や黄色、オレンジ、紫と幅広いけれど白色の需要が一番高い。誰もが知っているありふれたこの花は、けれどセルシアの民にとっては「特別」な花だ。その理由はーー

「え、星花祭、ですか?」
 騎士団寮の廊下を歩いているところを呼び止められて、ボクは緩んだ糸目をぱちぱちと瞬かせて聞き返した。
「ああ。一緒に行ってくれないか」
 問いかけるその整った顔は、眉間に皺の寄ったいつもの仏頂面だ。どう見ても楽しいお誘い、という顔ではない。
「えっと、ボクと、ですか?」
 誘う相手を間違えているんじゃないのかな?
 まず思ったのはそれだった。再度目を瞬かせて、ボクは首を傾げつつ、慎重に問いかけた。ああ、そっか。もしかしたら、ボクに話しかけているんじゃないのかも。そう思って周囲を見渡す。けれど、周囲にはボクたち以外は誰もいなかった。あれ?
 白い壁と、木の床を眺めやりながら、おかしいなあってボクは口元に手を当てて考え込む。すると、目の前のイースさんが、理解出来ないものを見るような、残念なものを見るような、呆れを含んだ目をボクに向けた。
「他に誰がいるんだ。お前しかいないだろう」
 苛立ったように強めの口調でそう言って、イースさんがボクに詰め寄った。思わずボクは後ろに足を引き、引き攣った口元を隠すように手を当てたまま、再度周囲を見渡して頷く。
 ……うん、やっぱり誰もいない。だからって、今ひとつ理解が及ばないんだけど。
「そうみたいですね?」って返したボク、ひょっとしたら今すごく間抜けな顔をしているかも。
「どうして疑問形なんだ」
 不機嫌そうにイースさんの眉間に深い皺が刻まれて、鋭い群青の目で不服そうにじろりと睨まれる。う、うわあ。まるで射殺すような目だ。どうしてこんなに不機嫌なんだろ? 困惑しながらボクは必死に動きの鈍い頭を回転させる。
「ええっと、誘われてる理由が分からないっていうか……。あっ! 警備の手が足りないってことですか? いいですよ、手伝います!」
「違う、そうじゃない。どうしてそうなる!」
 張り切って右手を上げ宣言すると、イースさんが声を荒げた。
「あれ? 違うんですか? うーん……?」
 星花祭はとても大きなお祭りだ。ボクは行ったことないから詳細はよく分からないけれど、きっとたくさんの人たちが街に集い、活気に溢れる一日になるんだろう。お祭りに乗じて騒動を起こす迷惑な酔っ払いとか、スリとかも出そうだし、城下町の警備の手が足りなくなるってこともあるのかも。だからてっきり、手の空いてそうなボクに声を掛けたんだと思ったんだけど……?
 考え込んでいると、呆れと苛立ちを必死に抑えつけているような表情で群青色の短髪をぐしゃぐしゃと掻き回し、イースさんが疲れたような溜息を吐いた。
「星花祭だぞ? お前を誘う理由などひとつしかないだろう」
「そう言われても、それ以外に浮かばないっていうか。他に何か理由ってあります?」
 困りきって問い返すと、イースさんが眉をぴくりと吊り上げる。額に手を当て、舌打ちをした後、思い切りボクを睨んだ。
「……ローキッド」
「はい?」
「俺とお前の関係はなんだ?」
「えっ……と? 聖騎士団の同僚?」
「違う」
「ええっと? あれ? あっ! 部隊長と平団員ですか!?」
「そうじゃない!」
今日の番キタ(+ぺごくん)話の進捗カランと涼やかなベルの音が鳴り、顔を上げてドアの方へと視線を向ける。「こんにちは」と控えめな声と共に店内に入って来た人物を目にして、暁は思わず口元を引き攣らせた。それでも、「いらっしゃいませ」と呼びかけた笑顔はいつものまま……だったと信じたい。眼鏡の奥の目を細め、とびきりの営業スマイルを向けたものの、厄介な常連客は隠そうとした動揺もしっかりとお見通しだ。揶揄を含む笑みを口元に浮かべ、涼しげな美貌を暁に向ける。
「ねえ、何その顔。大事な常連への態度としてよくないんじゃない?」
「何のことだか分かりませんねえ。俺はいつも湊さんを大歓迎してるじゃないですか。いらっしゃいませ」
 案内よりも先に迷いなく店内に足を進め、常連客ーー有里湊はカウンター席に腰掛ける。肩を竦め、暁は彼の目の前に氷水の入ったコップを置いた。椅子に腰を下ろした湊は、メニューに視線を落として頬杖をついた。顔の右半分を隠す長い前髪、その隙間から覗く青灰の瞳は好奇心にキラキラと輝いている。
「悠さんもどうぞ」
 相方の遠慮のなさに苦笑を浮かべながら、申し訳なさそうに隣の椅子に腰を下ろし、悠は暁に向けて頭を小さく下げた。
「忙しい時間帯にすまない。どうしてもここのカレーが食べたくなってしまったんだ。今、注文しても大丈夫かな?」
「すごく嬉しいお言葉をありがとうございます。いつでも大歓迎ですんで、気にせずご来店ください」
「ねえちょっと、態度に差がありすぎない?」
行ける気がする!
ロノアロ進捗全然なんですけど、一応数行は書いたよっていう主張をさせて欲しくって…自室の鍵を開け、音を立てないように慎重にそっとドアを開く。どうして自分の部屋に入るのに、こんなに警戒をしているのか。額に手を当て、まるで頭痛を堪えるようにして、ロノウェは大きな溜息を吐いた。生真面目な苦労人といった印象を与える整った顔には、近頃は眉間に皺の寄った難しい表情が貼り付いているのが常となってしまった。
「今日は、いない……な」
 キョロキョロと部屋の中を見渡しながら、ロノウェは安堵の息を吐いた。遠征から帰って来たばかりで疲労は溜まっている。まだ夕方だが、もう寝てしまおうか。それか、夕食までの間だけでも仮眠を取ろう。そんな風に考えて、身につけていた鎧を外す。そうして、ベッドの側に足を進めたその時だ。
「うわっ!?」
 視界に入った「それ」に、思わず大声を上げ、ロノウェはベッドから距離を取った。ベッドの下から、まるで死体のようにだらりと脱力した手首がはみ出しているのが見えたからだ。動揺で未だ速いままの鼓動を宥めるように、胸に手を当て息を吐く。ベッドの隙間から覗く手は、ぴんと伸び、拳を握り締めるように力が込められたかと思えば、逃げるようにさっとベッドの中に引っ込む。そうしてその後、やけに能天気な欠伸がそこから聞こえて来た。
「ふわあ……よく寝たなあ」
 不可抗力ながら最近聞く機会の増えてしまった、少し高めの少年の声。屈み込んでベッドの隙間を覗いてみれば案の定、暗がりの中でうっすらと紅水晶の宝石が輝いている。
 今日はここだったか……と溜息を吐きながら、不法侵入者に向けてロノウェは呆れ声で呼びかけた。
「……アロケル、キミはどうしてそんなところで寝てるんだ」
「うわ!? やだなあ、急に声をかけないでくださいよ。びっくりするじゃないですか」
「それは俺の台詞なんだが……いや、今大事なのはそれじゃない。何でそんな変なところに入り込んでるんだ! まさか俺の寝込みを狙って……? 休戦中じゃなかったのか?」
やっちゃいましょう!
進捗だめです(体の痛みと戦って勝てなかったのでロノとアロ今日はここまで)自室の鍵を開け、音を立てないように慎重にそっとドアを開く。どうして自分の部屋に入るのに、こんなに警戒をしているのか。額に手を当て、まるで頭痛を堪えるようにして、ロノウェは大きな溜息を吐いた。生真面目な苦労人といった印象を与える整った顔には、近頃は眉間に皺の寄った難しい表情が貼り付いているのが常となってしまった。
「今日は、いない……な」
 キョロキョロと部屋の中を見渡しながら、ロノウェは安堵の息を吐いた。遠征から帰って来たばかりで疲労は溜まっている。まだ夕方だが、もう寝てしまおうか。それか、夕食までの間だけでも仮眠を取ろう。そんな風に考えて、身につけていた鎧を外す。そうして、ベッドの側に足を進めたその時だ。
「うわっ!?」
 視界に入った「それ」に、思わず大声を上げ、ロノウェはベッドから距離を取った。ベッドの下から、まるで死体のようにだらりと脱力した手首がはみ出しているのが見えたからだ。動揺で未だ速いままの鼓動を宥めるように、胸に手を当て息を吐く。ベッドの隙間から覗く手は、ぴんと伸びて拳を握り締めるように力が込められたかと思えば、逃げるようにさっとベッドの中に引っ込む。そうしてその後、やけに能天気な欠伸がそこから聞こえて来た。
「ふわあ……よく寝たなあ」
かわいい
書きかけのまま一向に終わらないアロケルくんの転生日の話withチェル爺の話、途中までだけど置いておく…筆が全然進まねえので背中引っ叩いて欲しいよルーメの街を歩いていると、やたらとあちこちで声を掛けられ呼び止められる。それもこれも、隣を歩くチェルノボグのせいだ。アロケルは鬱陶しいと思う気持ちを隠しもせず、チェルノボグの顔を見上げてこれ見よがしに溜息を吐いた。
「……何だアロケル、その顔は」
 皺だらけの顔が怪訝そうに顰められ、アロケルに視線を注ぐ。
「別に、何でもありませんけど?」
 アロケルはつんと澄ました顔でそっぽを向いた。何でもないという顔ではない。笑ってはいるけれど、煙たがっているのは明白だ。チェルノボグの眼光鋭い氷の瞳がじろりとアロケルを眺めやる。沈黙を貫いてみるものの、視線は外れない。しつこさに辟易して、この際だからはっきりと言ってやろうとアロケルは決意する。
「あのですねえ、さっきの人で何人目だと思います? ボク、街の人たちにあなたの隠し子だと思われてるんですけどどうなってるんですか?」
「追放メギドだ何だってのは、普通のヴィータにゃ理解できねェ話だろうが。新しい俺の子供だって説明したつもりだったが、どうやら勝手な憶測で噂に尾ひれや胸びれがつきまくってるらしいな」
「否定すればいいじゃないですか。あなたの『子供』なんて、この街にはたくさんいるんですから。ボクだってその他大勢のヴィータの子供たちと同じでしょうに」
 この街で彼の「子供」と言えば、ルーメの街を牛耳るギャングの元締め、パパ・オブラを慕う配下たちのことを指す。護衛として雇われた当初は、アロケルもそういう扱いで街の人間たちに認識されていたはずだった。ところが、今はどうだろう。街を歩けばやたらと微笑ましいものを見るような、興味深げな視線に追いかけられ、親しげに声を掛けられる。突然話しかけられたと思ったら、「あんた、ちゃんとパパを大事にしてやんなよ!」とか、「あんまり居眠りばかりしてパパを困らせるんじゃないぞ!」とかいうよくわからないお節介な激励の言葉を頂いて、背中を叩かれることもしばしばだ。所詮、根も葉もない噂だからその内に沈静化すると思っていたのに、一向に下火にならない。それどころか、本人に向かって直接堂々と訪ねてくる連中もいるくらいだ。
「あなたが一言、実子じゃないって言えば済む話じゃないですか、そんなの」
「今更否定したところで誰の耳にも入らねェだろうな。ヴィータってのは思い込みが激しいし、無責任な噂話が好きなもんだ。説明がいらねェから楽でいいだろ。諦めろ、アロケル」
「勝手に人を巻き込んでおいて……そういうとこ、ホントどうかと思いますよ」
 しれっとした顔で答えるチェルノボグに、アロケルは憤慨して抗議の声を上げる。不機嫌そうに顔を歪めるアロケルに対し、チェルノボグは子供をあやすみたいに髪をくしゃくしゃと撫でて、悪戯好きの子供のように屈託のない笑顔を向けた。
 恐らくこういったやり取りが良くないのだろう。何の接点もなく雇われた新しい護衛と言い張るには、距離感が近すぎる。お互いのことをある程度理解しているのを感じさせる軽口の応酬、親密な空気を伴うやり取り。更には、祖父と孫と思われても仕方のないヴィータ体の年齢差がそれを助長している。チェルノボグの方が先に追放されているのだから、当たり前のことだ。けれど、アロケルのチェルノボグに対する態度は副官であった時代と何も変わっていない。逆もまた然り。これが彼と同じ年齢であったのならばおかしな邪推もされなかっただろう。
「迷惑なんですよねえ。街に寄った時に差し入れとかでいいものを貰えるのはちょっと嬉しいですけど、ボクの行動があなたの評判に関わると思うと、下手なこと出来ないじゃないですか。ボクっていちいちそういうの気にするタイプじゃないのに面倒臭くって……」
 重たい溜息と共に吐き出された言葉に、チェルノボグがくつくつと笑う。
「少しは気にしろ。俺のおかげで怠惰な生き方も改まるってもんじゃねェか」
「そういうの、いらないんですって。ボクは努力せず楽に生活したいんですから!」
 ぐっと拳を握って力強く宣言すると、チェルノボグは呆れ切った顔に手を当て、溜息を吐いた。
「そういうどうしようもねェところも変わっちゃいねェな」
 それは、遠い昔を懐かしむようなやさしい目だ。それから逃げるように顔を背けて、両手を持ち上げ大きく伸びをする。眠そうに緩んだ目が細まり、大きな欠伸が口から漏れた。
待っている!いつまでも!
コロナ禍でイベントに参加出来ない間、本をつくるのをサボっていたので諸々の感覚が鈍りまくって…Wordと仲良くなれない応援してる!90ページを超える感じのこのロノアロ本、どう考えても間に合わないから、エアブー当日は通販予約受付…みたいな感じになりそうで、すごいこう…不甲斐なさで死にそうな気持ちで…あと、ほんとに欲しい人いる大丈夫…??みたいな気持ちになってて(これは改稿前のロノウェさんの視点だけのやつ)https://privatter.net/p/8426242待っている!いつまでも!あともうちょっとで終わる、をもう十回くらい言ってる気がするけど…あと一場面書いたら終わりなんだよ…嘘じゃないんだよ…文章が長くなって終わらないだけで……♥をくれた人、べったーの仕様分からんけど、ひとりで何内も押せるなら、本当はひとりだけとかかもしれない…でも、少なくともひとりはいるのだ…いいねと思ってくれた人が…みたい気持ちを支えにわたしは…頑張るね…応援してる!